「レン」


とある街の宿に泊まった夜。
部屋に戻ってきた人物ーソラから名前を呼ばれたレンは読んでいた本から顔をあげた。


「どした?」
「少し、休憩しない?」


そう問いかけるソラはトレイを持っていた。
その上にはマグカップ二つ。
同時に甘い香りがふわりと鼻孔をくすぐった。


「コーヒー…じゃないな。ココア?」
「少し違うかな」


どこか得意げにソラは笑う。


「ホットチョコレート。宿の台所借りて作ったんだ。その…今日一際寒いでしょ?」


だから良かったら、と続けるソラにレンは微かに目を伏せる。


「そうだな…頂くとするか」


ぱたんと本を閉じてレンはそう答えた。

小さなテーブルに向かい合って座って、静かにそれを飲む。
飲みながら、ソラはちらりとレンを見る。
盗み見たはずが、しっかりと目があってしまった。


「ん?」
「あ、えっと…その…味はどうかなって」
「甘い」


率直過ぎる感想にソラは苦笑する。
あまり甘くないチョコレートを使ったが、そこまで甘いものが好きではないレンには結構な甘さなんだろう。

悪いことしたかな、と考えてしまう。


「でも…美味いよ」


そう、特に表情を変えることなく続けられた言葉にソラは目を丸くする。

その言葉で十分だった。

よかった、と安心したような表情で笑みを浮かべるソラを見ながら、レンは静かに飲み進めていくのだった。

やがて綺麗に飲み切ったマグカップをレンはテーブルに置く。

「ご馳走様。ありがとな、ソラ」
「ううん、こちらこそ飲んでくれてありがとう」


そしてレンは立ち上がると、自分とソラの使ったマグカップをトレイに載せる。


「片付けてくる」
「え、いいよ。私行くよ!」
「いいから」


ソラが持つより先にレンがトレイを持ったのでこれ以上は何も言えなくなってしまい、素直に甘えることにしてお礼を言った。


「そうそう」


部屋を出る直前、レンは足を止めると首だけ振り返ってソラを見た。
そして告げる。


「お返し、期待せず待ってろ」
「…っ!?」


その言葉にソラは驚いたように目を見開く。
そんなソラにレンは微かに肩を竦めるとそのまま部屋を出て行った。

残されたソラは固まったままだ。


「き、気付いてたの…?」


今日がバレンタインだということ。
その為にホットチョコレートを作ったこと。
でも、バレンタインだからと言えなくてこっそり渡すことにしたこと。

見抜かれていたことが恥ずかしくなって頬が赤くなる。
ソラはぼすんとベッドに倒れこんで枕で赤くなった顔を隠した。
レン相手に隠し事自体、無謀だったんだと再認識した。


「…でも、受け取ってくれたんだ…」


気付いてたのにも関わらず。

レンがどういう気持ちでそうしてくれたのかは全く分からない。
しかしその事実は間違いなく、嬉しいことには変わりない。

ドキドキと脈打つ速度が速くなっていく。
レンが戻ってくるまでにこの赤くなった顔をどうにかしなくてはならないのに。
温かくなった心が溢れさす笑みを止める方法がソラにはなかなか思いつかなかったのだった。






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