ソラは常々思っていた。
なんでレンはあんなに余裕そうなんだろう。
いつも自分ばかりドキドキさせられている気がする、と。
余裕が持てない、すぐに恥ずかしがる自分がいけないのだとはソラも十二分に承知している。
心の準備させてくれないからだよね、とソラは心の中で誰に向けているのか分からない言い訳を続けた。
そして、決意する。
「たまには逆の立場になったって、いいよね…!」
私だってレンをドキドキさせることが出来るはず、とソラは意気込む。
要はレンの照れた顔が見てみたいだけだった。
「レン!」
ソラはリビングのソファで読書をしているレンに声を掛ける。
その呼びかけにレンは本から顔を上げた。
「どした?」
「隣、座ってもいい?私もレシピ本見ようと思って」
そう言いながらカモフラージュの為の本を見せる。
ソラの答えにレンはすぐにまた視線を本へと戻した。
「…どーぞ」
「ありがと」
よしバレてない、と心の中でガッツポーズをしながらソラはレンの右隣に座る。
あとは実行するだけだ。
レシピ本を読むふりをしながらちらりと本に集中するレンへと目を向け機会を伺う。
その横顔は完全に無防備だ。
今だ、とソラは行動に移す。
「レン」
レンの名前を呼ぶと、ソラは自分の方に引き寄せるようにレンの服を掴み、その右頬に向かってキスをした。
ちゅ、とリップ音が微かに鳴る。
頬に触れた時間は一秒もあるか分からない程一瞬の事だったが、ソラには永遠のような長い時間に思えた。
覚悟はしていても恥ずかしいものは恥ずかしい。
(…ど、どうだ…!)
これなら少しはレンも照れているかもしれない。
そう思いながら、掴んでいた服を離してレンの様子を伺う。
「……」
黙ったままのレンは照れていなかった。
むしろ驚いてもいなかった。
ただ微かに笑みを浮かべていて。
突然、まだ服のそばにあったソラの手をレンの左手が掴む。
「どうせなら、」
その言葉と同時にぐい、と引き寄せられてレンとの距離がより一層近くなり、ソラは目を丸くする。
「こっちにしたらいいだろ?」
言い終わるとともにソラの唇をレンは奪う。
ソラが頬にしたキスよりは長い時間だったかもしれないその口付けは触れるだけの優しいものだ。
たったそれだけでも、ソラの顔を真っ赤にするには十分すぎるほどの効果があった。
「なっ…え…!?」
「…ほんと、ソラは分かりやすいな」
混乱したようなソラにレンはにやりと再び笑う。
それはまるで悪戯が成功した子供が浮かべるような笑みだ。
もしや最初からバレていた。
その可能性に気付いたことを察したのか、レンはどこか楽しげな様子でぽんぽん、とソラの頭を慰めるように叩き、ソファから立ち上がって自分の部屋へと向かうのだった。
取り残されたソラはそのままソファへと倒れこんでクッションを抱える。
「うぅ……勝てない……!」
やっぱり自分ばかりドキドキさせられている。
改めてそう認識しながら悔しそうに呻くと、未だに赤い顔をクッションで隠すように埋めるのだった。