酷い悪夢を見た。
しかし夢の内容はあまり覚えていない。
ただ、とてつもなく悲しいような、恐ろしいような、辛いような、悔しいような、自分でもよく分からない感情が重く残っていて。
最悪だ、と頭に手を乗せながら小さく舌打ちをする。
内容は覚えていないのに感情だけが残ってるものほど厄介なものはない。
処理の仕様がなく、ただどんよりと気持ちが沈む。
すぐにもう一度眠る気になれなかった。
小さくため息を吐き、枕元に置いたスマートフォンで時間を確認する。
深夜三時半を回ったところだ。
もういっそ起きとくか、とベッドから起き上がった。
少しは寝たし、明日は休みだから特に支障はないだろう。
朝までには気持ちの切り替えも出来るはずだ。
自室にいる気分になれなくて、部屋を出てリビングのソファに座る。
何をするでもなくしばらく薄暗い部屋でぼんやりしていたその時、突然かちゃりとドアの開く音が聞こえて目を丸くする。
同じく部屋から出てきたソラも俺の姿を見て目を丸くしていた。
「あれ…レン?」
「…どうしたんだ、ソラ。こんな夜中に」
「うん、なんか目が覚めちゃってお水でも飲もうかなって。レンは、起きてたの?」
「…まぁな。俺のことは気にしなくていいから早く寝ろよ」
適当に誤魔化せばソラはしばらく黙って俺を見つめた。
やがてすっと歩き出すと俺の座るソファの前までやってきてラグの上で膝立ちの状態になる。
紅い瞳がじっと俺を見上げた。
「ソラ…?」
「何かあった?」
その言葉に俺は微かに目を見開く。
なんでバレてしまうんだろう。
問いに返せないでいるとソラは俺の左手を手に取って両手で包み込むように握る。
じんわりと温かい熱が指先から広がっていった。
「大丈夫だよ」
「…え…」
「大丈夫」
そう言ってソラは再び俺を見上げた。
その顔には笑みが浮かべられている。
「そばにいるよ」
「……」
レンの手冷たいね、と笑いながらソラの握る力が少しだけ強くなった。
何も聞かないでくれているのに、一番欲しい言葉をくれる。
自分でも気づかないほど俺の手がこんなにも冷たくなっていたことを知らせてくれる。
それは、とても温かくて。
ただただ嬉しい、そう思えた。
ソラの手をそっと握り返す。
「…夢を、見たんだ。内容は覚えてないけど」
「…うん」
ぽつりと独り言のように少しずつまとまらなかった感情を吐露していく。
ソラは静かに相槌を打ちながら聞いてくれていた。
その間、ずっと手が離れることはなかった。
やがて、一通り話し終えるとソラは顔を上げる。
「…レン、まだしばらく起きてる?」
「…ああ」
「ならちょっと待ってて!」
立ち上がったソラは素早くキッチンへと向かう。
数分後に二つのマグカップを持って戻ってきた。
はい、と渡されたカップの中は微かに湯気の立った白い液体。
「ホットミルク作ったの。一緒に飲も?」
そう言ってソラは俺の隣に寄り添うように座る。
「いい夢見れますようにっておまじないしといたから、きっとよく眠れるよ」
無邪気に笑うその姿に俺は目を丸くしてから微かに苦笑した。
本当に敵わないな、と思うしかない。
「ありがとう、ソラ」
「どういたしまして」
いつもより甘めに作られたホットミルクは沈んだ気持ちをゆっくりと温かく溶かしていくような気がした。