今日、ソラはいつもより遅めに起きた。

遅めといっても、お弁当作りに充てている時間がなくなっただけだから朝食の時間はそう変わらないだろう。
休みの日くらいはゆっくりしたらいいと言われてはいるが、身についた生活習慣はそう変わらないらしい。

そもそもこの日を寝坊で迎えるのはなんだかだらしない気がした。
きっと隣の部屋ももうもぬけの殻なんだろうな、と着替えながら考える。


静かにドアを開けると、やはりその人は相変わらずすでに起きていて、ソファで本を読んでいた。
あまりに普段通りでソラは思わずくすりと笑ってしまう。
気配に気づいたのか、読書中のその人が顔をあげたのでソラは声をかけた。

「おはよ、レン。あけましておめでとう」
「おはよう…あけましておめでとう、ソラ」

微かに笑みを浮かべて挨拶を返してくれたレンにソラは少し嬉しくなった。

「顔洗ってきたら、すぐ朝ご飯作るね!」
「ん、急がなくていいよ」
「はーい」

そう言いつつも素早く洗面台で顔を洗ってから、ソラはキッチンに立ってエプロンをつけた。
今日の朝食は昨晩の時点で決めていたのでほとんど用意してある。

少ししてレンがキッチンへとやって来た。

「手伝う」
「いいの?ありがと。じゃあお雑煮用のお餅をトースターで焼いてくれる?食べたい分だけ」
「ソラは?」
「二個」
「了解」

ソラの返答を聞くとレンはトースターへと四つ分の小さな餅を鉄板に並べて焼き始めた。
その間に食器棚からお椀や大きなお皿を二つ用意してくれている。

「そういや…年賀状ソラの分、ローテーブルに置いといたから」
「ありがと、後で見るよ。レンには誰から来てた?」
「あー、ほとんど被ってると思うけど。あいつらちゃんと分ける辺り律儀だよな」
「ほんと」

確かにこっちも別々で書いてるから皆もそうしてくれてるのかもしれないけど、と手を動かしつつソラは苦笑した。

「あ、でも一人連名で送って来たやついた」
「分かった!ユースケでしょ」

当たり、と答える表情は少し呆れ気味だ。

「ま、あいつの場合は年賀状書くだけでも拍手もんか」
「面倒臭がりだもんねぇ……さて、出来たー」

出来た朝食をテーブルに並べて、向かい合って座る。

ふわりと出汁の香るお雑煮に、お皿に綺麗に盛り付けられた伊達巻、栗きんとん、紅白なます、筑前煮、そしてかまぼこといったおせち料理のほんの一部。

「…すごいな」

ソラの成果に微かに目を丸くしたレンがぽつりと呟く。
年末から頑張った甲斐があったらしい。

「お正月らしくと思って。まぁ、流石にお重は食べきれないから無理だし、おせち料理も自分が食べたいものばかりになっちゃった。本当は祝い肴三種とかあったりするんだよね?」
「確かにあるけど…別にいいんじゃないか?そこまで気にすることでもないし。とりあえず食べようか」

いただきます、と二人揃って手を合わせて箸を手に取った。
お雑煮を食べながらレンの様子を窺うようにちらりと見るとその表情は満足そうでソラはほっとする。
と、そこで翠と目があった。

「どした?」
「なんでもなーい。あ、そういえば皆と初詣は明日だよね?」
「ああ。明日の10時にいつもの公園前」

初詣かぁ、とソラは手に持っていたお椀をテーブルに置く。

「皆と行くとかじゃないとまず行かないよね」
「興味ないもんな、お互いに」
「行くからにはちゃんとするけど。おみくじとか引きたいよねー」

何気ないソラの言葉にレンの箸が止まる。その表情は怪訝そうだ。

「……ソラが引く意味あるか?どうせ結果見えてるだろ」
「運試しなのに!?でもあれってやっぱり確率分かれてたりするの?」

大吉しか見たことないんだよね、と呟きつつ伊達巻を一口食べて咀嚼する。
その呟きに少し呆れつつレンは質問に答えた。

「神社によって違うから断言はできねぇけど…あと毎年大吉を引き続けるのはまた別の話だから」
「へぇ、そうなの?レンは吉とか小吉が多いよね。可もなく不可もなくって感じで」

おみくじとしては普通なのかもしれないが、なんだかレンらしいとソラは思う。
レン自身も特にその結果を気にしていないようだ。

「別に運に左右されたくないしな…どっちにしろ響がまた羨ましがる気がする」
「あ、彩音が言ってたよ。響は凶引く率が高いって」
「地味に不運だからな、響」

友人の不幸を他人事のように話すレンに苦笑いを返すが、日頃を知っているから否定は出来ない。

「ま、彩音がいるから大丈夫だろあいつは」
「…ね、それ明日、響本人に言ってみてよ?反応が面白そう」
「別にいいけど、やり返されても知らないからな」
「うん、やっぱり辞めとこう」

ソラは即座に発言を撤回する。
やり返された場合困るのはレンじゃなく自分だ。
諦めて話題を少し変えることにした。

「そうそう、ケンは身長が伸びますようにって頼むんだって張り切ってたなぁ」
「毎年それ願ってるって聞いたけど。つーか、あいつが伸ばさなきゃいけないのは身長よりも成績だろうに。毎回勉強教えてるテルのこと考えてやれって」
「すごいよねぇ、いっつも勉強見てあげてて」

この冬休みも何かと助けてるんだろうなと、頭の良い友人の苦労をしみじみと思い出しながらソラは餅を一口食べる。
飲み込んだところでふとレンを見た。

「レンは何お願いするの?」
「さぁ。ダイみたいに家族…いや友人、知人の無病息災でも願っとくか」
「え、ダイっていつもそんなお願いしてたの…!?流石、好青年の鏡みたいな人…」
「自分のことは二の次な辺りあいつらしいだろ?」

愕然とするソラに対して困ったような表情でレンは肩を竦めた。

(…明日はダイの無病息災も願っとこ)

お椀を口につけながらそう考える。
おそらくレンも…いや、彼の願い事を知ってる人みんなが考えてそうだなと思った。

やがて、テーブルに並べられた皿やお椀はすっかり綺麗に空になる。

「ごちそうさま。美味しかった」
「お粗末様です!」

レンの言葉にソラはどこか照れたようにそれでも嬉しそうに笑った。

椅子から立ち上がる時にレンはふと思い出す。
言い忘れてた、と。

「言い忘れてた?」
「ああ…こういうのは言葉にするべきだよな」

首を傾げるソラをレンは真っ直ぐ見つめた。

「今年もよろしく、ソラ」
「あ!…こ、こちらこそよろしくお願いします!」

焦ったように慌てて返すソラにレンは微かに笑い、洗っとく、と空になったお皿を持ってキッチンへ向かっていった。
その背中をソラは黙って見つめる。

「…嬉しいな…」

レンには聞こえないくらい小さな声で、ぽつりと呟いた。

今年も好きな人達と、大好きで大切な人と同じ時間を過ごせる。
代わり映えのない毎日かもしれないけれど、充分すぎるほど幸せなことだ。

考えるだけで自然と頬が緩む。

ソラはそっと微笑むとレンを手伝う為にキッチンへ歩き出したのだった。




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