レンは食事に興味がない。
一緒に行動して数週間、ソラの気づいたことの一つだった。
決して食べないわけでも食べられないわけでもなく、食べる時はしっかり食べている。
ただ、そこまで重要視もしていないから別のこと…大体は読書に集中しているとすぐに忘れる。
忘れたらそのままだ。
そんなことが何度かあった。
そして今回も、とある街で図書館に行ったレンが帰って来たのは夜遅くだった。
「レン、おかえり!」
「…ただいま」
部屋のドアを開けた途端、掛けられた明るい声にレンは少し驚いたように返事をする。
「図書館どうだった?」
「ああ…色々あって面白かった。読みたいやつは読めたとは思う」
「流石…」
表情は変わりないが、どこか満足そうな雰囲気だ。
何冊読んだんだろうと、ソラは感心してしまう。
そこでふと気づく。
「…もしかして、ずっと図書館にいたの?」
「そうだけど…?」
「……レン、ご飯食べた?」
「………あ……」
今その存在を思い出したというような反応で思わず声を漏らした。
「また忘れてる!」
「つーか、気にしてなかった」
驚くソラとは対照的にレンはあっさりと応える。
「まぁ、別に食べなくても大丈夫だけど…」
「ダメだよ、育ち盛りなのに!」
「その台詞を育ち盛りが言うのか…」
レンは思わず呆れた表情で呟く。
「でも、宿の食堂は終わってるだろ?この時間じゃ外の店もやってない」
「そう、だけど……あ、そうだ」
どうしようと考えを巡らして、ソラはその発想に声をあげる。
「…うん、頼むだけ頼んでみるのもありだよね」
「…何が?」
一人で納得しているソラにレンは怪訝そうな顔をした。
「レン!ご飯ちょっと待ってて!」
「え、どうする気だ?」
「いいから待ってて!座ってて!大丈夫だから!」
「わ、分かった…」
ソラの勢いに若干気圧されたレンが頷くとソラはそのまま部屋を出て行った。
それから30分後。
「お待たせ!」
そう言ってコトリとテーブルに置かれた器にレンは瞬きを繰り返す。
ソラが持ってきたのは温かそうな、野菜がたくさん入った白いシチューだった。
「…どうしたんだ、これ」
「食堂の台所借りれないか頼んでみたんだ。貸してくれた上に、野菜と牛乳たくさんあるから使っていいって言ってくれて助かっちゃったよ」
「…え、ソラが作ったのか?」
どこか驚いたようなレンの反応にソラは苦笑する。
「そんな驚くことかな?私だって一人で暮らしてたんだからこれくらい出来るよ」
「…出来ない奴もいるとは思うけど…」
「それよりあったかいうちに食べて…口に合うか分からないけど」
「……いただきます」
ソラに促されるようにシチューを一口食べる。
レンの目が微かに丸くなった。
「……美味しい」
「ほんと?よかったー」
ぽつりと呟かれたその言葉にソラはほっとしたような、嬉しそうな笑みを浮かべ、レンの向かいに座った。
テーブルに頬杖をついて小さく息を吐く。
「…レンってほんと食事の優先度低いよね」
「まぁ、自覚はある」
「面倒?」
「それもあるかもしれないけど…初めて食べた手料理ってものがまともじゃなかったんだよ」
まともじゃないとは、とソラは意味が分からず首を傾げる。
「…そんなに美味しくなかったの?」
「食べて意識飛んだ」
「…意識飛んだ…?」
料理の感想とは思えない言葉にソラは一瞬自分の聞き間違いかと疑ってそれを復唱した。
間違いではなかったらしく、それが訂正されることはない。
レンは食事を続けつつ、淡々と話を続けていく。
「あれは料理じゃなくて、ただの食材の無駄遣い、というか食材への冒涜だ、ってことにしばらくしてから気づいたけど」
レンは一体何を食べたの、と聞いているソラもよく分からなくなってくる。
「ま、その時に食わない方が安全かもしれないって感じて…だんだん死なない程度に最低限でいいかって思うようになった。で、今に至ると」
「…た、大変だったんだね…」
そこまで聞いてソラは通りで食事に興味がないわけだと納得してしまった。
それを作ったのは誰なんだろう、という疑問も生まれたが聞いても答えてくれないだろうと思った。
というより触れちゃいけない気がして聞ける勇気がなかった。
(…あれ、それよりもこれ、レン大丈夫なのかな?)
突如、そんな疑問が浮かぶ。
普段も道中の食事は携帯食料だ。
安くて手に入りやすくて日持ちするから、が主な理由でバランスよく栄養が摂れているわけではない。
(ずっとこのままだと…いつかレン死んじゃうんじゃ…!?)
その可能性に気付き、ソラは一人衝撃を受ける。
それだけは絶対嫌だと思った。
どうすればいいかは、答えは自然と出ていた。
「レン!」
ソラは勢いよく立ちあがり、レンへと身を乗り出した。
がたんと椅子が倒れる音がする。
「…どした?」
「お願い!たまにでいいから私に料理作らせて!!美味しいの頑張って作るから!!」
「え、あぁ、うん…それは構わないけど…」
どこか必死な表情で頼み込まれ、レンは呆気にとられたように許可を出す。
「ありがと!じゃあ明日、街を出る前に日持ちする食材いくつか買うね!あとはー…」
「……」
レンはスプーンを置き、妙に張り切っているソラをちらりと見る。
かなり飛躍した解釈がされてそうだな、と呆れたように小さくため息を吐いた。
(……まぁ、いいか)
美味しかったし。
そう思いながら、空になった器にそっと手を合わせた。