「珍しいこともあるもんだな」


遠目に見える光景を眺めながら壱儺は神妙な声で呟く。


「そんなこと言って、あとで文句言われても知らないよ」


同じく隣でそれを眺めていた三悧は呆れたように壱儺を見た。


ことの発端は買い出しの量が多かったため三人で行っていたことから始まる。
量が多く、重いものを壱儺と三悧の二人で、軽いものを四季一人でと分担して買い物をすることに決め、別れて行動していた。

壱儺と三悧はそれらを無事に済ませ、集合場所にした広場にある長椅子に座って四季を待っていたところ、その光景に出くわした。

四季が二人の男性に声を掛けられている光景を。
いわゆるナンパと言うやつだ。

歩き続ける四季に二人は相当しぶとくつきまとっているのか、四季の顔は嫌気がさしているように見えた。


「あいつも女に見られることがあんのか…」


ぼそりと呟かれた言葉に三悧はちらりと横目で壱儺を見る。
その表情はどこか険しい。
三悧は首に巻いたマフラーを直しながら思ったことを口にする。


「…壱儺さん、助けに行ってあげないの?」
「……別に行かなくてもあいつなら平気だろ」
「まあ、そうだけど。でも…たまにはいいんじゃない?」
「…は?」


怪訝そうな顔になる壱儺に三悧は小さくため息を吐く。


「そんな不機嫌そうな顔で見とくくらいなら素直に行った方が気持ち的にも楽だよ」


その方が手っ取り早いしね、と続けて三悧は壱儺を見上げる。


「っ!?」


三悧の言葉に驚いた壱儺は弾かれるように三悧を見る。
何か言い返そうと口を開くが、それが音となることはなかった。
黙って三悧を見つめること数秒。やがて壱儺は目を逸らすと乱雑に前髪をかきあげた。


「あー、くそっ!…三悧、荷物見とけ」
「うん、いってらっしゃい」


その頬が微かに赤いことに気付きつつ、呆れたような笑みを浮かべた三悧はそれを指摘することなく静かに壱儺を見送った。


一方四季はほどほどに困っていた。
ナンパなんて珍しいことがあるもんだと思いつつ、歩みは止めることも止められることもしない。
先程から適当にあしらってはいるのだが、思ったより相手はしつこかった。
女にでも飢えてるんだろうかと微かにため息を吐く。


(でも、もう集合場所だしなー)


本格的に追い払わないと、四季はついてくる二人に振り向く。


「あのさ、いい加減に…ー!?」


紡ごうとした言葉は最後まで言えなかった。
不意に後ろから抱き寄せられた。
目を丸くした四季だったが、首元に回された腕を見て即座にそれが誰か察する。


「…おめぇら、俺のになんかようか?」


四季からはそう話す本人の顔は見えない。
ばっちり見えてるであろう男性二人の顔が恐怖で引き攣るのが分かった。
ろくに言葉も発せないまま男性達はあっという間に離れていく。

その背中を見送ってから四季は少し呆れたように見上げる。


「…相当怖い顔でもしてた?壱儺」
「……んなことねぇよ」
「殺し屋にでも会ったみたいな反応されてたけどねぇ……それで、いつまでこのまま?」


抱き寄せられたままの状態に尋ねてみれば、一瞬の硬直後すぐにどこか慌てたように離れていった。
改めて四季は振り返って壱儺を見る。


「…珍しい、照れてる」
「うっせぇ、誰のためにやったと思ってんだ」
「それもそうだ」


軽く悪態をつきながらも目は合わそうとしない壱儺に四季は小さく笑う。


「助けてくれてありがと、壱儺」


その言葉に壱儺はちらりと四季を見る。
頭を掻きながらため息を吐いた。


「……たい焼き、お前のおごりな」
「はいはい」


それだけ言って背を向けて三悧のほうへと向かう壱儺に四季は苦笑しながらついていった。


「三悧くん、お待たせー」
「お疲れ、四季さん」
「たい焼きおごることになっちゃった。三悧くんも好きな味選んでいいよ」
「そうなんだ…」


荷物を持って先に行ってしまった壱儺の背を見ながら笑う四季に、三悧は返事をしつつ感じたことを率直にぶつける。


「四季さん、なんだか嬉しそうだね」


その言葉に四季は一度目をぱちくりとさせたが、すぐに笑みを浮かべる。


「どうだろうね?」


そう言って歩き出した四季を三悧は黙って眺める。


(…素直じゃないのはどっちもどっちだなぁ)


なんて面倒な大人達だ。
三悧は肩を竦めながら、そんな二人の背中を追った。





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