今夜は小さな森の中で野宿をすることになった。

夜も更けてきたが、今のところは外敵もいない、焚火の燃える音だけが響く静かな夜だ。
手頃な場所にあった木の根元に座り、俺はいつものように手持ちのナイフの確認をしていた。

「…レンの手って大きいよねぇ」
「……は?」

そんな中、不意に隣から聞こえてきたその声に俺は思わず気の抜けた声を返してしまう。
そっちを見れば、とっくに寝ていると思っていたその紅の瞳は真っ直ぐに俺の方に向けられていた。
寝惚けているわけでもなさそうだ。

「起きてたのか」
「眠れなくて…」

毛布に包まりつつ困ったようにソラは笑う。
寝付きはいいのに珍しいこともあるんだな。夢見の悪さはよくあるけど。

俺は一度目を伏せ、少し話相手になるかと持っていたナイフを片付けて改めてソラを見た。

「で…なんの話だっけ?」
「レンの手が大きいねって話」
「……そうか?」

またずいぶんと突拍子のない話題になったな。
そう思いつつも話の流れで自分の掌を見つめる。
変哲もない、ごく普通の手にしか見えないし、ソラが言うほど大きいとも思えなかった。

「そうだよ!じゃあ、比べてみよ?」
「…ん」

反応が納得出来なかったらしい、ソラは身体ごと俺の方を向いて毛布から右手を出して掌を俺に向けた。
その目はなんだか期待に満ちているようだ。

正直結果は見えてるけど、大人しく右手をソラの掌へと合わせた。
合わせられたそれらの大きさはかなり違う。

「ほら、やっぱり!」
「いや…これ、ソラの手が小さいだけじゃないか?」
「えー!」

ソラは不満げな声を上げるが、伸びきっていない俺の手に比べて、真っ直ぐに伸ばしていてもなおソラの手は一回り以上小さい。
つーか、こんなに小さかったのか。知らなかった。

「大体…俺とソラじゃ身長も全然違うんだから差が出るのは当たり前だろ?」
「それは、そうかもしれないけどー…」

小さく口を尖らせながらソラは俺の右手を手に取って真剣に見つめる。
不服そうだったその表情はすぐに別の興味を見つけたのか明るいものに変わった。

「レンの手って意外とごつごつしてる」
「そりゃな…ずっと刀を使い続けて来たわけだし」

…この状況なんなんだろうか。
おもちゃにされつつある右手を横目に俺は左の肘を足に乗せながら頬杖をついた。

「いいな…」
「? 何が?」

羨望するようなことがあったか分からずに尋ねれば、そっとソラの手が俺の手に重ねられる。

「レンの手、優しくて安心出来るから」
「……え……?」

思わず、頬から左手を離してソラの方をしっかりと見る。
何を言われたのか一瞬理解できず反応が遅れた。
俺と目があったソラはふわりと柔らかく笑う。


ああ…こういうとこなんだな。


何も返せずに目を逸らしてしまうと、ソラは不思議そうに首を傾げた。

「…? 私、何か変なこと言った?」
「……いや。それよりソラ、そろそろちゃんと寝ないと明日に響くんじゃないか?」

誤魔化すように話題を変えれば、ソラは見事に釣られてくれた。

「ほんとだ…うん、なんだか眠くなってきたかも…話相手になってくれてありがとね、レン」
「気にすんな。おやすみ、ソラ」
「おやすみなさい」

ごそごそと再び毛布に包まり、ソラは目を瞑って眠る姿勢になった。
しばらくして聞こえてきた微かな寝息にそっと一息つく。

再びナイフを取り出そうとして、ふと先ほどまでソラが触れていた右手が目に入り、その動きを止めてしまう。
自分の手が大きいだなんて初めて言われた。
それに、

「優しくて安心出来る、か…」

右手を見つめながら先ほどソラに言われた言葉を繰り返すように呟く。

でも、その言葉が合うのは俺の手じゃない。

「お前の方がよっぽど合ってると思うよ、ソラ」

誰に言うでもない言葉は宙に消えていく。
俺は空を見上げて小さく嘆息すると、ナイフを手に取ったのだった。






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