「trick or treat ?」
ソファの後ろから突然そんなことを言われ、壱儺は怪訝そうに上を仰ぐ。
そこには見慣れた奴ーー四季がにんまりと楽しそうな笑みを浮かべてこちらを見下ろしていた。
「ちょっと、聞いてる?trick or treat !あ、日本語で言わないと分からない?」
「なめてんのか」
お菓子か悪戯か。
その言葉が紡がれる日、つまり今日はハロウィンなわけで。
それは分かる。分からないのは、
「…その言葉をおめぇが言う意味が分かんねぇんだけど」
「なんでよ。こういうイベントはいくつになっても楽しんだもん勝ちっしょ」
ガキか、と言いかけたが年齢だけが大人のガキみてぇなもんだったと再認識して言うのを止めた。
「で?お菓子くれるの?」
四季は壱儺が甘いものを常備していることを知っている。知っていての質問だ。
壱儺は面倒くさそうに一度ポケットを探る。
しかし、
(まずった…)
こんな日に限ってポケットの中には何もない。
壱儺の表情が苦々しいものに変わる。
対照的に四季の笑みがより一層深くなった。
「ないんだ?ないんだね?」
「…おめぇ最初から悪戯が目的だったな!?」
楽しくてたまらないといった四季の言葉に、意図に気づいた壱儺は思わずソファから身を乗り出して四季と向き合った。
「そんなことはないよ?ま、悪戯出来たらラッキーとは思ってたけど」
堂々と悪びれもなく四季は言う。
こういう奴だよな、と壱儺は小さくため息を吐く。
「さて、悪戯しなきゃね」
意気揚々といった四季に壱儺は何も答えずに舌打ちした。
そして、数十分後。
「…で、気は済んだか?」
「まぁ、許してあげる」
なんで上から目線なんだ、と頬杖をつきながら壱儺は内心思った。
四季の手によって壱儺の長い銀髪は普段の赤いゴムではなく可愛らしいピンクのリボンで結ばれていた。
そこにたどり着くまでも様々な髪型にされたことにより、悪戯にしてはマシな方だったが疲労感は増していた。
「写真撮っていい?」
「ふざけんな」
上機嫌な四季に冷たく返し、壱儺は再びため息を吐く。
「あー、満足した。ありがと、壱儺」
「待てよ、四季」
用は済んだと去ろうとする四季を、乱雑にリボンをほどきながら壱儺は呼び止める。
やられっぱなしは好きじゃないのは壱儺も同じだ。
「trick or treat ?」
「…お?」
予想していなかったのか、四季の目が丸くなる。
「楽しんだもん勝ちなんだろ?」
「そうだけどさー」
「で?」
「待ってよ、お菓子持ってるから」
そう言って上着のポケットを探っていた四季の手が止まる。
「え、あれ!?」
慌てたようにもう片方のポケットも探るがなんの感触もない。
「嘘!?飴が一個残ってたのに!」
「へぇ、こんなのか?」
「!?」
そう言って壱儺の手にあるのはまさしく四季のポケットに入れていたものと同じ飴。
いや、そもそも壱儺は飴なんて持っていなかったはずだ。
まさか、と四季の頬を冷や汗が流れる。
「ちょ、アンタいつの間に…!」
「なんのことだ?」
にやりと笑う壱儺の表情は確信犯そのもので。
「それで?菓子か悪戯か?」
再度日本語で問われた質問に四季は目を逸らしつつ逃げる算段を考え始めた。