「…え?」
唐突な言葉に私は目を丸くする。
名前を呼ばれたと思った。
私であって私じゃない名前を。
それに、先輩はそのことは絶対に知らないはずなのに。
「今、ドロボウって…」
「流石に今世でそれはやめた方がいいんじゃないか」
どこか楽しげなその表情に私は確信する。
「…レン…?」
「ああ」
「思い、出したの…?」
「つい今さっきな。と言っても全部ってわけじゃない。とりあえず、自分のことと…ソラのことだけ」
信じられなくて口元を手で覆う。
そんな奇跡みたいなことあるの?
いや、それよりも急に思い出したとしたら混乱してないのかな。
「レ、レン…その、大丈夫?気持ちの整理とか…」
「ん、平気。多分、その前に自分で結論を出してたから今はむしろ納得してる」
よかった、とほっと一息する。
「…そういうとこ、前からだったんだな」
苦笑いをしながら先輩は呟いた。
「え?」
「いや、なんでも。それより…思い出したからこそ、ソラに言いたいことあるんだ」
「私に…?」
翠の瞳が真っ直ぐ私を見る。
「…ありがとう。探して、見つけてくれて」
だめだ、そんなこと言われたらまた泣いちゃう。
「だって、ずっと会いたかったから…もう一度レンに会える為なら、私いくらでも頑張れるよ」
泣きながら笑う私に蓮先輩は優しく笑って、指先でそっと涙を拭ってくれた。
「…それで、障害はなくなったと思うんだけど」
その言葉にはっとする。
本当にそうなのかな、いや違う。
「…駄目だよ。だって私は、先輩が好きかどうか分からないから…」
記憶がなくても先輩は好きになってくれたのに。
私はそうじゃない。
そんなの先輩を見ていないと同じだ。
だったら…
「強情」
呆れた目をしながらそう言って先輩は私の両頬を引っ張る。
「いひゃい!いひゃいです!!」
記憶が戻ってから遠慮がなくなってない!?
私の叫びに先輩はあっさりと離す。
「空。お前は俺の変わってしまった部分は嫌いか」
先程までと違う真剣な問いに、私は目を見張る。
変わってしまった部分…
「俺はレンの時と同じところもあるけど違うところも多々ある。空がその部分が嫌だって言うのなら、確かに俺を見ていないってなるけど、どうなんだ?」
そんなの…最初から決まってる。
「嫌いなわけない!だって嬉しかったんだよ。レンの時とは違う先輩に気付くたびに」
ご飯ちゃんと食べるとこ。
一人ぼっちじゃなくて、誰かと一緒にいて楽しそうなとこ。
お母さんと同じ時間を過ごせてるとこ。
そして、
よく笑ってくれるとこ。
あまり見れなかった姿を自然と見れる度に嬉しくて、 そういうとこもっと見たい、知りたいって思って。
もっと話したくて。
一緒に、いたくて……あれ?
「ちょっと、待って…これって…レンだからじゃ…ない?」
「気付いた?」
楽しそうな蓮先輩の表情に急に恥ずかしくなって顔が赤くなる。
なんだ、そうだったんだ。
私は、とっくの前に先輩に恋していたんじゃないか。
「…あー…うー…」
「今更照れるか」
小さく笑って蓮先輩は再び私を抱き締める。
驚く私はされるがままだ。
「わっ!?」
「…空は俺のこと好きか?」
ずるいなぁ、と思う。
そっと先輩の背中に手を回した。
「………好き。大好きです」
抱き締められる力が少し強くなって、表情は見えなかったけど嬉しそうに笑ってくれてる気がした。
「俺もだ。これからもそばにいてくれ、空。今を生きよう、2人で」
「…はいっ…!!」
見あげれば白い花びらが舞う中で蓮先輩は柔らかな笑みを浮かべていた。
運命というものはないと思ってる。
それでもきっと、私は
何度生まれ変わっても
記憶がなくても
何があっても
この人を好きになる
心の底からそう思った。