「蓮、先輩…」

空は呆然としながら俺の名前を呼ぶ。
何故ここにいるのかが分からないんだろう。
正直、俺もそうなんだけど、なんとなく同じような理由なんじゃないかと思った。

ゆっくりと空の方へと歩き出せば空はびくりと肩が跳ね、俯く。
気まずいのか、申し訳ないと思っているのか。

俺は少し手前で止まる。
高台から夕陽が街を染め上げていく光景が見えた。
いいものが見れたなと思う。

「…こんな綺麗な景色が見えるところがあったんだな」
「…え?」

唐突な俺の言葉に空はぽかんと顔を上げる。

「この街に来てそれなりに長いけど、初めて知った」
「あ…わ、私もです」

そう答える空は少しだけ表情を和らげる。
今は、何を考えてるんだろうか。

「空」
「は、はい…」

花の香りがする。
一度深く息を吸ってから、俺は覚悟を決め話を切り出す。

「これが最後でもいいから逃げずに聞いてくれないか」
「……」
「…今から話すのはあくまで推測で何の根拠もない、俺の勘みたいなものだ。もし違ったら笑い飛ばしてくれていい」

違うかもしれない。
空は本当に笑うかもしれない。
自分でもこんな可能性を信じるのかとおかしい気持ちだ。
それでも賭けずにはいられなかった。

「……はい」

空は少しだけ困った表情をしていたが、やがて決意めいた顔で頷く。

これはなかなか骨が折れそうだなと思った。

「単刀直入に言うと、俺が見ている夢はやっぱり俺の前世なんだと思う」

俺であって俺ではないそんな誰かの記憶。
空の表情は変わらない。

「そして、夢に出てくる誰かは…空、お前の前世なんじゃないかと思った。そしてお前はその時の記憶が今もあると」

たまに空は懐かしむような表情をしているのは他の、好きな奴を思い出しているんだと思った。
それでも不思議だったのは、お互いをろくに知らない時から俺のことを信用してくれていたこと。
それは多分、空が知ってる俺と変わらない部分だったからだろう。

空の表情を窺いつつ、俺は淡々と考えを話す。

「今日、また夢を見た。今までずっと覚えられなかった誰かの顔はお前だったよ、空。もしかすると俺の願望が入ってたのかもしれない。でも、そいつは泣いていた。俺の幸せだけを願いながらも、そばにいたいと」

空の目が見開く。
その反応に俺は確信する。

とても辛くて苦しい道を歩んできたんだなと。

「ずっと、探してくれていたんだな…」
「私、は…」
「俺の話は間違ってるか?空」

一瞬苦しげな表情をしても、空は笑おうとした。
笑って、違うと言おうとしたんだと思う。

「…っ…!!」

その頬に一筋の涙が伝う。
空は慌ててその涙を隠そうと拭う。
それでもぼろぼろと涙はとめどなく溢れて。

「ちがっ、これ、は…」
「もういいよ、空」

弁解しようとする空を俺は頭を抱き寄せて自分の腕の中に収めた。
驚いた空の涙が止まる。

「俺は、ずっと空に辛い思いをさせてきたんだな」

なんで俺は覚えてないんだろう。
思い出せないんだろう。
空をこんなに泣かせてしまっているのに。
そう思うと歯がゆかった。

「だから…だから言わないと決めてたのに…」

腕の中で空は呻くように呟く。

「…苦しめたくなかったのに…!」
「馬鹿だな」

抱き締める力を少し強くしながら、宥めるように頭を優しく叩く。

「もっと自分にその優しさを分けてやってもいいだろ?」
「そんなこと、ない…」

本当にこいつは人のことばかりだな、と気付かれないように苦笑する。

「俺は、空が好きだ」
「!!」

避けていた言葉を告げられ、空が固まったのが分かった。

「記憶なんか関係なく俺は今の空を好きになった。だから…そばにいて欲しいんだ」

離れて欲しくなかった。
でも、お前はそれを良しとしないんだろう。

予想通り、空はそっと俺を押して離れた。

「先輩は、思い出したわけじゃない…そして私はきっとどんなに頑張っても蓮先輩にレンを重ねてしまう。なら…一緒にいても、苦しくなるだけだよ」

それは俺なのか、それとも空なのかは分からない。
一度は止まった涙を再び零しながら空は絞り出すように話す。

「レンのことは今も大好き。でも、蓮先輩のことはどう思ってるのか分からない…分からないのっ…そんな私が、そばにいるわけにはいかないよ…!」

きっと、俺を傷付けたくないと思ってるんだろうな。
俺は、どうやったらこいつの笑った顔を見ることが出来るんだろうか。

その時ふと、横風が吹く。
空の髪がそっと揺れる。
夕陽に照らされ、その色は鮮やかな紅へと変わる。

瞬間、カチリと欠けていた何かがはまるように知らない記憶が一気に溢れ出した。

自分自身のこと。
俺が持つ翠が偶然ではなかったこと。
そして、何よりも愛しくて大切な存在のことを。

そうだったんだ、と思わず笑みが浮かぶ。

改めて、目の前の彼女に声をかける。
これなら気付いてもらえるだろう言葉を。

「…そんなに嘘ついてまたドロボウにでもなるつもりか?ソラ」





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