紅い髪が風に揺れている。
目の前に夢の中のあいつが立っていた。
俺に気付くと、一瞬驚いた表情になったが、すぐに嬉しそうな表情に変わる。
『…レン…』
名前を呼ばれた。
俺であって俺ではない名前を。
声がはっきりと聞こえたのは初めてだった。
彼女の紅い瞳から涙が一筋零れる。
それを手で拭って、彼女は口を開く。
『私ね、レンをもう一度見れたらそれだけで充分だと思ってたの』
もう一度見れたら…?
意味が分からなくて俺は眉を寄せる。
『関わりがなくても、私のことを思い出さなくても、あなたが一人ではないと分かればよかった』
その瞳は穏やかで心の底からの想いなんだと分かった。
『レンが幸せでいてくれるならそれで構わないって。でも…』
一度言葉を切り、彼女から耐えきれなかった大粒の涙がぼろぼろと零れ落ちる。
『やっぱり、レンが好きだから』
お前が、そんな辛い思いをする必要ないのに。
これ以上泣いて欲しくなくて、彼女の涙を指でそっと拭う。
涙は止まらない。
それでも彼女は泣きながらも無理矢理笑顔を作る。
『レンのそばに、いたいよ…!』
やっと本心が見えた気がした。
その瞬間、彼女の顔がはっきり目に映る。
…やっぱりそうか。
だから言わなければと俺は口を開いた。
「…っ…」
そこで目が覚めた。
手で顔を覆い静かにため息を吐く。
「…なら、そばにいてくれよ…」
そう呟いて手の甲で溜まった雫を拭った。
そばで寝ていたヒメルがどこか心配そうに鳴き、俺の頬を舐める。
「大丈夫だ、ヒメル。ありがとな」
俺は起き上がるとヒメルを優しく撫でる。
気持ち良さそうに喉を鳴らす姿にそっと微笑む。
「そういえば、きっかけはお前だったな」
まだ数ヶ月も経っていないのに随分と前のような気がする。
「…空に会わなきゃ」
あいつの口から本心を聞きたいと思った。
そうは言ってもここ数日、空の姿を見ていない。
おそらく意図的に避けてるわけで。
と、なると電話やメールも意味がない。
あいつの行動パターンなんて知らないし。
待ち伏せしても無駄だろう、というかストーカーみたいだなそれ。
「…さて、どうしようか」
そうこうしてるうちにもう夕方だ。
もう大学を出てるかもしれないと思うと今日は諦めるべきかと悩む。
その時、ふと目の前をひらひらと何かが横切る。
「…蝶?」
淡い紫色の綺麗な蝶が大きな翅をふわりと動かして俺の近くを飛んでいた。
翅の先はどこか赤みを帯びている。
こんな蝶、見たことがない。
蝶は俺の近くから離れようとしなかった。
時折、俺の横で留まるような不思議な飛び方をする。
まるでこっちを向けと言っているみたいだ。
「………」
素直に従って俺はそちらを向く。行ったことない道が見えた。
蝶はその道の先へ促すように飛ぶ。
なんとなく、行ってみようと思った。
不思議なこともあるんだと最近分かったからこの不思議に乗ってみようと思った。
俺が歩き出すと、蝶は導くように俺の前をひらりと飛んだ。
甘い花の香りが辺りを漂ってくる。
案内されるがままについていった先は どうやら高台のようだ。
遠くに小さな白い花が咲き誇った一本の大きな木が見える。
確かあの花は秋になると赤い実がなる花じゃなかったかとぼんやり思う。
俺を連れてきた蝶が木に向かって飛んでいく。
歩きながら、その動きを追う。
そして気付いた。
木の下に誰かがいる。
「……」
俺は静かに目を見開いた。
あの後ろ姿は…
にわかに強い向かい風が吹き、白い花びらの雨がその人物に降り注ぐ。
花びらの行く先を目で追うように振り返った。
風がぴたりと止む。
彼女は俺を見て驚いた顔に変わった。
「空」
やっと見つけた。