「あの、大島先輩!」

一人の女子が声を掛けてくるので俺はそちらを見る。
見覚えは全くなくて、俺を先輩と呼ぶから少なくとも後輩になるんだろう。
その表情からすぐに察して眉を顰めたくなった。

「…何?」
「私、三年のーー」

場所を変えて話したいという女子の言葉を半分聞き流しながら、面倒だなと率直に思った。
けれど、今ここで断るともっと面倒そうだと感じたのは今までの経験からだろう。

「…分かった」

途端嬉しそうな顔をする女子を横目に俺は微かにため息を吐いた。

連れてこられたのは公園の時計台。
以前、空と待ち合わせしたところだなとぼんやり思う。

俺を前にした女子は顔を赤くして話し出す。

「私、前から大島先輩のことかっこいいなって思ってて…」

一度言葉を切り、意を決したように口を開く。

「好きです、付き合ってくださいっ!」

予想していた言葉に俺は微かに目を伏せる。
答えはとっくの前に決まっていたから悩みもせず俺は即座に返す。

「悪いけど。好きな奴いるから」

そう答えれば女子はひどく驚いた顔をする。
望みがあると思ったのだろうか、それとも俺の返答が意外だったのだろうか。

「えっ…それってまさか噂になってる子ですか?」
「……」

その問いには答えなかった。
ここで俺がはっきりさせてしまうと空に余計な迷惑がかかりそうだったから。
苛立ち混じりにため息を吐き、相手を睨むように見る。

「あんたには関係ないよ」

冷たく言い捨てたのをきっかけにいつも通り悪人になってしまおうと思った。

「で、でもっ…!」
「俺はお前に全く興味なんかない。持つ気も起きない」

そこまで言うと、女子は泣きそうな顔になって走り去る。
遠くなっていくその姿をちらりと見て小さくため息を吐く。
断るのはいつも疲れる。

その時、近くの木からぱきっ、と小枝を踏む音が聞こえた。

近くに誰かいる。
見られてたか、とそちらを見て俺は目を瞬く。
よく知ってる顔だ。
俺が見ているのを気付いてないみたいだから足音を立てないように近付く。

「覗き?」
「わぁ!?」

本当に気付いてなかったらしい、空は驚いた声をあげる。

「ご、ごめんなさい。たまたま通りかかって邪魔しちゃ悪いと思って…」
「…で、どこから聞いてたんだ?」

回りくどい言い方せずに尋ねると空の目が泳ぐが観念して答える。

「…多分、ほとんど最初からですね…」

やっぱりか。
いっそ言ってやろうかと思った。
しかし空に先手を打たれる。

「先輩はなんで誰とも付き合わないんですか?」
「……」

聞いてたくせにその質問するか普通。
露骨な話題の避け方に思わずため息を吐く。

「……付き合う気がないからだよ」
「いい子そうなら付き合ってみるのもいいと思うんですけど。付き合ってから好きになることだってありますし」

ああ、やっぱりこいつが俺を見ることはないのかと思うと微かに胸が痛む。
それを顔に出さないまま俺は会話を続ける。

「…昔から、誰に好意を持たれても、違うって心のどこかで思ってる自分がいる。なのに相手の好意に応えるのは失礼だ」

いつも、どこか違和感があった。
顔しか見てない奴は論外だとしても、告白してきた中にはそれなりに話していた奴だっていた。
それでも、好きだとは思えなかった。
違う、この人ではないと。
…なら、なんで空のことは好きだと思えるんだ…?

そう思っていると、空がどこか泣きそうな顔をしていることに気付く。
こういうとこかもしれないなと微かに笑う。

「前に、颯に言われた。俺は夢で会う誰かに惚れてるから他の奴を好きにならないんだって」

その時は否定したけど、あながち間違っていなかったのかもしれない。

「その時、あの夢は俺だけど俺じゃない誰かの記憶、つまり前世なんじゃないかとも言われた」
「前世…」
「もし本当に前世なら、俺はいるかも分からないそいつを必死になって探すべきなんだろう。でも、顔さえ覚えていない…大事な人かもしれないのに。それはそんな薄情な俺は一人で生きていけってことだったのかもしれないな」

好きになった相手がいたとしても俺を見ていないわけだしな。
ある意味俺への罰なのかもしれないと思った。

「そんなことないです!」

そう叫ぶ空の声に俺は目を丸くする。

「蓮先輩は薄情なんかじゃないです。だって、先輩は前世じゃなく今を生きているんだから覚えてなくったってしょうがないんですっ。思い出したって混乱しちゃうだけです」
「空…」

とても必死に空は否定してくれていた。
それは嘘偽りなく本心なんだとは思う。
でも、何かが違う。

「それに、その紅い髪の子のことを覚えていなくても、その子は先輩が幸せにいてくれることを願ってくれてると思います」

本当に本人に言われてる気がした。

でも…おかしい。
そのことは空が知るはずないのに。

情報がありすぎて、頭の中がごちゃごちゃしてくる。

それでも聞かなければ進まないと俺は、空を見る。

「それを、なんで知ってるんだ?空」
「……え……?」
「…俺は夢の話は誰かにしたことあっても、そいつが紅い髪だってことは誰にも言ってない」
「あ…」

空の表情が一気に強張り、口を押さえた。

「お前は、何か知ってるのか?」

俺の知らない何かを。
でもどこか腑に落ちる部分でもある。
この夢が前世だと言うのなら、俺に誰かを重ねてる空の行動の意味に。

「し、知らないっ!偶然です、偶然ですから!」

首を振って否定する。
明らかな嘘に俺の疑惑も増える。

「なら…」

自分の声が妙に静かに聞こえる。
聞かない方がいいとは分かっていた。
けど、もう聞かないわけにはいかなかった。

「お前は、俺に誰を見てるんだ?」
「!?」

空の体がびくりと震えた。
再び泣きそうな表情をする。

そこでやっと、さっきからあまり見たくなかった顔をさせてしまっていることに気付いた。

「ごめんなさいっ!」

それだけ言って空は俺に背を向け走り出す。
追いかけれなかった。

これ以上、問いただしたら本当に離れていってしまう。
手遅れかもしれないけど。

「……しくじった」

思ったより混乱して焦っていたらしい自分に腹が立つ。

一度、しっかり考えようと思った。
俺は空に辛い思いをさせていたのかもしれない。





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