「ふぅ…」

長時間向かい合ってるパソコンのディスプレイを眺めながら俺は一息つく。
今日は朝から研究室に籠ってずっとパソコン作業をしていた。

「今日はずいぶん頑張るねぇ」

ガチャ、とドアの音がすると共に教授もとい伯父がそう声をかけてくる。

「あー、まぁな。明け方までには終わる」
「蓮、猫飼い始めたんじゃなかった?いいの?」
「今日はタオに預けた」

向こうから積極的に提案してきたときは何か裏があるのではと疑ったりもしたが、あいつ猫好きだしそこは問題ないかと判断した。

「そう、ならそっちは問題なさそうだね。蓮はちゃんと休憩してる?」
「いちお、う…?」

答えながら自分でも疑問がわく。
水分補給はしていたがそういえば飯は朝食べてきてから食べた記憶がない。
そもそも今何時だと時計を確認すれば夕方の六時は過ぎていた。

「うわ、昼飯食ってない」
「全く…集中力があり過ぎるのも困ったものだね」

肩を竦めた伯父を横目に俺もため息を吐く。
意識した途端空腹を感じる。

「ほんとにな。ちょっと飯調達してくる」
「いってらっしゃい」

周りを軽く片付けて、俺は足早に研究室を出た。

「さてと…」

どっかで適当に買うかと考えながら出入口に向かっていると付近に人影が見える。
最初は気に留めていなかったが徐々に近づいて分かるその姿に俺は目を剥く。
薄暗くて見えにくいが知っている顔な気がする。

出入口付近でぐるぐる、うろうろと歩き回る姿はさながら不審者だなと思いながら外に出て声を掛ける。

「…空?」
「ひゃい!!」

ごく自然に声を掛けただけなのだが、思った以上に驚かれて、こっちも驚いてしまう。
仰天といった表情で振り返ったのはやっぱり空だった。

「れ、蓮先輩…」
「何やってんだ?こんな時間にこんな所で」

空は研究室にはあまり関係ない学部だったような気がするけど。

「えっと、あの…その…」
「…何かあったのか?」
「違います!」

あまりにもおかしい挙動に心配すればそこは力強く否定される。
そういうわけではないのか。

理由が分からず首を傾げると、空は一度深呼吸をすると抱えていた小さな鞄を俺に差し出す。

「あの…差し入れを、持って来ました!」
「…俺に?」

予想していなかった事に目を丸くする。
空は恥ずかしいのか薄暗闇でも分かるくらい顔を赤くして早口で続ける。

「昨日、頼城先輩から聞いたんです。蓮先輩、今日研究室に籠りっぱなしだって。だから…」
「…そういう意味か」
「え?」

昨日、龍臣が言っていた嬉しい驚きの意味が分かって俺は思わず呻く。
空が不安げな顔をするのでしまった、と否定する。

「ごめん、こっちの話。それをわざわざ持って来てくれたのか」
「い、一応。あ、もしかしてもう御飯食べちゃいましたか?」
「いや…むしろ朝食って以降食べるの忘れてたから、今から何か買いに行こうとしてたとこ」

偶然って起こるものなんだな。
…いや、こいつとは偶然ばかりな気もする。

俺の言葉に空は心配そうに眉を下げる。

「身体に悪いですよ…」
「だな。だから助かる、ありがとう」

それになにより嬉しいと思えた。
空の表情も明るくなる。

「あっちの、イートインスペースに行こう。お礼には足りないけど飲み物くらい奢らせてくれ」
「え、気にしないでくださいね!」

遠慮をする空に相変わらずだなと思いながら俺は出入口のドアを開けた。

イートインスペースにある椅子に座ると空は改めて鞄の中身を差し出してくれる。

「ど…どうぞ!」
「ん、どうも」

その動作が献上でもしてるのかと思うほど恭しく見えてつい苦笑しながら鞄の中身、弁当を受け取る。

俺の動作を空が凝視してるのが分かってなんだか気恥ずかしいなと思いつつ俺は蓋を開けた。

蓋を開けて現れた、おにぎりと彩りや栄養バランスの考えられたおかずにすごいなと感心する。

「じゃ、いただきます」

いつも以上に丁寧に手を合わせてから俺はまず卵焼きを口に運ぶ。
甘い味付けのその美味しさに自然と笑みがこぼれる。

「…美味い」
「ほんとですか?」
「ああ。なんていうか…味付けがちょうど好み」
「よかったー…」

美味しいと同時に何故か懐かしさも感じた。
甘い卵焼きなんて食べる機会はそうなかった気がするけど。

それからたわいのない話をしつつ食事を続け、綺麗に食べ切る。
どれも美味しく、完食は容易だった。

「ごちそうさま。すごい美味かった」
「えっと、お粗末さまでした」

照れたように空は笑い、それを誤魔化すように帰り支度を始める。

「そ、それじゃあ私帰りますね!」
「ちょっと待って」

足早に帰ろうとする空を留めて俺は一度自動販売機に向かう。
少し考えてから温かいココアを買い、空へと渡す。

「これ。お礼はまた今度ちゃんとする」
「や、これでも申し訳ないくらいですよ。私が勝手にやったことですし」

思わずため息を吐く。
それがどれだけの手間かってことくらい誰だって分かるのに。

俺は空をじっと見つめ、そのままの気持ちを言葉にした。
それが一番効果的だと思えたから。

「…嬉しかったんだよ。だからそのくらいはさせてくれ」
「…はい」

空は微かに驚いた顔をして頷いた。
その頬は少し赤く見える。
俺から顔を逸らし、出入口の方へと向かいながら空は話題を変える。

「えっと、今日はまだ頑張るんですか?」
「…ああ。今日中にある程度やっておきたいから」
「あの、あまり無理はしないでくださいね?」
「大丈夫だって」

さっきまでの照れ隠しが一変して心配そうな表情に変わり、思わず苦笑する。

「むしろ空は一人で大丈夫か?外結構暗いけど」

時間的にはそんなに遅くはないが、女子一人で帰ることを考えるとこの暗さは危ないのではないかと思った。
外を見た空は小さく苦笑いする。

「…まぁ、確かに。でも、幽霊が出るとかじゃないし暗いだけなら怖くないです!」
「…幽霊は怖いのか…」
「…あ」

俺の言葉に空も自分のミスに気付く。
なるほど、怖いのか。それは面白いことを聞いた。

「……でもここら辺出るって噂…」
「あるんですか!?」

少しだけからかってそう言いかけると空の顔は一気に恐怖で強張る。
分かりやすいな、と内心面白くなる。

「は、ないけど」
「酷い」
「話を最後まで聞かない空が悪い」
「う…」

何も言えず、少し恨めしそうに空は俺を見る。
嫌われるのは困るからからかうのはほどほどにしとこう。

「何かあったら連絡してくれ。すぐ行くから」

嘘偽りのない言葉を告げれば、空は少しだけ嬉しそうに微笑む。

「…そう言ってもらえるだけで大丈夫ですよ」

それは謙遜でも遠慮でもない本心だと思った。
空はそのまま外に出ようとして一度俺の方へ振り返る。

「あ、だったら家に着いたら連絡しときます」
「ん、確認しとく。じゃあ…気をつけて」
「先輩も無理しないでくださいね」

何気なく、返事の代わりに空の頭をぽんと撫でる。
その一瞬、空の表情が懐かしむようなものになるのを見逃さなかった。
誤魔化すかのようにその表情を笑みに変え、空は外へと出て行った。

「…またか…」

姿が見えなくなって俺はぽつりと呟く。

空は俺と誰を重ねているんだろう。
ずっとそのことを指摘出来ないままでいる。
言ってしまえば、空はそのまま離れていきそうで。

もう少し。もう少しだけ。
空が近くにいてくれたらと思った。





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