「どうしよう…」

薄暗くなってきた空の下、大学内のとある建物の前で私は小さな鞄を抱えて一人迷想していた。
鞄の中にはおにぎりなどが入ったお弁当が入っている。

昨日の頼城先輩から話を聞いて、今日私は蓮先輩に差し入れを持ってきていた。
話を聞いた時点では心配が私の中を大きく占めていたわけで。
それに散々迷惑ばかりかけているから何かお礼が出来たらと思った。

だから直前まで気付かなかったのだろう。

「そもそも渡していいの、これ…」

突然あげて、それこそ迷惑じゃないのかな。
その可能性に気付いたのが出入口前。
そこからしばらくぐるぐる、うろうろとその場を歩き回って悩んでいた。
はたから見れば怪しい人だ。

頼城先輩はあげたら喜ぶって言ってたけども…いまいち自信はない。
優しい人だから邪険にはされないとは思うけど。

それだけじゃない。

私は…これ以上蓮先輩との距離が近くなっていっていいんだろうか。
このままではいつか、蓮先輩を傷つけてしまう気がする。
それだけは絶対に嫌だ。

そう考えると、ここまで来たけど大人しく帰るのが正解かもしれない。
うん、そうしよう。
これは私が帰って食べたらいい。

と、思っていたのに。

「…空?」
「ひゃい!!」

背後から名前を呼ばれ、自分でもびっくりするような声が出た。
振り返れば驚いたような顔をした蓮先輩がそこにいた。

「れ、蓮先輩…」
「何やってんだ?こんな時間にこんな所で」

私には研究室はあまり縁のない場所だからここにいるのは確かに不思議だろう。
蓮先輩を誤魔化せるほどうまい言い訳を私が思いつくはずがなかった。

「えっと、あの…その…」
「…何かあったのか?」
「違います!」

様子がおかしい私に蓮先輩が深刻そうな表情に変わるのでそこは全力で否定する。
もういい、諦めた。
一度深く深呼吸すると、私は持っていた鞄を蓮先輩に差し出した。

「あの…差し入れを、持って来ました!」
「…俺に?」

微かに目を丸くする先輩になんだか恥ずかしくなって矢継ぎ早に話す。

「昨日、頼城先輩から聞いたんです。蓮先輩、今日研究室に籠りっぱなしだって。だから…」
「…そういう意味か」

蓮先輩が目を逸らし、小さく呟く。

「え?」
「ごめん、こっちの話。それをわざわざ持って来てくれたのか」
「い、一応。あ、もしかしてもう御飯食べちゃいましたか?」
「いや…むしろ朝食って以降食べるの忘れてたから、今から何か買いに行こうとしてたとこ」

やっぱり食事忘れてる…

「身体に悪いですよ…」
「だな。だから助かる、ありがとう」

お礼と共に微かに笑ってくれて、私はそれだけで嬉しくなる。

「あっちの、イートインスペースに行こう。お礼には足りないけど飲み物くらい奢らせてくれ」
「え、気にしないでくださいね!」

そう言って先輩は出入口のドアを開けてくれるので、私は返答しながらそっと中へと入った。

「ど…どうぞ!」
「ん、どうも」

椅子に座って改めて鞄の中身を差し出す。
挙動が可笑しかったんだろう、蓮先輩は苦笑しながら受け取る。

お弁当の蓋を開ける先輩の動作を思わず目で追ってしまう。
中身を見た蓮先輩の顔がわずかにほころんだ気がした。

「じゃ、いただきます」

丁寧に手を合わせてから蓮先輩はまず卵焼きを口に運ぶ。
静かに食べていたその表情に微かな笑みが浮かぶ。

「…美味い」
「ほんとですか?」
「ああ。なんていうか…味付けがちょうど好み」
「よかったー…」

私好みの甘めの卵焼きは蓮先輩に合うか心配だったけど、気に入ってもらえて安心した。

そうしてたわいのない話をしながら蓮先輩はお弁当を平らげてくれた。
綺麗に食べ切ってくれて嬉しい。

「ごちそうさま。すごい美味かった」
「えっと、お粗末さまでした」

改めてそう言われるとなんだか照れてしまう。

「そ、それじゃあ私帰りますね!」
「ちょっと待って」

そう言って蓮先輩は近くの自動販売機に向かう。
何かを買って戻ってくると私に差し出した。
温かいココアだ。

「これ。お礼はまた今度ちゃんとする」
「や、これでも申し訳ないくらいですよ。私が勝手にやったことですし」

思ったままに返せば微かにため息を吐かれ、私の顔をじっと見据える。

「…嬉しかったんだよ。だからそのくらいはさせてくれ」
「…はい」

思いがけない真っ直ぐな言葉に頷くしかなかった。
私は蓮先輩の真剣な表情に弱いのかもしれない。

胸の高鳴りを誤魔化すように私は出入口へと向かいながら話題を変える。

「えっと、今日はまだ頑張るんですか?」
「…ああ。今日中にある程度やっておきたいから」
「あの、あまり無理はしないでくださいね?」
「大丈夫だって」

本当かなぁ…と心配していると苦笑を返された。

「むしろ空は一人で大丈夫か?外結構暗いけど」

そう言われ出入口の外を見ると確かに大分暗い。

「…まぁ、確かに。でも、幽霊が出るとかじゃないし暗いだけなら怖くないです!」
「…幽霊は怖いのか…」
「…あ」

ついうっかりバラしてしまった。
前世から全く変わってない部分だ。

「……でもここら辺出るって噂…」
「あるんですか!?」

聞いたことのない噂に一気に恐怖が増し、思わず顔が強張る。

「は、ないけど」
「酷い」
「話を最後まで聞かない空が悪い」
「う…」

ちらりと見た蓮先輩の表情一つ変わってないけど絶対面白がってるなと思った。

「何かあったら連絡してくれ。すぐ行くから」
「…そう言ってもらえるだけで大丈夫ですよ」

本当に大丈夫だと思った。
外に出る前に一度先輩の方を振り返る。

「あ、だったら家に着いたら連絡しときます」
「ん、確認しとく。じゃあ…気をつけて」
「先輩も無理しないでくださいね」

先輩は返事の代わりにぽんと私の頭を撫でた。
一瞬襲われる懐かしさを隠すよう私は笑みを返して、外に出た。

先輩の姿が見えない位置にまで来て足を止めた。

「やっぱりダメだなぁ…」

頭ではどんなに考えても蓮先輩の一挙一動で嬉しくなってしまう自分がいる。

もう少し、もう少しだけ。
あの人のそばにいることを許してください。





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