そして更に数日が経った。
「猫との生活はどうですか?」
「まぁ、それなりに楽しくやってる」
学部が違うからかまともに会うのが久しぶりとなる友人、颯真と構内を歩きながらたわいのない話をしていた。
「ならよかったです…だからですかね?蓮、彼女たちと会ってから雰囲気がより柔らかくなった気がします」
「…彼女たち、ね…」
当然のように複数形にされた意味を察して微かに苦笑する。
颯真に悪意を感じない分厄介だ。
「そういえば、まだ夢は見るんですか?」
「見るよ。けど、どうしたんだいきなり」
問えば颯真は困ったように笑みを浮かべる。
「前に、龍臣と話したことがあって。蓮が誰かを好きにならないのは夢の中のその子に惚れてるからじゃないかって。だから今は見なくなったのかなと思って」
「……颯、それはタオに揶揄われてるんだと思うけど」
そもそもの理屈がおかしい。
つーか、さらっと俺が好きな奴出来たの前提で言われたけどやっぱりバレてるな…
「そうですか?じゃあ、結局蓮はどうして同じ夢を見続けるんですかねぇ…」
「それが分かれば多分見なくなるんだろうな」
「もしかすると…蓮だけど蓮じゃない誰かの記憶を夢に見てるのかもしれないですね」
颯真の言葉にまた突拍子な話だなと思わず半目になる。
「颯、何か変なものにでものめり込んだか?」
颯真はたまにぼんやりとしてるからそういうのにうっかり騙されるみたいなことは充分ありえた。
「違いますよ!前にそんな講義を受けたんです、心理学の延長みたいな感じで」
「へぇ……俺じゃない俺の記憶、つまり前世とかそういうこと?」
「そうなんですかね?」
お前が疑問形でどうする。
「仮にそうだとして何の意味があるんだ?」
「何かを伝えてるとか?例えばその誰かを探して、とか…」
「……尚更だな。顔も碌に分からないのに」
「もし顔が分かっていたとしても…同じようにこの世にいて見つかるか分からない相手を探すのってとても辛くて大変ですよね。それで相手が覚えていなかったらもっと」
颯真の話に俺は目を伏せる。
もし、そうだったらそれはとても残酷な仕打ちだと思えた。
「ま、あくまで仮定の話だ」
「そうですね。とりあえず僕は蓮が寝不足になるとかじゃなければいいと思います」
「それはどーも」
俺の返事に颯真はにこりと微笑む。
その直後にあ、と何かに気付く。
「あそこにいるの龍臣じゃないですか?」
「え?…ほんとだ、タオだ」
颯真の視線の先、渡り廊下に龍臣の姿が見える。
誰かと話してるようだ。
その誰かの姿を確認して微かに瞠目する。
そこに見えたのは空の姿だった。
笑みを浮かべどこか楽しそうに話している。
「………」
何故か無性にイラっとした。
「……ちょっと行ってくる」
「え、蓮!?」
驚く颯真の声も余所に俺は渡り廊下へと向かう。
近づいて見えた後ろ姿はやっぱり空だ。
俺に気付いたらしい龍臣の目が楽しそうに細められる。
「蓮ってそういう反応するんだな」
面白がっているその声を聞きながら、俺は自然と空の手首を掴み、自分の方へと引き寄せていた。
「わっ!?」
空は声をあげながら俺へと寄りかかる形になった。
状況を知ろうと上を見上げて、俺の姿に目を丸くする。
「…蓮先輩?」
「蓮、いきなり危ないですよ」
驚いたような空の視線と後ろをついてきていた颯真の声にふと我に返る。
「!…悪い」
…何やってんだ、俺は。
空の手を離し、体勢を戻してやる。
「いえ!でも、どうしたんですか?」
「あー…ちょっとな」
正直、自分でもどうしたんだという気持ちだ。
そんな俺の反応を見て龍臣と颯真は笑い出す。
二人にとってはさぞ面白い光景だろうな。
「タオ、颯。面白がってんじゃねぇよ」
空が分かっていないだけまだマシかもしれない。鈍いようで助かる。
笑みを堪えきれていない龍臣が俺に近付き肩に手をかけ小声で話す。
「男の嫉妬は醜いぞ、蓮」
分かってて言ってんじゃねぇよ。
何も答えず龍臣を睨むとより一層笑みが深くなった。
こいつ殴りてぇ…
「龍臣、そのくらいにしてあげてください」
「はいはいっと。あ、そうだ。俺、颯真に用あるんだった。ちょっと付き合って」
「いいですよ。じゃあ、蓮。先行きますね」
「…分かった」
いかにも気を遣いましたと言わんばかりのやりとりをして、空に軽く挨拶してから二人は渡り廊下の先を曲がって消えて…ってないな。
まだそこにいる気配がする。
野次馬かよ、と思わずため息を吐く。
「…あいつら…」
「仲良いんですね」
「…お前、よくあのやり取りでそう思うな?」
仲良さそうな要素あったかと呆れれば空は小さく笑う。
龍臣と何を話していたんだろうか。
「タオに何か変なこと言われなかったか?」
「大丈夫ですよ。あ、頼城先輩って結構友達思いな方なんですね」
「はぁ?」
どんな会話をしたらあいつをそんな風に思うんだ?
気になったが問いただす権利はないからこれ以上は聞かないでいた。
すると、空が手に持っていたスマートフォンが震えて光る。
メッセージが来ていたらしい、ちらりと確認した空の目が大きく見開かれる。
途端に辺りをきょろきょろと見渡す彼女を怪訝に見ていたら、彼女の後ろ側の渡り廊下の角でこそこそとこちらを伺う女子二人が目に入る。
…なるほど、この場は離れた方がお互いのためだな。
「あー…悪い、引き止めたみたいだな。じゃ、俺行くから」
「気にしないでください…あの、先輩」
友人二人、特に龍臣に文句を言わなければと二人が向かった方へと歩き出そうとしたら空に呼ばれる。
「どした?」
「えっと、また今度!」
「…ああ。また今度」
名残惜しいと思ってくれていたら嬉しいけど。
そう考えながら俺は微かに笑みを浮かべ、空から離れていった。
渡り廊下を曲がると予想通り二人がまだそこにいた。
「あれ、もういいんですか?」
「…野次馬が多すぎるからな」
「嫉妬して邪魔しに来たくせに酷いねぇ」
「うるさい」
龍臣を睨む俺に颯真がまぁまぁと間に入る。
「ったく、すぐ怒る。そんなんじゃ飯橋に嫌われるぞ」
「嫌われる、か…」
あいつの目が俺に向くことはあるんだろうか…
俺の微妙な反応に二人は何かを察したように顔を見合わせる。
「ま、ファイト。もしかして嬉しい驚きが待ってるかもよ?」
「そうですね、応援してます」
「…いや、面白がってるだけだろ」
反論はしたものの、これが二人なりの応援だということも知ってるから、とりあえず気持ちは受け取っておくことにした。