それから更に数日後。
【ごめん、サークルにちょっと顔出さなきゃいけなくなっちゃった(>_<)
すぐ終わるから少し待ってて!】
そんな友人からのメッセージをスマートフォンで確認しながら私は大学内の渡り廊下を歩く。
承諾と場所を伝える内容をメッセージに打って送信する。
今日は友人と買い物に行く予定だけど少し遅くなっちゃうかな。
「あ、蓮の彼女じゃん」
そう考えてるととんでもない発言が耳に入る。
誰のこと、と周りを見るが人はいない。
え、私のこと?
怪訝に思いながら振り返ればそこには少し背の低めの男性が私の方を見ている。
えーと、この人確か…
「…私のことですか?」
「え、違うの?」
「ち、違いますよ!」
あれ、噂拡大してるのかな!?
「そっかー……いやでも、蓮の方は…」
私の否定に少しだけ残念そうな顔をして何かを呟く。
「蓮先輩が何か?」
「んーん、こっちの話。で、飯橋、だったよな」
「はい、えっと、頼城先輩?」
楽しそうに笑みを浮かべたその人は蓮先輩の友人だったはず。
以前居酒屋に行った時に会って、場を盛り上げてるけど、深く踏み込むつもりがないようにも見えて不思議な人だと思った記憶がある。
「そうそう、頼城龍臣。覚えててくれてどうも」
へらりと先輩は笑う。やっぱり掴み所のない人みたい。
「どうしたんですか?」
「飯橋さ、彼女じゃないにしても最近蓮と仲良いだろ?」
「…まぁ、そうですね」
否定はしないけど素直に肯定もしていいんだろうかと一瞬悩む。
私の反応に先輩はますます面白そうに笑う。
「それで、今度蓮に差し入れ持って行ってやってくれない?」
「差し、入れ…?」
何かあるのだろうか。
理由が分からずに首を傾げると先輩は続きを話してくれる。
「あいつ明日は研究室に籠りっぱなしらしくてさ。そういう時の蓮ってどうも自分のこと疎かにしがちなんだよなー…特に食事」
「あー…」
なんとなく分かる気がする。
蓮先輩はそんな感じに見えなかったんだけどやっぱりその気配はあったのか…
「な?だからもし気が向いたら何か持ってってやって欲しいんだ」
「なるほど…」
「多分蓮も喜ぶよ」
喜ぶ、のかなぁ?
曖昧な反応の私に頼城先輩は蓮先輩の所属する研究室の名前と場所を教えてくれた。
「頼城先輩、友達思いなんですね」
「んー、どうだろ。半分は面白がってるのかも」
そう話す頼城先輩の視線は私の少し上へ。
楽しそうに目が細められる。
「蓮ってそういう反応するんだな」
先輩がそういうとほぼ同時に私の手首が誰かに掴まれ、後ろへそっと引っ張られる。
「わっ!?」
引っ張られるままに、ぽすっ、と誰かに寄りかかってしまった。
なんだかこういうの久しぶりな気もするけど、突然過ぎて状況が分からない。
一体誰が、と上を見上げれば、意外な人物がいて私は目を丸くする。
「…蓮先輩?」
そこには先ほどまでいなかったはずの蓮先輩の姿。
その表情はどこか不機嫌そうだ。
「蓮、いきなり危ないですよ」
「!…悪い」
もう一人の諌める声、そして私の視線に気付いた蓮先輩は微かに焦った顔をして、私の手を離し体勢を戻してくれた。
改めて振り返ればそこには蓮先輩と…この人も以前会った人…確か沖野先輩がいた。
「いえ!でも、どうしたんですか?」
「あー…ちょっとな」
言い淀む先輩を見て頼城先輩と沖野先輩は面白そうに笑う。
「タオ、颯。面白がってんじゃねぇよ」
蓮先輩の言葉に怒気が含まれてるようで、私は首を傾げるばかりだ。
頼城先輩が蓮先輩の肩に手をかけ何か耳打ちをする。
何を言われたのか先輩は一瞬目を見開き、眉を寄せて睨んでいた。
頼城先輩はにやりと目を細めて笑う。
「龍臣、そのくらいにしてあげてください」
「はいはいっと。あ、そうだ。俺、颯真に用あるんだった。ちょっと付き合って」
「いいですよ。じゃあ、蓮。先行きますね」
「…分かった」
それから二人は私にも軽く挨拶してくれるとそのまま渡り廊下の先を曲がっていった。
蓮先輩はため息を吐く。
「…あいつら…」
「仲良いんですね」
「…お前、よくあのやり取りでそう思うな?」
呆れたような物言いに私は小さく笑う。
多分、本当に仲悪かったら蓮先輩は近づけさせないと思う。
「タオに何か変なこと言われなかったか?」
「大丈夫ですよ。あ、頼城先輩って結構友達思いな方なんですね」
「はぁ?」
信じられないみたいな反応された。
心配してるみたいだったけどな。
すると、手に持ったままだったスマートフォンが震える。
画面には新着メッセージ。
読んで思わずぎょっとする。
【終わったんだけど…なんだかお邪魔みたいね(*≧∀≦*)
なんなら今日の買い物も延期しようか?(笑)】
…絶対どこかでこっそり見てる。
きょろきょろと辺りを探すが姿は見えない。
私の様子に蓮先輩は何かを察したようだった。
「あー…悪い、引き止めたみたいだな。じゃ、俺行くから」
「気にしないでください…あの、先輩」
なんだか名残惜しくて思わず引き止めてしまった。
でも、そんなこと言えるわけなくて慌てて言葉を探す。
「どした?」
「えっと、また今度!」
「…ああ。また今度」
微かに笑って蓮先輩は応えて、渡り廊下を歩いて行った。
きっとそのうち現れるだろう友人を待ちながら私は頼城先輩に言われた言葉を思い出す。
差し入れ、かぁ…