「あーーもう!あれから何かといちゃいちゃいちゃいちゃ…羨ましすぎるのよ!ちょっとデートでもしてきなさい!」
早朝、スラム街の外れに位置した教会はどこまでも響き渡りそうなくらいのソフィアの大声だった。
「…あった、ここだここ!」
「ダンテさん?ここ、カフェ…ですか?」
人通りの多い商店街を抜けたダンテとナマエはダンテの案内で少しレトロな裏道を歩いていた。今ではもうやっておらずシャッターのしまった店もいくつか見かけられる中、こぢんまりと店を構えるカフェを指さしたダンテにナマエは首を傾げた。
言っちゃ失礼だが、ダンテが好き好んでくるような場所ではないと思っていたからまさかこんな場所に連れてこられるとは思っていなかった。古ぼけた看板には可愛らしい文字で何やら書いてあるが、ダンテがナマエの手を引いたせいで読むことが出来なかった。
からからと可愛らしい小さな金の音が聞こえてカウンターで皿を拭いていた年配の男性がこちらを振り向いた。どうやらこの店のマスターのようだ。外装と変わらずレトロな店内はどこか落ち着く雰囲気を醸し出している。
「おやおや、珍しい客が来たもんだ。今日は彼女連れかい?」
そのレトロな店内に響く柔らかい声のトーンにほっとするような笑顔を浮かべたマスターは拭いていた皿を置いていそいそとこちらに体を向けた。落ち着いた物腰の男性はナマエを見ると口元の髭に触れながら軽く会釈をして見せた。
「ちげーよ!おっさん気がはえーよ!」
「気が早いということは」
「あーーーもーーー!そういうことを話に来たんじゃねーんだよ!ナマエ、ここ座れ!」
「あ、は、はい」
ナマエと呼ばれて本人だけじゃなく、若干。本当に若干カウンター越しの男性の肩まで少し跳ね上がった。マスターの目の前の椅子に腰かけたナマエは気付いていなかったようだが、その彼女の後ろからカウンターに並ぶ料理を見ていたダンテはすぐに気が付いたようだった。
「…おっさん、ナマエの事知ってんのか?」
どっかりとナマエの隣に腰かけたダンテがいぶかしげに眉間に皺を寄せて問うと、少しばかり不安そうな表情をしていたナマエに一瞬微笑んだ。
「いんや、もう十何年も前の事だから間違っているかもしれないがね。でもそれ以外でナマエなんて名前は、わしは聞いた事が無くてね」
「……え…、そ、それって…」
ナマエの喉がこくんと音を鳴らした音がダンテの耳に届いた。
「君は母親似かな?すっかりべっぴんに育ったね。あの時わしのストロベリーサンデーを食べてくれたのは君だろう?」
「う、うそ…」
マスターの言葉にくりくりした彼女の瞳はさらに大きく見開かれた。隣でどっかり椅子に腰かけたまま同じように目を見開いていたダンテに勢いよく顔を向けたがまさかダンテがこのことを知っているはずもなくふるふる、首を横に振った。
「ご両親は元気かい?二人ともとっても心優しい夫婦だね、今でも忘れないよ」
「…あ…、えっと…わたしの両親は…もう…」
「……おや、そうだったのか、辛いことを思い出させてしまったね…」
たどたどしく言葉を発する彼女の声は僅かに震えていて、その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいるようにも見えた。どうしたものかとマスターとナマエの会話の成り行きを見守っていたが、く、と腕を引っ張られたような感覚を覚えて目を向けると、白くて小さなナマエの手が真っ赤なダンテのコートの裾を掴んでいた。
やはり若干だが震えているその声はそれでもどこか嬉しそうで、服を掴まれている腕とは反対の手で彼女の手を包んでやった。
「………いえ、あの、……よかったら、その。マスターさんが知っているだけのわたしの両親の話全部、聞かせてもらえませんか?」
「……ああ!いいよ。君のご両親はここの常連でね。たくさん話をしたよ。…ああ、そうだ」
何か思い出したように胸の前でぽん、と手を叩いたマスターは二人に少し待つように言ってカウンターの奥に消えて行った。
マスターが行って静かになった店内を穏やかなジャズが包み込む。話に夢中になっていて今まで全く聞こえなかったが、心地の良い曲調にナマエのざわついていた心が落ち着いていくような気がした。
「……ダンテさん、ありがとう」
「ん?」
「ここにわたしを連れて来てくれて。わたしの両親が常連だったこのお店に、ダンテさんも常連だったなんて何だかすごいですね」
「…そうだな」
力なく笑ってそう口にしたナマエはダンテに包まれた自分の手を見つめながら照れくさそうにはにかんだ。
触れ合うそこが暖かい。自分の手で遊ぶダンテにならって指先を絡ませてやる。ごつごつした男らしい大きなダンテの手の温もりが少しだけ心地良かった。
「…あのさ、ナマエ」
柔らかいジャズに包まれたこの空間はとても優しい。照れくさそうに後頭部をガシガシと掻いたダンテにナマエが微笑んだまま首を傾げた。華奢な彼女の肩から滑り落ちるハニーブラウンの髪がきらきらと光って見える。
このままではいつまで経っても前へ進まない。意を決したダンテは大きく息を吸い込むと、少し強めにナマエの手を握った。
「ダンテさん?」
「…そのダンテ"さん"じゃなくて、呼び捨てで呼んでくれねーかな」
照れくさそうに上目使いになったダンテにナマエが目を見開いていると、それとほぼ同時くらいでカウンターの奥に入って行ったオーナーがひょっこり顔を出した。
「…おやおや。タイミングを間違えたかな?」
「ば…!!じゃあ余計な事言わずに戻れよ!」
慌ててナマエから手を離したダンテを見てしてやったり、と言わんばかりににやにやといやらしい笑みを浮かべるオーナーはきらきらと光を反射するシルバーのトレイの上に乗せた大きなストロベリーサンデーをふたりの前にそっと置いた。
鼻孔を擽る甘酸っぱい香りはどこか懐かしい。顔を上げたナマエの瞳に映ったオーナーは、すごく穏やかな微笑みを浮かべていて急に胸が締め付けられた。そうだ、この景色は以前に何度も見たことがある。
「…ダンテ、わたし」
「…ん?」
「こんなに幸せでいいんでしょうか…」
きゅ、と服を掴むナマエの手の力が強い。俯いてしまって分からないが、微かに彼女の鼻をすするような音が聞こえてダンテは瞳を閉じた。甘酸っぱいストロベリーサンデーの香りに包まれたこの空間が、どうしようもなく幸せに感じた。
* * *
「なぁ、ナマエ」
「はい?」
にやにやとあの時のオーナーに負けず劣らずの悪戯っ子のような笑みを浮かべたダンテが少し目元が赤くなったナマエの顔を覗き込んだ。
あれからオーナーからの特大ストロベリーサンデーをぺろりと平らげた二人は街で食材の買い出しを済ませて帰路についていた。
「もう一回呼んでくれよ、俺の事」
「ええ?急にどうしたんですか」
「いいから、ほら。」
ナマエの方へ上半身を傾けるダンテの銀の髪と、ダンテが抱えている紙袋の中の果物が揺れる。
逞しくて広いその肩幅を押し返すようにしてダンテを退けたナマエの顔はりんごのように真っ赤で。ダンテは思わず吹き出した。
「なんだよ、さっきはすんなり名前呼べただろ?」
「う、うるさいです。こういうのは改まるとなかなか呼べないんです!…もう!そんなに待たれたら余計に呼び辛いです!」
くるりと回転しながらナマエの目の前に来て、後ろ向きに歩きながら彼女の顔を覗き込むダンテは始終楽しそうだ。何度も払いのけようとするナマエの手をするりするりと避けていく。
繁華街を抜けて、脇道に入り込む。そこから広がるスラム街はとても静かで殺風景だが。どこか空気がざわついているように感じたダンテは未だに顔が真っ赤のナマエを守るように背中を向けるとコートの中に念のためとしまい込んでいたショットガンに手を伸ばした。
「…ダンテ?」
「ナマエ、あんまり俺から離れるなよ」
「…あ、は、はい」
ダンテの異変に気付いたナマエが不安そうに声を上げると、首だけを捻って軽くウインクしたダンテに彼女も答えるように強く頷いて微笑んだ。
真っ赤なコートが揺れてそこからショットガンがちらついたのと同時に周りを囲むように悪魔が現れ始めた。
「ダ、ダンテ…」
「大丈夫だ。すぐに終わる」
実際に悪魔を見ることなんか滅多になかったナマエから震えた声が上がって、彼女の壁になるように立っていたダンテは今度は振り向かず優しい声色でそう言うとショットガンのトリガーを引いた。
けたたましい銃声が乾いたスラム街を包み込む。それを合図とでも言わんばかりに次々とこちらに向かってくる悪魔はすぐにダンテがショットガンで打ち抜いた。そのたび飛び散る悪魔の血のような真っ黒な何かがナマエの視線を奪う。
「ナマエ、あそこに隠れられるか?」
「大丈夫です、ダンテ、気を付けて…!」
大方後方の敵をショットガンで打ち抜いたダンテの言う通り後ろにある建物の影に隠れるためにナマエが駆け出す。その間もダンテに襲い掛かる悪魔を蹴散らすその背中にナマエはそう言い残した。
建物の隙間に滑り込んだナマエが息を整えるべく腰をかがめて大きく息を吸い込んだ時だった。何か軽いものが砂利を踏む音がしてそちらに顔を向けると、にたりと笑みを浮かべた悪魔と目があった気がした。
実際悪魔には目がないのだから気のせいなのかもしれないが、あれは確かに自分を見ている。背筋が一気に凍っていくのを感じたがそれ以上に身動き一つ取れずにナマエはずしゃりとその場に崩れ落ちた。そうこうしている間に悪魔は片手に持った大きな鎌を振り上げている。
「いや……いや……ダンテ、…!」
すぐさま銃声がナマエの耳に大きく響く。あっという間に急所を銃弾で撃ち抜かれた悪魔は数メートル吹っ飛ぶとさらさらと砂のようになって消えていった。力の入らない腰をそのままに振り返ったナマエの後ろで眉間に深く皺の酔ったダンテが銃を構えたまま激しく呼吸をしている。
滅多に見ないダンテの険しい表情に言葉を失ったナマエはじわりと痛みを感じる膝を擦りながら短く息を吐き出した。
鳴り響くのは、
(今までに感じたことのないくらいの不安を煽る心臓の音)
早朝、スラム街の外れに位置した教会はどこまでも響き渡りそうなくらいのソフィアの大声だった。
「…あった、ここだここ!」
「ダンテさん?ここ、カフェ…ですか?」
人通りの多い商店街を抜けたダンテとナマエはダンテの案内で少しレトロな裏道を歩いていた。今ではもうやっておらずシャッターのしまった店もいくつか見かけられる中、こぢんまりと店を構えるカフェを指さしたダンテにナマエは首を傾げた。
言っちゃ失礼だが、ダンテが好き好んでくるような場所ではないと思っていたからまさかこんな場所に連れてこられるとは思っていなかった。古ぼけた看板には可愛らしい文字で何やら書いてあるが、ダンテがナマエの手を引いたせいで読むことが出来なかった。
からからと可愛らしい小さな金の音が聞こえてカウンターで皿を拭いていた年配の男性がこちらを振り向いた。どうやらこの店のマスターのようだ。外装と変わらずレトロな店内はどこか落ち着く雰囲気を醸し出している。
「おやおや、珍しい客が来たもんだ。今日は彼女連れかい?」
そのレトロな店内に響く柔らかい声のトーンにほっとするような笑顔を浮かべたマスターは拭いていた皿を置いていそいそとこちらに体を向けた。落ち着いた物腰の男性はナマエを見ると口元の髭に触れながら軽く会釈をして見せた。
「ちげーよ!おっさん気がはえーよ!」
「気が早いということは」
「あーーーもーーー!そういうことを話に来たんじゃねーんだよ!ナマエ、ここ座れ!」
「あ、は、はい」
ナマエと呼ばれて本人だけじゃなく、若干。本当に若干カウンター越しの男性の肩まで少し跳ね上がった。マスターの目の前の椅子に腰かけたナマエは気付いていなかったようだが、その彼女の後ろからカウンターに並ぶ料理を見ていたダンテはすぐに気が付いたようだった。
「…おっさん、ナマエの事知ってんのか?」
どっかりとナマエの隣に腰かけたダンテがいぶかしげに眉間に皺を寄せて問うと、少しばかり不安そうな表情をしていたナマエに一瞬微笑んだ。
「いんや、もう十何年も前の事だから間違っているかもしれないがね。でもそれ以外でナマエなんて名前は、わしは聞いた事が無くてね」
「……え…、そ、それって…」
ナマエの喉がこくんと音を鳴らした音がダンテの耳に届いた。
「君は母親似かな?すっかりべっぴんに育ったね。あの時わしのストロベリーサンデーを食べてくれたのは君だろう?」
「う、うそ…」
マスターの言葉にくりくりした彼女の瞳はさらに大きく見開かれた。隣でどっかり椅子に腰かけたまま同じように目を見開いていたダンテに勢いよく顔を向けたがまさかダンテがこのことを知っているはずもなくふるふる、首を横に振った。
「ご両親は元気かい?二人ともとっても心優しい夫婦だね、今でも忘れないよ」
「…あ…、えっと…わたしの両親は…もう…」
「……おや、そうだったのか、辛いことを思い出させてしまったね…」
たどたどしく言葉を発する彼女の声は僅かに震えていて、その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいるようにも見えた。どうしたものかとマスターとナマエの会話の成り行きを見守っていたが、く、と腕を引っ張られたような感覚を覚えて目を向けると、白くて小さなナマエの手が真っ赤なダンテのコートの裾を掴んでいた。
やはり若干だが震えているその声はそれでもどこか嬉しそうで、服を掴まれている腕とは反対の手で彼女の手を包んでやった。
「………いえ、あの、……よかったら、その。マスターさんが知っているだけのわたしの両親の話全部、聞かせてもらえませんか?」
「……ああ!いいよ。君のご両親はここの常連でね。たくさん話をしたよ。…ああ、そうだ」
何か思い出したように胸の前でぽん、と手を叩いたマスターは二人に少し待つように言ってカウンターの奥に消えて行った。
マスターが行って静かになった店内を穏やかなジャズが包み込む。話に夢中になっていて今まで全く聞こえなかったが、心地の良い曲調にナマエのざわついていた心が落ち着いていくような気がした。
「……ダンテさん、ありがとう」
「ん?」
「ここにわたしを連れて来てくれて。わたしの両親が常連だったこのお店に、ダンテさんも常連だったなんて何だかすごいですね」
「…そうだな」
力なく笑ってそう口にしたナマエはダンテに包まれた自分の手を見つめながら照れくさそうにはにかんだ。
触れ合うそこが暖かい。自分の手で遊ぶダンテにならって指先を絡ませてやる。ごつごつした男らしい大きなダンテの手の温もりが少しだけ心地良かった。
「…あのさ、ナマエ」
柔らかいジャズに包まれたこの空間はとても優しい。照れくさそうに後頭部をガシガシと掻いたダンテにナマエが微笑んだまま首を傾げた。華奢な彼女の肩から滑り落ちるハニーブラウンの髪がきらきらと光って見える。
このままではいつまで経っても前へ進まない。意を決したダンテは大きく息を吸い込むと、少し強めにナマエの手を握った。
「ダンテさん?」
「…そのダンテ"さん"じゃなくて、呼び捨てで呼んでくれねーかな」
照れくさそうに上目使いになったダンテにナマエが目を見開いていると、それとほぼ同時くらいでカウンターの奥に入って行ったオーナーがひょっこり顔を出した。
「…おやおや。タイミングを間違えたかな?」
「ば…!!じゃあ余計な事言わずに戻れよ!」
慌ててナマエから手を離したダンテを見てしてやったり、と言わんばかりににやにやといやらしい笑みを浮かべるオーナーはきらきらと光を反射するシルバーのトレイの上に乗せた大きなストロベリーサンデーをふたりの前にそっと置いた。
鼻孔を擽る甘酸っぱい香りはどこか懐かしい。顔を上げたナマエの瞳に映ったオーナーは、すごく穏やかな微笑みを浮かべていて急に胸が締め付けられた。そうだ、この景色は以前に何度も見たことがある。
「…ダンテ、わたし」
「…ん?」
「こんなに幸せでいいんでしょうか…」
きゅ、と服を掴むナマエの手の力が強い。俯いてしまって分からないが、微かに彼女の鼻をすするような音が聞こえてダンテは瞳を閉じた。甘酸っぱいストロベリーサンデーの香りに包まれたこの空間が、どうしようもなく幸せに感じた。
* * *
「なぁ、ナマエ」
「はい?」
にやにやとあの時のオーナーに負けず劣らずの悪戯っ子のような笑みを浮かべたダンテが少し目元が赤くなったナマエの顔を覗き込んだ。
あれからオーナーからの特大ストロベリーサンデーをぺろりと平らげた二人は街で食材の買い出しを済ませて帰路についていた。
「もう一回呼んでくれよ、俺の事」
「ええ?急にどうしたんですか」
「いいから、ほら。」
ナマエの方へ上半身を傾けるダンテの銀の髪と、ダンテが抱えている紙袋の中の果物が揺れる。
逞しくて広いその肩幅を押し返すようにしてダンテを退けたナマエの顔はりんごのように真っ赤で。ダンテは思わず吹き出した。
「なんだよ、さっきはすんなり名前呼べただろ?」
「う、うるさいです。こういうのは改まるとなかなか呼べないんです!…もう!そんなに待たれたら余計に呼び辛いです!」
くるりと回転しながらナマエの目の前に来て、後ろ向きに歩きながら彼女の顔を覗き込むダンテは始終楽しそうだ。何度も払いのけようとするナマエの手をするりするりと避けていく。
繁華街を抜けて、脇道に入り込む。そこから広がるスラム街はとても静かで殺風景だが。どこか空気がざわついているように感じたダンテは未だに顔が真っ赤のナマエを守るように背中を向けるとコートの中に念のためとしまい込んでいたショットガンに手を伸ばした。
「…ダンテ?」
「ナマエ、あんまり俺から離れるなよ」
「…あ、は、はい」
ダンテの異変に気付いたナマエが不安そうに声を上げると、首だけを捻って軽くウインクしたダンテに彼女も答えるように強く頷いて微笑んだ。
真っ赤なコートが揺れてそこからショットガンがちらついたのと同時に周りを囲むように悪魔が現れ始めた。
「ダ、ダンテ…」
「大丈夫だ。すぐに終わる」
実際に悪魔を見ることなんか滅多になかったナマエから震えた声が上がって、彼女の壁になるように立っていたダンテは今度は振り向かず優しい声色でそう言うとショットガンのトリガーを引いた。
けたたましい銃声が乾いたスラム街を包み込む。それを合図とでも言わんばかりに次々とこちらに向かってくる悪魔はすぐにダンテがショットガンで打ち抜いた。そのたび飛び散る悪魔の血のような真っ黒な何かがナマエの視線を奪う。
「ナマエ、あそこに隠れられるか?」
「大丈夫です、ダンテ、気を付けて…!」
大方後方の敵をショットガンで打ち抜いたダンテの言う通り後ろにある建物の影に隠れるためにナマエが駆け出す。その間もダンテに襲い掛かる悪魔を蹴散らすその背中にナマエはそう言い残した。
建物の隙間に滑り込んだナマエが息を整えるべく腰をかがめて大きく息を吸い込んだ時だった。何か軽いものが砂利を踏む音がしてそちらに顔を向けると、にたりと笑みを浮かべた悪魔と目があった気がした。
実際悪魔には目がないのだから気のせいなのかもしれないが、あれは確かに自分を見ている。背筋が一気に凍っていくのを感じたがそれ以上に身動き一つ取れずにナマエはずしゃりとその場に崩れ落ちた。そうこうしている間に悪魔は片手に持った大きな鎌を振り上げている。
「いや……いや……ダンテ、…!」
すぐさま銃声がナマエの耳に大きく響く。あっという間に急所を銃弾で撃ち抜かれた悪魔は数メートル吹っ飛ぶとさらさらと砂のようになって消えていった。力の入らない腰をそのままに振り返ったナマエの後ろで眉間に深く皺の酔ったダンテが銃を構えたまま激しく呼吸をしている。
滅多に見ないダンテの険しい表情に言葉を失ったナマエはじわりと痛みを感じる膝を擦りながら短く息を吐き出した。
鳴り響くのは、
(今までに感じたことのないくらいの不安を煽る心臓の音)