クランベリー・ラブ | ナノ



「ハァ!?なんで今すぐなんだよ!」



朝一番であたりに響き渡ったダンテの声で教会がわずかに震えたような気がした。



「…ダンテー?」
「ダンテさんは今お話し中だから、ちょっと静かにしてようね」



キッチンから少し離れた場所にあるリビングの隅に置かれた黒電話に張り付くような勢いで今も声を上げているダンテの背中を心配そうに見つめていたノアに優しく微笑みかけながら頭を撫でたナマエはできたてのスープと焼き立てのパンを乗せた皿をそれぞれ机に乗せると、ノアと同じように少しだけ表情を曇らせた後残りの朝食を取りに再びダンテに背中を向けた。



『あら、珍しいわね。いつもなら飛びついてくるのに』



受話器からはまるで心外だと言いたそうなレディの声色にダンテは舌打ちするとちらりとキッチンでスープを注いでいるナマエを見つめた。ダンテの視線に気付いたのか、こちらに顔を向けたナマエが手を止めて少しだけ困ったように微笑んだ。


「大丈夫ですよ」と大きく口を動かしてダンテに伝わる様にジェスチャーするナマエに、苦笑いを送ったダンテは彼女と子供たちに背中を向けて受話器を強く握りしめた。



「…場所は」
『場所は追って説明するわ。とりあえず今あなたの事務所の前に居るんだけど。入れてくれない?』
「…今から行く」



何で鍵なんかかかってるの?と続けるレディを無視して受話器を置いたダンテが深々とため息を吐き出しながら振り返ると、自分に向けられていた心配そうな全員の目に思わず身体が固まった。



「ダンテ、かえるの?」



真っ先に口を開いたノアに続いて、次々に弱々しい声で発せられるダンテへの心配の言葉に、一度は固まってしまったダンテだったが、ゆるゆると微笑むと全員が座っている席まで歩み寄った。



「いや、ちょっと行ってくるだけだ」
「すぐ帰ってくる?」
「なるべくな」



二言三言ノアと言葉を交わした後、キッチンからスープを持って出てきたナマエが心配そうに眉を寄せてダンテの傍まで小走りでやってきた。




「朝ご飯は一緒に食べれるんですか?」
「いや、もう待たせてるからいかねーと。…せっかくナマエが作ってくれたのにもったいねーな。なんか手で持てるもんないか?」
「あ、えっと!…ちょ、ちょっと、待ってくださいね!」



ぱっと視線を逸らしたナマエが忙しなくキッチンに引っ込んでいく。珍しくがちゃがちゃと騒がしい音が教会中に響いてダンテの頬の筋肉がゆるんだ。


しばらくしてキッチンからよたよたと姿を現したナマエの両手にはバスケットが抱えられていた。



「ナマエ、それはさすがにでかくないか…」
「あっ!…で、でも!あの、お仕事ご一緒される方がいらっしゃるんでしょう?よかったらその…!いや、でもあのいらなかったらいる分だけ取ってもらったら…!」
「お、おいおいナマエ、落ち着け」
「………す、…すみません…」



ばたばたと突然動き回ったせいかナマエの頬はほのかに血色がよくなっていた。がっくりとうなだれる彼女の首から流れるようにするすると落ちていくハニーブラウンの髪に触れたダンテは彼女の両手の中でゆらゆらと揺れているバスケットを受け取るとナマエと視線を合わせるように屈んだ。



「全部もらってく。ただし、これ全部俺の分な」
「………ふふっ、いっぱい入ってるんですよ?」
「よく動くからな、すぐ腹減るんだよ」
「なら、構いません。…あ、ダンテさん」



顔を上げたナマエが、不意にダンテの肩についていた誇りを手で軽く払いのけた。静かな空間はまるで自分とナマエだけになったような錯覚を起こした。が、ひとり朝食を頬張っていた遠慮なく口を開いたソフィアがそれを拒んだ。



「もう、他でやってよ!恥ずかしいってば」
「え!?」



はっとしたように周りを見渡すナマエは「違う!」と弁解しているが、ソフィアは聞く耳持たずと言わんばかりににやにやとした笑みを浮かべながら食べ終わった食器をキッチンに戻しに向かってしまった。


その穏やかで微笑ましい光景に、ダンテが目を細めながら見つめていると足に軽い衝撃を感じた。視線を落とすとそこにはノアが未だに寂しそうに眉を寄せてこちらを見上げていた。



「ダンテ、帰ってきてね。ぜったいだからね」
「………ああ、もちろんだ。俺がいない間ナマエの事守ってやってくれよ」



膝丈ほどしかないノアと視線を合わせるためにしゃがみ込んだダンテはそっとノアだけに聞こえるように囁くと、それを聞いたノアはきらきらとした無邪気な顔で目の前のダンテに強く頷いた。


子供独特のさらさらな髪に触れて少し乱暴にノアの頭を撫でる。幸せそうに目を細めるノアが可愛らしい。未だにソフィアと何やら騒いでいるナマエやそれを見ながら笑っている子供たちが微笑ましい。


早朝のさわやかな空気と混ざり合うナマエの作った朝食の暖かな香りがどうにもダンテの足を引き留めるが、振り払うように少し大きな声でダンテは息を吐き出しながら「よし」と呟いた。



「そろそろ行くぜ」
「…あ、はい。怪我しないでくださいね。帰るときできたら連絡をください。みんな待っていますから。…あと、えと、それから…」
「……ナマエ」



わたわたと両手を動かしながら早口で捲し立てるナマエにダンテは苦笑いを浮かべて静止した。それに従って口を閉じて大人しくなったナマエの顔は驚くほど真っ赤で。



「………あー、やっぱすげー可愛いわ」
「へ?」
「いや、こっちのこと。…じゃ、帰る頃には何とか連絡する」
「はい。……お気をつけて」



言って少しさみしそうな表情を浮かべるナマエに見えるように彼女から渡されたバスケットを軽く少し持ち上げると、少しだけ首を傾げて微笑んだ。それに続けて後ろで子供たちの元気な「いってらっしゃい」が教会中を包み込んだ。


背中を向けて、彼らに見えるように片手を振るとリビングを抜けて教会の外へ出る。庭の隅に広がるナマエのお気に入りの花壇や、その隣で広がる小さな農園を見渡すとバスケットをひっかけた左腕を持ち上げる。


おいしそうな香りと一緒に、柔らかなナマエの香りを感じるような気がして、ダンテは軽く腕にかかったバスケットに軽く口付た。





(ダンテ、はやくかえってくるといいな)
(そうだね、それまでみんなで待ってようね)


お題提供 : 羊狩り




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