クランベリー・ラブ | ナノ



ふわふわとやわらかい風に揺られてなびく真っ白なシーツと、その先で楽しそうに駆け回る子供たちを見ながら、丁度庭を一望出来るようなベンチに腰掛けたダンテの隣でナマエは気持ちよさそうに目を細めた。


あれから教会内の掃除に洗濯花壇の水やりにその間子供たちの相手と目まぐるしく過ぎて行った。だらしなく椅子に座るダンテにナマエはくすくすと笑みをこぼした。



「ありがとうございますダンテ。おかげで午前中に大体の仕事を片付けられました」



お疲れ様。そう言ってナマエは持ってきた水筒からティーカップに紅茶を注ぐとそこからは程よい甘さの香りが広がった。



「これは?」



差し出されたティーカップを首をかしげて受け取るダンテにナマエは優しく微笑んでみせた。



「ストロベリーティーです。昨日のケーキの残りのいちごをちょっと工夫して使ってみました」
「へえ」



甘酸っぱいストロベリーの香りにダンテが目を細めたのを見逃さなかったナマエは嬉しそうに微笑むと、自分もダンテの隣に腰を下ろして自分のティーカップに口をつけた。


楽しそうにきゃっきゃとはしゃぎまわる子供たちは何人かこちらに気付いたらしく元気に両手を振っている姿が見える。



「ダンテさん、苺好きですよね。苺というか、苺のスイーツ?」
「ぅ、ぶ!!」
「ふふっ、図星ですね」



口に含んだストロベリーティーを少量噴出したダンテは深くベンチに腰かけていた体を慌てて起こして俯くとどこか違う所に入ってしまったらしいストロベリーティーを逃がすようにむせ返った。


隣に座るナマエが嬉しそうに笑いながら広いダンテの背中をさすった。



「わたしもね、大好きなんです。苺のスイーツ」
「…っ、おい、」



すっかりナマエの中で苺が自分が苺のスイーツ好きになってしまっていることを否定しようと右手の甲で口元をぬぐいながら体制を戻したが、隣で自分の背中をさするナマエの姿がどこか儚げでダンテは喉まで出かかっていた言葉を飲み込んだ。



「ストロベリーサンデー」
「…え?」
「ずーっと昔、物心ついたぐらいの頃に一度お母さんと食べたんですけど、すごくおいしくて」



太陽の光に照らされてきらきらと輝くナマエのハニーブラウンの髪と、彼女の白い肌がまるでこの場から今すぐにでも消えてなくなってしまいそうだとダンテは感じた。


白いドレスの様なナマエのワンピースの裾を気付かれないように指先で摘まんだダンテは頷くことも忘れて彼女の次の言葉を待った。



「それから苺のスイーツだけは、苺だけは。わたしの大好物です。……自分で栽培しちゃうくらい」



おどけて言う彼女は視線を飽きもせず庭中を駆け回る子供たちに向けられる。くりくりとした大きな瞳が細められてとても愛おしい物を見るかのような暖かい眼差しで。それ以降口を開こうとしない彼女に現在の母親の行方を聞くのは酷だろうと感じたダンテはナマエの入れてくれたストロベリーティーを一口口に含むと頭上に広がる穏やかな青空を仰ぎ見た。



「…今まで食べた中で最高の苺だと思うぜ、俺は」
「わ、嬉しい。ありがとうダンテさん」



空を見上げていたダンテは自分に向き直るでもなく子供たちの方を見たまま微笑んでそう言う彼女を盗み見ると静かに微笑んだ。彼女の服を掴む指先から感じる心地良い感覚は一体何なのか。すべらかな服の生地のせいなのだろうか。



「…わたし、7歳くらいの頃からここで育ったんです。…だから、お返しをしたくて」
「…成程な」



静かにストロベリーティーをすすったナマエの穏やかな声色にダンテはそっと瞳を閉じた。なんとなくわかっていた。遠くで聞こえる子供たちの笑い声がさらに遠くに聞こえる。



「わたしが小さかったころに助けてくれたシスターのように、わたしも孤児になってしまったあの子たちやこれから出会う子供たちに手を差し伸べられたらいいなって思います」
「…ああ。ナマエならできるさ」



何ならいつでも駆けつけるぜ。そう続けたダンテはストロベリーティーを口に含むと、組んだ足の上に空になったティーカップを持った手を乗せるておもむろに口を開いた。



「…俺も少し前から今の仕事を始めてるけど、親父の事もあるのかもな」
「ダンテさんのお父様?」
「もういねーけどな」
「…あ、」



驚いて目を見開いたナマエは勢いよくダンテを振り向くと、気にしてないとダンテは片手を上げた。



「2年くらい前までは兄貴がいたんだけどな。気付いたらいなくなってた」
「そんな…」



大きく開いた胸元に一瞬視線を寄せたダンテがそこに何かがあるかのような寂しそうな瞳で見つめるものだから、ナマエの胸は強く締め付けられたような気分になった。



「…ダンテさんのお仕事って…」
「頼まれればなんでもするぜ。俺の気分次第だけどな。…悪魔退治もしてる」
「そんな危険なお仕事を…」



その時ふと、ナマエの脳裏に昨日教会の前で倒れていたダンテの姿が浮かんだ。何日か睡眠はおろか飲食すらままならなかったと平然と言ってのける姿がどうにも気になってナマエはひそかに眉間に皺を寄せた。


少しでも会話を弾ませたくてダンテの仕事の話をしたはずが、自分の気持ちが沈んでしまった。



「そんな危険なお仕事…おひとりで?」
「ああ。まあ、問題ない。俺強いし」
「…もう、そんな何の根拠もない」
「はは、ほんとだって。俺は強いぜ」



ストロベリーティーの入った小さなティーカップを包むように持つナマエのすらっとした細長い指に少しだけ力が籠る。ダンテが戦っている姿を一度も見たことがないナマエは不信そうな表情で少しだけ自信ありげな彼を睨むが、気付いていないのか満足げな表情で残りの紅茶をダンテはすすった。



「…俺の事務所、ここからすぐ近くにあるんだけどさ、不思議だよ。あそことこことじゃすげえ雰囲気が違うよ」
「…へ?」
「すごく落ち着く」



なんでだろうな。そう言って心配そうに表情を歪めるナマエにゆっくりと微笑んだ。彼女の服を掴んでいた指先の力を緩めると、滑るようにそれは一度ナマエの白い足に触れてふわりふわりと揺れる。



「……じゃあ、あの…今だけでも、ここがダンテさんのお家です」



みんなも居ますし、と力なく微笑んだナマエが可愛らしいと心の底からダンテは思った。にこにことこちらの反応を待っている彼女に一つ縦に首を振ると、彼女はさらに嬉しそうに微笑んでごく自然な流れでダンテの手を掴んだ。




「………、え?」



一瞬時が止まったようにダンテが固まる。思わずナマエに握りしめられた左手を凝視するダンテに不思議そうに首を傾げていたナマエもダンテの視線の先を目で追い、繋がれたお互いの手に一気に体中の体温が上昇した。



「あ!ご、ごめんなさい…!」



慌てて手をひっこめるナマエに、彼女と同じく若干顔を赤らめたダンテも後ろ頭をがしがしと書きながら「いや…」とだけ返事を返すと話を切り返すために右手に持っていたティーカップを彼女の前でゆるゆると何度か振って見せた。



「ストロベリーティーありがとな。うまかったぜ」
「………はい」



一瞬わたわたと目を泳がせていたナマエだったが、次第に落ち着いてきたのかまだ少し血色の良い桃色の頬のままナマエはにっこりと微笑んだ。


ひとしきり遊んで疲れたらしい子供たちに顔の赤いお互いのことを茶化されたのはそれから少し後の事だった。





(あーー、ナマエたち苺食べたんだろ!匂いがする!)
(はいはい、お前らのはキッチンだから手洗って席ついて来いー)



prev next