クランベリー・ラブ | ナノ




「………?」



目の前に広がった見覚えのない真っ白な天井に辺りを確認しようとして上半身を起こすと、額に乗せられていたらしい真っ白なタオルがずり落ちて膝の上に落ちた。


「…?どこだ、ここ…」


見たことない布団に、見たことない室内。カーテンの隙間からは月明かりが僅かに見える。窓の近くに置かれた棚には可愛らしい絵本がいくつか並べられていた。その隣には丁寧にハンガーに掛けられた自分の真っ赤な上着も。



「なんだこのシャツ」



感じたことのない、けれどどこか安心する香りに包まれた空間で、ダンテはばたりとそのまま後ろに倒れた。見覚えのない白いTシャツは少し窮屈な気がする。ダンテの重さで沈んだ布団が心地良い香りを放ち、柔らかく彼を包み込んだ。


暫くして遠慮がちに開かれた部屋のドアが木の軋む音を立てる。起き上がるのが面倒臭くて頭だけを持ち上げると視界の下の方に金の何かがちらついた。



「……あ!お兄ちゃん起きてる!………ナマエー!!」



元気な声が部屋中に響き渡る。子供だろうか、こちらではなく部屋の外に向かって叫ぶとナマエと呼ばれた人物が遠くの方で返事をする声が聞こえた。


返事をしたのを確認した子供は部屋から去る様子もなく、少し間を開けた後すぐこちらに向かって走ってきた。



「お兄ちゃん大丈夫?寒くない?」
「ああ…」



顔の前まで来た子供はひょこりと顔を覗かせてそう尋ねる。ダンテが頷いたのを見てにっこりと満面の笑みを浮かべると部屋を見渡して何かを探してその場を離れた。


子供に釣られて上半身を起こすと、椅子を探していたようで部屋の端に置いてあった椅子をぐいぐい引っ張って移動させている。



「おいおい、危ないぞ坊や…」
「あっ、こら、ノア!」



どうにも見ていられなくなって声をかけると、可愛らしい声がダンテの声を遮った。


その声に反応したノアと呼ばれた子供が嬉しそうに顔を上げて部屋の入り口にいつの間にか居た女性の足に抱き付いた。



「もう、ノア。怪我したらどうするの。…ごめんなさい、調子はどうですか?」
「…、いや、調子はいい。ここはどこなんだ?」
「ここはスラム街の外れにある教会です。…あなたは教会の前で倒れてたんです」



暖かそうな食事が乗ったお盆を両手に抱えてにこりと微笑んだ女性は、本棚の傍にあった机にそれを置くと先ほどノアが運ぼうとしていた椅子をダンテがいるベッドの傍へと移動させた。


傍で見ていたノアを部屋へ先に帰るように促した彼女はダンテの様子を伺うように少し腰を曲げて彼の顔を覗き込んだ。



「ごはん持ってきたんですけど…食べれそうですか?」
「あ?…ああ、」
「それはよかった。膝の上に置いても?」
「構わないぜ」



申し訳なさそうに眉を寄せた彼女にダンテも応えるように微笑むと、椅子から離れた彼女は机の上に置いたお盆を取りにダンテに背を向けた。


胸までのさらさらとしたハニーブラウンの髪が部屋を照らすカンテラの光によってきらきらと輝いて見えた。





* * *




「…あんた、名前は?」
「ナマエと言います。あなたは?」
「ダンテだ」
「ダンテさん」



暖かいスープをすすりながら、先ほどからずっと気になっていたことを口にするとナマエと名乗った女性は穏やかな笑顔を崩さずに答えた。


ソプラノの彼女の声が自分の名前を復唱したことにどこか心地良さを感じて、ダンテはいつの間にか微笑んでいた。



「ダンテさんは一体なんでこんなところで倒れていたんですか?」
「んー、あー……、仕事で何日か食ってねーし、寝てねーからかな…」
「そんなハードなお仕事してたんですね…」



大きな瞳を目いっぱいに開いて驚くナマエに、どう答えていいのかわからずダンテは手元のスープを一気に飲み干した。


ダンテの手元の料理がなくなったのに気付いたナマエは、お盆ごとダンテから受け取ると立ち上がって机の上にお盆を置いた。



「おかわり、よろしいです?」
「ああ、腹膨れた」
「ふふ、よかった」



ふわりと微笑んだ彼女は机の上に一度置いたお盆を持ち上げるとドアノブに手をかけた。



「あ、おい」
「はい?…あ、そうだ。今日はゆっくりしていってくださいね。念のためです。お仕事お忙しいですか?」
「い、いや…」



どうせ戻っても仕事の依頼の電話なんてすぐにはかかってこないだろう。そう自己解決してヘッドボードにもたれかかると、安心したように微笑んだナマエと目が合った。



「じゃあ、ダンテさん。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」



誰かとこんな挨拶を交わしたのはいつ振りだろう。妙に穏やかな気分になって少しだけ微笑んだあと、布団を深く被って瞳を閉じた。





(◎、ね…)



お題提供:羊狩り



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