ZZZ | ナノ

5


城内の行き交う人々をかき分けて書斎前を駆け抜けると、色とりどりの花が咲き誇る花畑へのドアノブを掴んで強く開け放った。



「ナマエ!」



花畑に一歩踏み込むなり、声を張り上げたマグナスに花畑の一番端の方で何やら小さな影がびくりと動いた気がする。それを見つけてすぐ、マグナスがその場から駆け出した。


出来るだけ花を踏まないようにして一歩一歩自分のもとへ近づいてくるマグナスに初めは慌てていたナマエも次第に立ち上がってマグナスの方へと駆け出した。



「ナマエ…ごめん俺…!」
「マグナ……、ひゃっ…!」



ふわふわと風に揺れる小さな花を避けるために大きく開いたナマエの足が今度はワンピースにもつれて前につんのめった体勢になる。ぐらりと揺れたナマエの体にまっすぐ手を伸ばしたマグナスがその体を抱きとめるとそのまま強く抱き締めた。



「…ごめん…。俺、君を兎に角彼等から守ることに夢中になって…君の気持ちを…」
「わ、わたしも…わたしも…!マグナスの事守りたくて全然周りを見てなくて…!」



抱き締められながら耳元で震えた声で何かを必死に訴えているナマエの言葉は相変わらず彼女の生まれた世界のままだった。


少し硬い甘栗色のナマエの髪を撫でながらぎゅうぎゅうと抱き締める腕の力を強めたマグナスはその細い首に額を押し付けた。



「マグナスの事怒らせるつもりなんか…喧嘩するつもりなんかなくて…ごめんなさい…ごめ、な、さ…!」



マグナスの腕の中にすっぽりと納まる様にして抱きしめられたナマエもまた強くマグナスを抱きしめ返すと思わず溢れた感情にその大きなオレンジの瞳から大粒の涙が頬を伝って落ちていく。


聞こえてきた嗚咽にマグナスがナマエの首筋から顔を上げると、風に揺られる甘栗色の彼女の髪に振れてゆっくりと唇を落とした。



「ま、マグナ…」
「…ナマエ…」



思わず目を見開いたナマエがすぐ目の前のマグナスを上目でおずおずと見上げると苦笑いを零したマグナスは彼女の髪から手を離して濡れた頬に触れて涙を拭ってやる。


甘い花の香りが二人の鼻孔を擽って、周囲を舞う花びらに思わず二人だけの世界に居るような気分にさせられる。どちらともなく引き寄せられるようにして唇を寄せると、触れるだけの口付に名残惜しそうに唇を離したマグナスがすぐに俯いてしまったナマエの顔を伺うように屈んだ。そんなマグナスに彼女はもたれるよに体を寄せてぽすん、と胸に顔を埋めた。



「……マグナスがすき。…だいすき」
「…ナマエ、」
「…やっぱり、マグナスの手伝いをしたい、な。」
「……、うん」



言葉が。そう言おうとしてナマエの名前を呼んだが彼女は気付いていないらしい。ぐずぐずと鼻を啜りながらマグナスのブルークロスを掴んで指先で遊んでいる。


花畑に咲き誇る花たちからか、甘栗色のナマエの髪からか。香る甘い香りに心がほわほわと暖かくなっていくような感覚を覚えたマグナスが、彼女に気付かれないように緩みきった口元に片手を当てた。



「マグナスが抱えてるものを少しでもわたしも負担できるようになりたいの。あの男の人たちを気にしてるわけじゃなくて…」
「うん」
「わたし、この世界の事もっと知りたい。…って言うのは名目で、たぶん、他の女の人にマグナスをとら、れ、……―――」



未だに言葉が通じていないと思っているのかなにやらぶつぶつと呟いているナマエの素直な気持ちにマグナスの体温が上昇していく。


口元を隠す片手だけでは間に合わないほど耳までも真っ赤になってしまったマグナスを胸からタイミング悪く顔を上げたナマエがぴしり、とまるで石のように固まった。



「…マグナス…も、もしかして聞こえて…」
「……ご、ごめん…」
「ううううそ、い、いつから聞こえて…」
「俺を好きだって言ってくれたあたりから…」



口元から手を離して真っ赤な顔で微笑んだマグナスに負けないくらい耳まで真っ赤になったナマエはマグナスの腕から抜け出すとその場から勢いよく駆け出した。



「…ッ!?ナマエ?!こら…ッ!走るな!」



小さな後ろ姿を慌ててマグナスも追いかける。色とりどりの花や、青々とした葉をかき分けて駆けていくナマエの細い腕に腕を伸ばしたマグナスが後ろから抱き締めると足下に咲いていた花の花びらが空へと舞い上がった。



「昨日もこの先は崖だって言っただろう!」
「うー…ご、ごめんなさい。だって…」



抱き締められたまま両手で顔を隠したナマエの真っ赤に染まった耳が見える。ため息を吐き出して苦笑いを浮かべたマグナスは強くナマエの体を抱き寄せる。



「良かった。君の言葉が聞けて」
「………うん…」



言ってより強く抱き締めるマグナスの腕にそっとナマエが手を重ねた。ふわり、目の前を薄桃色の花びらが通り過ぎる。



「…俺は君以外の女性を考えるつもりはないよ。だから、あまり変なことは考えないでくれ」
「マグナス…」
「それから、」



赤く染まったナマエの耳に揃いのピアスが揺れて陽の光できらきらと輝いている。少し熱いそこにそっと唇を寄せたマグナスは腕の中のナマエをくるりと反転させて自分の方へ向かせるとにこりと微笑んだ。



「もう少ししたら執務室に行こう。君に手伝ってもらいたい事がたくさんあるんだ」
「…!うん!何でも言って!手伝うから!」



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