ZZZ | ナノ

4


「マグナス!おい、マグナス!」



翌朝。激しいノックの音と一緒に慌てた様子のディオの声に目が覚めたマグナスはまだはっきりしない意識の中ドアノブに手を伸ばして軽く捻ると勢いよく扉が開け放たれた。



「こんな朝からどうしたんだ、ディオ…」
「ナマエが…!」
「ナマエ?」



ナマエならここに。そう言おうとして振り返ったそこにはもうナマエの姿はなく少しだけ開けられたカーテンの隙間からうっすらと朝日が差し込んでいた。



「ナマエはどこにいる?!彼女がどうしたんだ!!」



一気に目が覚めたマグナスが逆に目を見開いてディオの両肩を掴んで激しく前後に揺すった。がくがくと揺れる視界の中目を白黒させて静止を訴えるディオにハッとしたマグナスが動きを止めてディオを離すと彼から安堵のため息が零れた。



「お、落ち着けよマグナス。ナマエはレイアの部屋にいるよ!」
「……なら何なんだ」



ディオに続いて安堵の息を吐き出したマグナスがほっと胸をなで下ろす。



「お前ら昨日から何があったんだよ?中庭で相当怒鳴りあってたそうじゃねーか」
「…それは…」
「……まあこの際そんなことはどうでもいいんだ。…ただ…」
「ただ?」



* * *



「…っ、レイア!」
「マグナス!」



勢いよく開け放たれた扉の向こうで不安げな表情を浮かべていたレイアにマグナスが歩み寄る。その後ろを付いて来ていたディオが素早く扉を閉めると、部屋に入ってすぐの位置に立っていたヒューゴーが「やっと来たか」と呟いた。


マグナスの部屋同様に朝日が差し込むレイアの部屋の隅、小さな椅子に腰かけて俯いているナマエの後ろ姿を見つけたマグナスが今すぐ駆け寄りたい気持ちを振り払うかのように首を横に振った。



「何を話しかけてもだめなの。何を言っているのかわからなくて…」
「ナマエは俺達の言葉を理解しているのか?」
「たぶん…私の話に何度も頷いていたから…」
「そうか。…すまなかった」
「ナマエ」



俯いたままのナマエは近寄ったディオの声にびくりと大きく両肩を跳ねさせた。まるで恐る恐ると言った様子で振り返った彼女は目の前のディオにほっとしたように胸を撫で下ろしていた。


「ナマエがこうなったのはいつからなんだ」
「わからないわ…朝廊下ですれ違って声をかけた時にはもうこうだったから」
「そうか…」



深々とため息を吐き出したマグナスに、奥でディオと二言三言言葉を交わしたナマエの肩がまたしてもびくりと跳ね上がった。ナマエと視線を合わせるためにその場にしゃがんでいたディオが立ち上がってマグナスにお手上げといった様子で肩をすくめて首を傾げるとそこから一歩離れた場所で壁にもたれかかった。


ディオが離れて再び俯いてしまったナマエの甘栗色の髪が肩から滑り落ちていく。ハの字になってしまっているのであろう彼女の眉が前髪の隙間から覗いて見える。彼女が怯えているのは自分の事なのだろう。そうすぐに理解したマグナスは唸り声をあげているヒューゴーの隣まで移動移動すると再び深々とため息を吐き出した。



「…困ったのう。このままナマエと意思疎通が図れないとなると…」
「…すまない」



長い顎髭を撫でながら言うヒューゴーにマグナスがそれだけ呟いて俯く。こんな状態になってしまったナマエを、彼女の事を良く思っていない人間に見られては状況が悪化する一方だということは目に見えている。椅子に座ったナマエも膝の上に置かれていた手を強く握りしめているのが見えた。


部屋に沈黙が訪れる。誰も何も言えないままただ時間だけが過ぎていく中、遠慮がちにノックの音が響き渡った。



「…はい」
「すまない。私だ」



ドアの向こうからくぐもった声で聞こえたデスティンの声に全員が安堵し胸を撫で下ろした。一番ドアの近くにいたレイアが警戒しながらドアを開けると、そこから少しだけ身を乗り出したデスティンは壁にもたれかかるようにして俯いているマグナスの服を掴んで廊下に引っ張り出した。



「うわ、ちょっと…!デスティンさん…!?」
「悪いがマグナスを少しだけ借りたい。構わないだろうか」
「…このままここに居ても話は進まないじゃろう。奴らに怪しまれるかもしれんしのう」
「ええ、一時解散しましょう。…ナマエ」



全員が頷いたのを確認したレイアは椅子に座って俯いたままのナマエに歩み寄ると、その細い肩にそっと手を添えた。


ゆっくりと顔を持ち上げてレイアを見上げるナマエのオレンジ色の瞳が揺れている。「ここにいる?」というレイアの申し出に首を横に振ったナマエは何か言おうと口を開いたが、自分の今の話せる言葉ではレイアに気持ちを伝える事も出来ないと言葉を飲み込んだ。



「ごめんねナマエ。今はあまり動かない方が良いと思うから…出来るだけ部屋にいるようにしてね」



申し訳なさそうに眉を寄せたレイアに、ナマエも苦笑いで軽く頷くと席を立った。



* * *



「デスティンさん、どこまで行くんですか」
「中庭だ」
「…」



腕を掴まれたままのマグナスが抗議の声を上げるが、全く見向きもしないデスティンはずんずんと中庭までの道を進んでいく。途中何度かすれ違った男たちにデスティンが視線を向けると、彼らはそそくさとその場を後にしていく。1階へと続く階段を駆け下りるようにして歩くデスティンの背中を慌てて追いかけるマグナスが前につんのめりそうになるが、それでもスピードを緩めないデスティンは中庭へのドアのノブに触れると勢いよく開け放った。


開け放たれたドアをそのままに、中庭に入って少し進んだ先でやっとマグナスを掴んでいた手を離したデスティンは背中を向けたまま大きく深呼吸をすると、腰に手を当てて空を仰いだ。


真っ青な、雲一つない快晴が広がっている。どこからか聞こえてくる小鳥の鳴き声が響いて、今自分たちが置かれている状況を忘れてしまいそうになる。



「デスティンさん…一体何なのですか?」
「昨日」
「……え…?」
「ああなってしまう前のナマエに話を聞いたよ。」
「……」



何も言えずに俯いてしまったマグナスが分かっていたのか空を仰ぎ見ていたデスティンは、がくりと足下を見るようにして俯いてため息を吐き出した。



「君は今まで彼等の声がナマエに聞こえていなかったと思っているのか?」
「そんなことは!……っ、」



昨日ナマエと二人で花畑に行く前だ。早くあの場から立ち去る様に促してくれた彼女の表情もまた寂しげに歪んでいた。上手くごまかされてしまったが、あの時の彼等の話し声はナマエの耳にも届いていたのだとマグナスにもわかっていた。だが、―――



「もっと前からだとしたら?君が名の通った貴族のような家柄の者たちの娘の写真を送りつけられ結婚を薦められていたことを知っていたら?」
「!!……、それは…!」
「それを踏まえて彼女は君の事を守りたいと言っていたよ…空回ってはいたがな」



デスティンとマグナスの間に柔らかい風が吹いた。どこからか入り込んだ花びらが宙を舞ってマグナスの目の前を通り過ぎていく。甘いナマエの花のような香りが香った様な気がする。



「君は彼女の事を本当に大切に、守ってやりたいと思っているようだが。彼女も同じように君を大切に思い、守りたいと心から願っているんだと私は思うよ。」
「…デスティンさん…」
「君の気持ちも分からなくはないが、もう少しだけ彼女の気持ちを汲んでやれないだろうか?」



マグナスの方へ少しだけ体を向けたデスティンが苦笑いで首を傾げた。



「マグナス、レンゲという花の花言葉を知っているか?」
「…?どうしたんですか、いきなり…」
「はは、これも含めて昨日ナマエに聞いたんだが、花言葉というものは面白いな。"あなたはわたしの苦痛を和らげる"だ、そうだぞ」



途端にマグナスの脳裏に昨日のナマエの嬉しそうに目を細めて蓮華を見つめる姿が過った。目の前のデスティンに深々と頭を下げたマグナスは踵を返すとそのまま駆け足で中庭を後にした。


再びデスティンが真っ青な空を仰ぎ見ると、そこを桃色の花びらが数枚ふわりふわりと通り過ぎて行った。
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