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3


触れていた窓を開けて身を乗り出すと、丁度中庭の真上だったらしい。ぐるりとあたりを見渡したマグナスの視界を甘栗色の髪が横切った。ナマエだ。彼女の目の前に立って何やら話している見覚えのあるの金の髪はデスティンだろうか。


マグナスが声を掛けようと息を吸い込んだ瞬間、それは影になっていたナマエの頭からひょっこりと姿を見せた。



「…!あれ…!」



その姿を確認したマグナスは窓を開け放ったままにその場を後にすると、腕の中でばらばらと音を立てて広がりつつある書類を持ち直した。


自分の部屋を抜けてさらに先を駆けていく。園庭を横切ってまっすぐ進み、一気に階段を駆け降りるとすれ違った誰かから声を掛けられた気がするが、今のマグナスには届かなかった。


仄かに香る花の甘い香りが妙にマグナスを焦らせた。階段を降り切って普段左に曲がるところを右に曲がり中庭へ続く扉を開けた瞬間、マグナスの耳に先程と同じように明るく弾んだナマエの笑い声が聞こえてきた。



「…っ、ナマエ!」
「あ、マグナス。今ね、デスティンさんにわたしに合う武器を持たせて…」



振り返ってにこりと微笑んだナマエの手に握られた細剣を見つめたままつかつかと歩み寄った。辺りが不思議な程静かで昼間に近い時間だというのに肌寒い。


古い金属で出来た細剣の柄を持つナマエの腕からそれを取り上げるとその場に放り投げたマグナスは彼女の桃色のワンピースから伸びる白くて細い腕を掴んで歩き出した。



「いっ……マ、マグナ…」
「…部屋に戻ろうナマエ」
「なんで…っ」
「いいから」



俯いたまま低い声でそう言うマグナスに強く腕を引かれたまま速足で城内へ続く扉に手を伸ばしたマグナスの手を力いっぱい振り払ったナマエは後ずさるようにして距離を取った。ばさばさとマグナスの腕から数枚の書類が落ちていく。



「な…!?ナマエ」
「…わ、わたしだって、何かしたい…から…」



ゆらゆらと不安げに揺れるオレンジのナマエの瞳がそれでもまっすぐマグナスを見つめる。先程までマグナスが掴んでいた手首を庇うようにもう片方の手で押さえる彼女は俯きながらもはっきりと言葉を紡いだ。


ふわりと二人の間を通り抜ける風が中庭に生える木々の葉を揺らし、マグナスの腕から離れた書類で遊んで消えていく。ナマエの更に向こうではただ静かに立ってこちらの様子を見ているデスティンの姿が見えた。振り払われた手を強く握りしめたマグナスはふつふつと込み上げる感情に任せて大きく息を吸い込んだ。



「何もしなくて良いと言っているんだッ!君は俺が…俺が守ってやるんだッ!!」



珍しく声を張り上げたマグナスに思わずナマエの両肩がびくりと跳ね上がった。怯えるようなナマエの表情にはっとしたマグナスが「ごめん」と呟いたが、彼女には届いていないのか、大きな瞳を見開いてマグナスを見つめたまま動かない。が―――



「それじゃあ嫌……それじゃあ嫌なの!わたしだって貴方の事を守りたいのに…」
「そんなこと考えなくていいんだ君は。ただ俺の傍にいてくれたらそれで…」
「そんなの…無理って言われてるみたいだよ!」



次第にヒートアップしていくふたりの怒鳴り声があたりに響き渡る。城内の見回りをしていた近くの騎士たちが「なにがあった」「どうした」と様子を覗きに来てはそそくさと持ち場に戻っていく姿が何度も見られた。


相変わらず床に散らばった書類は風に遊ばれてあちらこちらに散らばっていく。張りつめた空気の中、それでもまっすぐ自分を見つめるナマエの大きな瞳に負けずにマグナスも彼女を強く睨んだ。


暫くの沈黙が訪れたが、遠慮がちに開けられた扉からひょっこり顔を出した騎士によってそれは破られた。



「マグナス様、会議のお時間が近づいてきております」
「………、…わかったすぐに向かおう」



散らばった書類をそのままにくるりと踵を返して先に扉の向こうに消えたマグナスの背中を見つめたままナマエは皺が出来るほどに強く自分のワンピースの裾を握りしめた。



「わたしにだって出来ることがあるって思いたいの…」



マグナスの背中が消えて行った扉の向こうを見つめながらぽつりと呟いたナマエの言葉は虚しく消えて行った。


暫く扉の前で立ち尽くしていたナマエだったが、風に遊ばれながらも目の前に散らばった書類を集め始めていると、いつの間にか傍に来ていたデスティンがそっと甘栗色の頭に触れて優しく撫でた。


再び静寂を取り戻した中庭に、今度はナマエの鼻を啜る音だけが静かに響いていた。







「良かったのですか」
「何がだ?」
「その…ナマエさんのこと…」
「…」



廊下を足早に歩くマグナスの後ろに続いた騎士がおずおずとその様子を伺いながら問うが、マグナスからの返事はなく静かな廊下に二人の足音だけが響き渡った。それ以上騎士がマグナスに何かを言うことも、マグナスが応えることもなかった。


淡々と進められる会議に、西日が差し込んだ執務室に戻ってからの書類の整理に追われるマグナスが席を立った頃には頭上に星空が広がっていた。


執務室を出て肌寒さに少し身震いをして近くの窓から夜空を見上げると、淡いピンク色の花びらが数枚目の前を通り過ぎて行ったのが見えて思わず眉間に皺が寄せられた。あの時のナマエの表情が頭から離れない。無理矢理振り払うようにして首を横に何度も振ったマグナスは園庭を通り過ぎて少し歩いた先の自分の部屋のドアノブに手を掛けると深呼吸してドアを開けた。


真っ暗な部屋をうっすらと照らす松明がチリチリと音を響かせて輝いている。その先には昨日と同じようにベッドの隅にぽっこりと出来たシーツの山が見える。静かな部屋に聞こえる寝息に胸をなで下ろしたマグナスは極力音をたてないよう静かにベッドに歩み寄るとシーツに広がった甘栗色の髪に指先で触れた。少し固めの癖のあるナマエの髪が松明の明かりに照らされてきらきらと輝いて見える。



「…………ナマエ、…」
「…ぅ、…ん…」



僅かに身じろいだナマエの頬にかかっていた髪がはらりと滑り落ちていく。髪に隠れて見えなかったが、仄かに赤くなった目の下が松明の明かりに照らされて見える。シーツに広がった甘栗色の彼女の髪に触れていたマグナスの手がそこから離されて強く握りしめられた。



「…じゃあどうしろって言うんだ…」



兎に角安全な場所に彼女を置いておきたい。そう願う悲痛なマグナスの言葉が薄暗い部屋に消えていく。深くため息を吐き出してベッドに腰かけたマグナスは靴を脱ぎ棄てるとナマエからいつもより少し距離を開けて横になった。
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