Blossom | ナノ


「ナマエ、辛い所はない?」
「つら、い?」
「そう、…うーんと………こう、かな?」
「…あ、はい!だいじょうぶ」



活気に満ちた商店街を眺めながら、広場の中央を飾る噴水の淵に並んで座ったレイアは咳き込むような仕草をしてナマエを見ると、彼女はすぐに理解したのか微笑んで強く頷いた。




Blossom

Well, that settle it!




* * *



「ナマエごめん。今日はどうしても参加しなくちゃいけない会議があるんだ」
「…さん、か…」
「ああ、仕事だよ」


朝日の差し込む真っ白な医療室で申し訳なさそうに眉根を歪ませたマグナスを見上げながらナマエは首を傾げた。


ナマエの様子にマグナスがゆるゆると微笑んでいつもの場所に置かれていた羊皮紙とペンを取るとするすると文字を書く仕草をして首を傾げた。



「……勉強?」
「んー、そんなところかな?」



少しだけ不安そうに首を傾げて尋ねたナマエに、同じようにマグナスも首を傾げて微笑んだ。あれから色々なことを書きこんだ羊皮紙にはびっちりとマグナスの落書きが敷き詰められている。


普段文字を書き込むことしかしない羊皮紙を指で挟んで触れて目を細めた。そういえば昔はこんな風に落書きを楽しんでいた。


マグナスの様子に何か声をかけようとしたナマエが息を吸い込んだのと同時に医療室のドアが数回ノックされた。



「…はい!」
「マグナスさん、もうじき会議の時間です。ヒューゴーさんがそろそろ戻るようにと…」
「そうか、わかった。ありがとう、すぐ行くよ。………ごめんなナマエ。」
「ううん。勉強、頑張る!」
「…ああ、ありがとうナマエ」



頑張"る"じゃなくて"れ"かな?と苦笑いを浮かべたマグナスは胸元で ぐ、と拳を作ると椅子から立ち上がって背筋を伸ばした。


マグナスの動きに合わせてゆらゆらと揺れる彼の綺麗で長く編まれた藍色の髪がナマエの目の前を横切る。



「そうだナマエ。ひとりで勉強も不安だろうから俺の…その、と…友達を呼んだんだけど…」



良かったかな?言って首を傾げたマグナスに、ナマエは微笑むと強く頷いた。仄かに赤いマグナスの頬に可愛いと感じたのは心の隅に置いておくことにして、ナマエは純粋に彼の友人がどんな人物なのか気になった。


そういえば、自分にも友と呼べる人間はいたのだろうか。片手をあげて医療室から出ていくマグナスを見送ってなんとなくそんなことを考えてみる。どれだけ考えても何も浮かんでこないのは相変わらずで、それに伴うように訪れる不快感がナマエを襲った。


全身に肌寒さを感じて自分で自分を抱きしめるようにしてカーディガンの上から腕をさするナマエは膝にかかった布団をかけ直すとベッドサイドに置かれた小さなテーブルの上に置かれていた絵本に手を伸ばした。



「これが全部読めるようになったら、マグナスさんの言葉も今より分かるようになってるのかな」



とりあえず、自分の事を思い出そうとするのはやめておこう。目の前に広がった可愛らしい動物たちの絵に目を細めながら、大きく丁寧に書かれた文字に指を這わせながら読んでいった。



* * *



軽く、少々遠慮がちに扉をノックする音が医療室内に響いた。差し込んでくる朝日の暖かさもあってか本を広げたままうつらうつらと船を漕いでいたナマエは慌てて飛び起きるとベッドから飛び降りて出入り口のドアノブに手を伸ばした。


金属のこすれる音と、古木の軋む音が微かに耳に届いて開かれたドアの向こうの世界を遮るようにブロンドの髪がふわりと揺れた。



「あなたがナマエ?」
「あ…え、えと……はい!」
「私はレイアよ。よろしくね」



すっと差し出した手をおずおずと握ったナマエに、レイアが優しく微笑みかける。青に輝く瞳がとても綺麗だ。レイアに応えるように微笑んで顔を上げると、ふと彼女の後ろにさらに人影が見えた。



「…ああ、こっちはディオ。本当はディオメデスって言うんだけど…」
「オイ!それで呼ぶなっつったろ!」
「ってことなので、ディオって呼んであげてね」



レイアの後ろで騒いでいたディオがひょっこりと顔を出した。随分背が高い。マグナスより頭一つくらい高いのではないだろうか。「入っても?」まだなにやらぎゃあぎゃあと騒いでいるディオを無視したレイアがそう言うと続いて入ろうとしていたディオにくるりと振り返って甲冑に覆われた胸を押し返した。



「今日は私がナマエの傍にいる約束だったでしょ?貴方は会議に行ってきて」
「なんだよ!もう少し挨拶する時間くらいあるだろ!」
「…ああもう、うるさいんだから。ごめんねナマエ」



レイアの腕を払いのけてずかずかと医療室に入ってきたディオはぶつぶつとぼやきながらきっちりドアを閉めた。


真っ白な医療室に入ってすぐ右手のベッドにナマエが移動するのを見て、レイアも続くとベッドサイドに立てかけられていた簡易の椅子に腰を下ろした。


彼女の仕草一つ一つがとても綺麗だ。動くたびに揺れる金の髪も、医療室に差し込む日の光を反射してキラキラと輝いている。レイアに見惚れていると彼女の後ろに立っていたディオが彼女よりも身を乗り出して ずい、と顔を覗き込んできた。



「お前がナマエね。……ふーん?」
「え…えっ……と」



ディオの漆黒の瞳がまさに興味津々といった様子でベッドの上に上がったナマエを上からまじまじと見つめてくる。なんとなく身の置き所のない羞恥心に駆られて足ものに人がっていた布団を手繰り寄せたナマエは真っ赤に染まった顔を俯けた。


そんなナマエの様子にレイアは慌ててディオの腕を引くとそのまま立ち上がって力一杯壁に押さえつけた。



「馬鹿!なに怖がらせてるのよ!」
「ってーな!アイツがすげー気にかけてるって言うから気になってたんだよ」
「だからって脅かしてどうすんのよ!…ごめんねナマエ、コイツすぐここから出すから!」
「は!?ちょ、やめろって!まだまともに話してねーだろ!」
「何言ってんの!貴方はもう十分でしょ!いいのよ別に!明日も私がマグナスの代わりにナマエの傍にいて貴方は会議参加してもらっても!」
「オイオイオイオイ!オマエなぁ!」



早口で何やら言い合っているが全く聞き取れない。かろうじて自分の名前とマグナスの名前と、"ごめんね"は聞き取れたのだが。それにしても元気な人たちだ。胸倉をつかまれてぽこぽことレイアに殴られながらも何かを言い返しているディオの姿がどこかおかしくて笑いが込み上げてきた。


レイアよりもずっと大きな体格をしている筈のディオがどうしてか小さく見える。レイアの勢いにすっかり負かされてしまっているその姿がどうにも笑いを誘ってしまうせいだ。



「ふふっ!」



思わず吹き出してしまった。それからはもう我慢すら出来なくて両肩を震わせて笑うナマエに思わず二人の叫び声が止んだ。ディオの胸倉を掴んだままさらに追撃をお見舞いしようとしていたレイアの手もゆるゆると力なく降ろされた。


次第にお腹を抱えだして笑うナマエにすっかりレイアもディオも喧嘩をする気がなくなったのか静かに簡易の椅子に腰かけると、静寂を取り戻した真っ白な医療室にナマエの笑い声が響き渡った。


窓から陽の光が差し込んで真っ白な医療室が輝いているように見える。柔らかい風がどこからか甘い香りを運んできて三人の間でゆっくりとした時間が流れた。


ナマエが落ち着いたのはそれから少し後の事だった。



「ご、ごめんなさい…」



こんなに笑うつもりじゃなかったのに。落ち着いたあとすぐ顔を真っ赤に染めたナマエが慌てて頭を下げたがそれを今度はレイアが慌てて止めた。それを見てディオが大きな声で笑い声を上げる。それにしてもこんな楽しい光景を初めて見た気がする。


一体自分はどんなところにいたのだろうかと一瞬脳裏を横切ったが結局妙な気持ち悪さが襲ってくる気がしてそれ以上考えるのをやめた。


ナマエが大笑いしてから何処かすっきりしたようなディオは意気揚々と医療室を出て行ったが、その背中を見送ったあとレイアがぽつりと「絶対ヒューゴーに叱られるわアイツ」と零してまた少しナマエの笑いを誘った。



「今日は、レイアさんとずっと一緒?」
「ええ、今日はわたしがナマエの傍で一緒に過ごせる日」



嬉しそうに微笑んだナマエに同じく、レイアも空のように澄んだ青い瞳を細めた。



「…ねぇ、ナマエ?」



ふと、レイアの視線がナマエの服で止まる。あちこち痛んではいるが暖かそうなカーディガンの下はどうやら就寝用の薄手のワンピースのようだ。桃色の可愛らしいそれはほのかに肌が透けて見える気がする。


首を傾げてレイアを見たナマエの瞳が光に当てられてオレンジ色に輝いている。パラティヌス中を駆け巡る柔らかな風が甘栗色の髪を遊んで僅かにレイアの頬をかすめた。



「少し街に出てみない?ナマエの体の事は聞いているけれど、その服だけでは夜は少し寒いでしょう?」
「…外に?」
「治癒術は少し心得ているわ。…だめかしら?」



首を傾げて尋ねるレイアにナマエが首を何度も横に振る。こんな嬉しい誘いを断る理由なんてない。言葉にできない代わりに精一杯首を横に振ったナマエは膝の上にあったレイアの手を取ると気持ちを込めて少しだけ強くその手を握った。


ナマエの想いを汲み取ったのか、その様子を静かに見続けていたレイアはその手を握り返した。



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