Blossom | ナノ





「すごいな、お前―――の姉貴だろ!お前も―――」

「―――は期待してるわあなたは――ずできるって」


「これからを――しているよ」



「お!――じゃないか名前はなんて――――」




「もう、――――――」








Blossom


春に嵐









「いや!…嫌ッ!!離して離して離して!!」


ガタガタとベッドが揺れる音と甲高いナマエの声が夕日の差し込む真っ白な部屋中に響き渡った。部屋のあちこちには枕や布団が散らばっている。


「待て…!騒ぐな!落ち着いて…!」
「いやぁああああッ!」


相変わらず響き続けるサイレンのようなナマエの叫び声に、彼女の動きを止めようとしている男性が思わず両耳を塞いだ。


「何事です!?」



騒ぎを聞きつけて駆けつけてきた金の髪を左右に分けて大きく三つ編みを編んだ女性が勢いよくドアを開け放ってすぐ、足下に散らばる布団や枕などの様々なものに目を見開いた。


つい自分が目を離す数十分前まで静かにナマエが寝息を立てていたそのベッドでは、いつの間にか目を覚ました彼女が両手足をばたつかせながらなにやら必死に叫んでいる。



「アイーシャさん…!」



ナマエの耳に届いた男性の声に思わず体中が拒否するように跳ね上がった。何を言っているのか分からない。アイー?早く血でよく聞き取れない。女性の名前だろうか。


部屋の入口で足下に散らかった物に視線を取られているその金髪の女性視線を向ける。兎に角この男性の手から離れたい。意識が途切れる前のあの男たちの姿がフラッシュバックばかり繰り返す。男性にがっちりと捕まっている両手は振り払えず思うように暴れられない。


男性独特のごつごつとした手から伝わる温もりが気持ち悪い。「やめて、離して」と呪文のように何度も何度も繰り返したが彼は全く聞きもしないどころか金髪の女性と目を合わせて僅かに首を傾げている始末だ。



「彼女はなんて…」
「俺もわかりません…。さっきからずっとこんな様子で…」
「…そうですか…」



金髪の女性がナマエにゆっくりと近付いてくる。女性が来たことで自分の腕を掴んでいた男性の手の力が緩んだのを感じてすぐにそこから腕を抜き取った。


一瞬寂しそうな表情を浮かべたように見えた男性にナマエの胸がずきりと軋んだが、それすら無視して睨むと近付いてきていた女性の細い腕に包まれた。



「…もう大丈夫」
「…!」



ナマエの体を優しく包み込む女性は自分の肩に手を添えるとそこから柔らかい光が発せられた。びくりと再度激しく跳ねたナマエの肩に気付いた女性が落ち着かせるようにとんとんと何度か背中を叩いてくれている。


何を話しているのかはさっぱり分からないが先程の言葉なら「大丈夫」だ、とナマエは彼女に抱きしめられたまま瞳を閉じた。くりくりとしたナマエのオレンジに光る瞳が閉じられると、大粒の涙が止めどなく流れては頬を伝っていく。静かになった空間に、不快なナマエの呼吸音だけが響き渡る。


どこか安心できるその女性を抱きしめ返したナマエをもう一度、今度はもう少し強めの柔らかい光が包んだ。心地良さと一緒に自然と肺を通る酸素に、ナマエは彼女から離れて目を見開いた。



「ああ、良かった。効いたのですね。あなたの呼吸の音が聞いていてとても苦しそうだったので少しだけ。…もう何ともないですか?」



頬に残る涙の伝った痕を親指で拭き取った女性に応えるように大きく息を吸い込んだナマエは軽くなった体と、金髪の女性を交互に見てそっと微笑んだ。本当に、この女性は自分に何か危害を加えるような存在ではなく安心できるようだ。



「あら、よかった。やっと笑ってくれましたね。…言葉は通じませんけど、せめて名前くらいは教えあえたらいいんですけど…」



ナマエに釣られて女性もにっこりとほほ笑むと彼女を落ち着かせるために乗ったベッドから降りて散らかった床をひとまずそのままに、椅子を引き寄せて座ると唸り声をあげながら呟いた。



「でも困りましたね。言葉が通じないとなるとどこか別の国の方なのでしょうけど…」
「ここより遠くとなると、検討が付きませんね」
「せめて意思疎通ができたなら……、そうだ!」



考えるポーズのまま唸り声をあげていた女性は何やら後ろの男性と話している。一体何の話をしているのだろう。大方自分の事なのだろうけれど。


言葉が通じないというのは本当に不便なものだ。二人の様子を静かにベッドの上で座り込んだまま見つめていると先程の男性がナマエの視線に気付いてふわりと微笑んだ。



「―――っ!」



さっきまで逃げることに必死で気付かなかった。見たこともないような綺麗な藍の色の髪に、瞳。透き通るような深い色のそれはとても穏やかで、とてもじゃないがあの時自分の事を追いかけてきていた男たちとはかけ離れていた。


慌ててナマエは彼から視線を逸らした。それを知ってか知らずか、金髪の女性はナマエの手をとんとん、と数回軽く叩くと口元を指さした。



「ア、イー、シャ」
「?」
「ア、イー、シャ」



彼女は何を言っているのだろう。首を傾げた自分に口元を指さしながら何度も同じ言葉を繰り返す女性は復唱するように言っているのだろうか。



「…あ……いー…さ?」
「アイー、シャ!」
「…あいーしゃ?」
「そうです!」



彼女の思っていた通りに復唱できたらしい。女性が両手を顔の前でぱちんと合わせて満面の笑みで微笑んだのを見て、ナマエは目を見開いた。―――そうか、名前か。身を乗り出してアイーシャに近付いたナマエは彼女の服の裾を掴むと大きく息を吸い込んだ。



「アイーシャ!」
「はい!」



首を縦に振って微笑んでくれた女性…アイーシャはぱちぱちと拍手をすると、微笑んだままナマエを指さした。"あなたのお名前は?"そう言われている気がしてナマエも彼女に習って自分の口元を指しながら息を吸い込んだ、が―――。



「………あ、れ…?わたし、…なんて言うんだっけ…」
「…?」



思い出せない。名前も、どこに住んでいたのかも。


不思議そうに首を傾げるアイーシャと男性に、どこか焦りを覚えたナマエはわたわたと自分の身の回りに何かないかと探し回った。思い返しても特にそれと言った荷物を持ってなかったような気がするが、せめて何かと上着のポケットに手を押し込むと、カサリと音を響かせて指先に何かが触れた。



「…名字…名前…」



何かの受験票だろうか。綺麗に折りたたまれていたらしいその紙は今でこそぐちゃぐちゃになっているがしっかりと真ん中で折ったあとが見える。ナマエに続いてアイーシャと男性がその紙を覗き込むが、やはり何が書いてあるのかさっぱりな様子で首を傾げていた。


それにしてもこの名前を口にするだけで胸がざわつくのは何故なんだ。よく分からない感情を抱いたまま、ベッドサイドで首を傾げてまた何やら話し合っているアイーシャと男性に向き直ったナマエは意を決して息を吸い込んだ。



「…あの、」
「あ、ごめんなさい。どうしたの?」



心配そうに眉を寄せて振り返ったアイーシャと男性は相変わらず何を言っているのか分からない。苦笑いを浮かべた後、手の中の紙を強く握りしめた。持っているだけでざわつくこの紙には一体その時の自分が何を考えていたのかさっぱり分からない。けれど、もう持っていたくはない。


自分を指さした後、ナマエは苦笑いを浮かべて手の中でぐしゃぐしゃになったそれをポケットにしまい直した。


「ナマエ」
「ナマエ?」
「あ、はい!ナマエって言います」



ざわついていた胸が不思議と、アイーシャが自分をナマエと呼んでくれたことで穏やかさを取り戻していくような気がした。


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