Blossom | ナノ


小さい頃はどこかで読んだ漫画のヒロインに憧れた。

くるくる変わる表情に、
どんな状況でも笑っていられるそのヒロインの女の子は
とても活発で、元気なおんなのこ。


大きくなって、一夜漬けしてまで読んだ小説のヒロインは、
とてもかっこよくて強い女の人。
まっすぐ自分の思いに向かって、同じ思いを持った仲間達と駆け抜けていくその人が、
想像の中できらきらと輝いていた。


何かの本で読んだことがある。
自分が憧れたその姿は、いつか自分が実現するから
憧れるんだって。

そんなの

そんなのただの理想論だ。





* * *


呼吸が辛い。


全身が悲鳴を上げているようだ。声を上げようにも自分をただ更に危険に晒すだけだと判断してもたつく足に鞭を打った。


数メートル後方で何やら叫びながらわたしを追いかける男たちは徐々に数を増やしているようで、声の数が少し前よりもいくらか多い気がする。


このままでは捕まってしまう。どれだけ足に鞭を打ったところで運動するという環境下に居なかったわたしの足の速さなんて知れたものだ。喉から発せられた聞きなれた嫌な音が聞こえ始めて背筋が凍る。込み上げ始めるむせ返るような感覚に耐えきれずスピードが落ちることを覚悟で咳き込んだ。


森林のようなこの場所は、手入れなんてされてないせいで獣道そのものだ。今まで気にせず走ってきたせいで特に気には留めなかったのだが、よく見れば体中は無造作に伸びた枝や葉のせいで傷だらけだった。

そもそも、わたしは何でこんな場所に居るのだろう。確か、屋内にいたはずなのに気が付いた時にはこの森林の中だった。わたしを取り囲んでいた数人の男性が聞いた事もない言葉でわたしの瞳を指さして話し合っていたかと思えば上着をはぎ取られてしまった。

その瞬間にここに居てはいけない、と瞬間的に察知したわたしはその場から逃げ出して今に至る。



「……もう、だめ…足が動かない…」



感覚のなくなった両足を走りながら何度もこぶしをで叩いても痛みも何も感じない。


走っているのが不思議なくらいだ。転びそうになるのを何とか耐えていくつか目の前を遮る様に生えていた木を避ける。森を抜けると一気に視界が眩しくて真っ白になった。


今は何時なんだろう。ここはどこなんだろう。唯一手元にあった何かの受験番号の書かれた紙切れのおかげで自分の名前が名前名字なのだということ以外自分の事すら分からない。


このまま逃げ切れるのだろうか。ふと、後ろを振り返った瞬間、縄のような何かに足を取られてわたしは思い切りその場に倒れこんだ。


新鮮な香りが鼻をかすめた。以前どこかで感じたことのある香りだ。視界は相変わらず真っ白だが、微かに左右に揺れている緑色の何かが見える。



――――――ああ、このままわたしは捕まってしまうのだろうか。



もう起き上がる事も出来ない。息を吸うことももう出来そうにない。横になっているのも辛い。それでも、起き上がる気力もない。耳を掠める自分の喉から発せられる嫌な音と、それに負けないくらいうるさく跳ねる心臓の音だけでもう何も聞こえなかった。わたしを追っていた男たちは今どこに居て、どれくらいで自分のところまでたどり着くのだろうか。



「…もう…い、い…や…」



これ以上目を開けている事も出来ず、わたしは静かに瞳を閉じた。相変わらずの喉と心臓の音がいつまでも聞こえてくる。頬を掠めた緑の小さな何かが真っ青な空と一緒に視界に入った瞬間、わたしは意識を手放した。




Blossom

のようなきみに恋をする



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