(※以前コラボさせていただいた布崎さん宅の金城相手温泉大好き夢主ちゃんお借りしました)

「真護君!もう温泉の匂いがするよ温泉!」

はしゃぐ私に「そうだな」と少し苦笑したのは高校からの付き合いの真護君だった。
ここは箱根。温泉の聖地。即ち私のテンションは早くもMAXというわけで。
暫く部活がオフだからという理由で真護君が予約してくれたこの旅館は、いつもの東堂庵とは別の旅館だった。

「ワイン風呂、コーヒー風呂、緑茶風呂、濁り湯に何と言っても源泉掛け流し……っ!!」

下調べは万全。何せこの旅館の温泉は種類が豊富で、少し変わったものもあるということで有名なのだ。

「名前、はしゃぐのもいいがそろそろチェックインしよう」
「あ、うん!ごめんね……!」

ついついやってしまった、と恥ずかしくなるけれど「いや、そんなに喜んでもらえるならオレも嬉しいかぎりだ」と優しく微笑んでくれた真護君にきゅんと胸が鳴る。
本当に真護君は私には勿体無いくらいの彼氏だ。

チェックインを済ませ、にこやかに出迎えてくれた女将さんに部屋まで案内してもらう。扉を開けたそこは、畳の良い香りがする和室だった。
大方荷物も置いてしまえば後はもう、することは一つしかないわけで。

「さあ、温泉に行こう!」

既に下着やタオルなどの一式を纏めた袋が鞄の中に入っている。それを取り出してしまえば後はもう待つのは天国だ。鞄のファスナーを開けようとした、その時だった。

「名前、」

パシリ、とその手を優しく窘められるように掴まれる。真護君?と少し上目遣いがちにそちらを伺えば、浮かべていたのはいつもと変わらない穏やかな笑みだった。

「そう急がなくても温泉は逃げないさ」

だから少しゆっくりしないか。
そう提案する真護君の言葉に少しばかり逡巡するも、最後はこくりと首を縦に振っていた。
さっきも反省したばかりじゃないか。いくら温泉が素晴らしいと言ったって、恋人との時間の方が大切に決まってる。
私のその反応に、真護君は緩やかに目を細めた。

「なら名前、」
「うん」
「ここに座ってくれないか」
「えっ?」

ここ、と指し示されたのは真護君の足の間。そこに座ったとしたら、どう考えても抱き込まれる体制になるわけで。私のキャパシティーを考えれば、答えは一つだけだった。

(無理!絶対無理!)

恥ずかしくて死んでしまう。それが死因なら確かに幸せだけど……って、そうじゃなくて!
答えに困り、う、だとかあ、だとか声にならない呟きしか漏らせない私を見ていた真護君は、突然私の手を掴み、ぐっとそちらへ引き寄せた。体制が崩れてしまった私は真護君の腕の中にすっぽりと収まってしまうわけで。

「し、ししし真護君っ!?」
「すまない。考え込む名前が可愛くてつい、な」
「か、かわっ!?」

顔を上げれば、そこにあったのは未だに見慣れない端整な顔立ち。
ボンッと顔が燃えるように熱くなる。まるで昔温泉で逆上せた時のよう。でもあの時のような気持ち悪さはなく、心臓の音は煩いけれど心地良い。

「オレはこのままでも良いんだが、名前はどちらがいい?」

どちら、と言うのは体制のことだろうか。その言い方からすると離してくれないことは明白で。迷ったあげく、せめて顔が見えない方をと最初に提示された方を選んだ。
真護君に後ろから抱き込まれるのは酷く落ち着かなくて、視線をキョロキョロと彷徨わせた。
当の抱き込んだ本人は、私の自惚れでなければご機嫌とでも言うように私の髪を梳いている。髪に神経なんて通っているはずもないのに、触れられた場所が熱を持ったように熱くて仕方ない。

「……すまなかった」

突然私の髪を弄る手を止めたかと思えば、降ってきたのは謝罪の言葉だった。「しんご、くん?」目を見開き咄嗟に後ろを見上げる私を、少し困ったような顔をした真護君が見つめる。

「高校の頃は部活が忙しくて、こうして二人の時間があまりとれなかっただろう。これはオレの自惚れかもしれないが、寂しい思いをさせてしまったかもしれない」
「そ、んなこと……」

IHが終わるまで恋人らしいことは出来ない。その条件を呑んで付き合ったのは私だ。真護君は、何も悪いことなんてないのに。

「……私は、こうして今真護君といられれば凄く幸せだよ?」
「名前……」

へにゃり、精一杯の笑みを浮かべてみせれば真護君は少しだけその目を見開いた。
そしてその後「ありがとう」と笑い私の額に小さなキスを落とす。そうすれば、目を見開くのは私の方だった。そんな私を楽しそうに真護君が見つめる。
ゆっくりと二人の間を流れる優しい時間に、幸せってこういうことなのかなと胸が暖かくなり、思わず笑みが溢れた。

「だが、」

しかし、それだけでは終わらなかったのだ。

「それではオレが満足……いや、納得出来ないんだ。埋め合わせをさせてくれ」
「……え?」

ニコリ。その笑顔はいつもと同じなのに、なぜか今だけはこの世で一番恐ろしいもののように思えた。

額、瞼、鼻、頬、そして唇。優しく落とされる口付けはまるで幼い頃絵本の中で見た王子様とお姫様のそれで。
その一つ一つが私のことが大事だと、好きだと言われているようで堪らなく恥ずかしくなる。
チリリ、と伝わる熱で思考回路が焼き切れそうだ。

ダメだ、このままじゃ、

そう思った私は、咄嗟に声を上げていた。

「そ、そうだ!温泉に行こう!」

「もう十分ゆっくりしたし、早くしないと夕食に間に合わないよ!ね!?」となんとか説得しようとする私に真護君は「夕食の後ではダメか?」と私を見つめる。
うっ、とたじろいだ私の脳裏に浮かんだのは、ネットで見た四文字だった。

「温泉の効果に疲労回復もあるんだって!事前に調べてきたの!」

真護君もいつも練習で疲れてるし、ゆっくり休もう?
そう言って笑ってみせる。これだ、これで完璧だ。
そんな私の言葉に興味を持ったのか、真護君は「他にはどんなのがあるんだ?」と問い掛ける。
よし、これはこっちのペースだ。内心ガッツポーズをした私はペラペラと言葉を並び立てる。

「疲労回復の他には肩凝り腰痛の解消、あとは冷え性にも効くって言うし、あとは滋養強壮とか……」

そこまで言ってからピタリと止まった。
あれ、じようきょうそう…?
そんな私を見て浮かべたのは先ほどの笑み。その瞳は、蛇が獲物を捕らえたような鈍い光を宿していた。

「なぁ名前」
「ひゃ、ひゃいっ!?」

思わず声が裏返る。そんな私の様子がおかしいのか、真護君は楽しげにクツクツと喉を鳴らして笑う。

「この旅館を選んだ訳は、二つあるんだ。一つは種類の豊富さと珍しさに、名前が喜ぶと思ってな。もう一つは、なんだと思う?」

それはまるで蛇のように、彼の指先だけが素肌を這う。
ビクリと肩を跳ねさせた私は、震える声をなんとか抑え、わからないと彼に尋ねる。

「ここは各部屋につき一つ、露天風呂がついているんだ」

もちろん温泉のな、と真護君は言う。
その意図がわかって、なんで調べた時に気がつかなかったんだろうと過去の自分を呪いたくなった。

「一緒に入れば、お互い好きなものを楽しめるだろう?」

一石二鳥だと笑う真護君に確信犯だったのかと訴えたくなる。
けれどその言葉が紡がれる前に、軽いリップ音を立て、手首にキスが一つ降り注いだ。

「名前」

呼ばれる名前に、全身が言うことを聞かなくなる。それはまるで、蛇に巻きつかれたように。

「ダメか?」

その言葉に、拒否権なんてないくせに。じわじわと堕とされていく私を、彼は愉悦を湛えた瞳で見つめる。

手首へのキスは欲望の証だと、誰かの声が聞こえた気がした。



(0807 Happy Birthday 布崎ちゃん!大好き!)

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