「本当に、ごめんね」

約束してたデート、行けなくなっちゃった。
泣きそうになりながら電話ごしに伝えた言葉に返ってきたのは「うん、わかった」なんていつもと変わらない調子での言葉だった。
そのトーンに怒っていないと安心する反面、なんだか少し悲しくなる。

……拓斗君は、寂しくないのかな。

ぽつり、と零れた心の声に自分でも嫌気がさした。
お互い別々の大学に進学して、会える機会も高校の時よりうんと少なくなってしまって。だから次のデート、久しぶりで凄く楽しみにしてたのに。

自分の都合で振り回してしまったのは私なのに、その身勝手な思いを抱く自分が、酷く汚く思えた。ああ、嫌だなぁ。

じわり、じわりと滲む視界。泣いたら、きっと優しい彼は心配してくれるに決まってる。そこまで迷惑な女になりたくなかった。
ポロリと零れたそれを拭うこともせず、ただひたすら唇を噛み締める。
「名前ちゃん?」と突然黙り込んだ拓斗君の心配そうな声が聞こえるけれど、それに答えることは出来なかった。

けれど、私と同じくピアノを弾いているせいだろうか。人一倍音に敏感な彼はすぐに「……泣いてる?」と小さく呟いた。

なんで、なんでわかっちゃうの。

拓斗君はいつも、私の見せたくない汚い部分を仕舞い込んだ箱の鍵をいとも簡単に開けてしまうのだ。
とうとう漏らした嗚咽に、彼の息を呑む音が聞こえる。

「え!?名前ちゃんどこか痛いの!?」

うん、痛いよ、凄く。

見えなくとも、あの下がりぎみの眉がきゅっと歪んで、アメジストの瞳が悲しそうに揺れていることは容易に想像出来た。

「さ、びしい、よ」

痛くて痛くて、死んでしまいそう。
ウサギか!寂しくて死ぬセンチメンタルなウサギか!なんて銀髪の彼には言われてしまいそうだけど、いっそのこと死んでしまえたらどんなに楽なのだろうか。

悲しくても、寂しくても、人間は死にやしない。心は人を殺せない。
だからこんなにも、辛くて苦しいんだ。

ふと、ガタリと音がした。
何だろうと耳を澄ましていれば小さな音が聞こえる。

────ピアノだ。

それはどんどんと重なっていき、一つの流れを紡いでいく。

この曲を、私は知っている。
私が前に好きだと言った曲。

柔らかい曲調は彼の奏でる音色に酷く合っていて、包み込むように優しい。
彼の音を初めて聴いた時、音楽はその人の心を表すとはよく言ったものだと頷いたのを覚えている。

心の空いた部分を埋めていくようなその音に、今度は違う涙が頬を伝った。

一つ一つを零さぬように聴いていれば演奏はあっという間に終わってしまって、名残惜しく感じる私に彼は告げる。

「オレね、名前ちゃんのこと考えると、胸がきゅうってあったかくなるの」

だから、全然寂しくないよ。

ね?と笑う彼が見えて、思わず私も笑みが零れた。
そうだね、拓斗君のおかげで私、もう全然寂しくないや。

「あのね、拓斗君」

次会えたら、一緒にピアノ弾きたいな。

そんな私のお願いに、彼は約束だと弾んだ声で返してくれた。


(0729 こはちゃんへと捧げた葦木場です!初書きでごめんね!こはちゃんと葦木場君の連弾を聴くのが僕の夢ですまる二人共末長くお幸せに!)

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