誕生日というものは、幼い頃はなんだか凄く特別なもののように思えた。けれど、大人になってしまえばただの日常の一片にすぎないものだ。

目まぐるしい毎日の中でふとああ、そういえば私誕生日だったな、と思い出すくらい。そうして埋もれてしまうようなものだった。



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大学を卒業し、社会人となって早数年。届いた高校の同窓会というハガキに逡巡しつつも出席という文字に丸をつけたのは数ヶ月前の出来事だ。

「久しぶりー!」なんて声が喧騒の中響いてくる。
ふとそちらの方へ視線を向ければ高校時代仲の良かった女友達が二人。「久しぶり」と笑顔を向けそのまま今仕事がどうだとか、彼氏がどうだ、なんて話へと流れていく。

「名前は彼氏いないの?」
「だったら誕生日に同窓会なんて来るわけないでしょ」
「あれ、そういえば今日誕生日だっけ!?」

「おめでとー」とお祝いの言葉を言ってくれる友人達に「ありがとう」とお礼を言う。やっぱり人に祝ってもらえるのは嬉しいものだ。

「あ、新開君」

突然友人が放った言葉にびくり、と小さくグラスを持つ手が跳ねた。

樺色のふわふわとした癖毛に、垂れた瑠璃色の瞳と厚めの唇。背も高くなっていて、けれど遠目から見た笑顔は学生時代よりずっと大人っぽい。
社会人となったからなのか、昔はあったあの鮮やかな青のメッシュはなくなっていた。

「相変わらず嫌味なくらいイケメンだわ……」
「高校の時からモテてたしねー」

そう、新開君に想いを寄せる女子は大勢いた。
そして私もその中の一人で。

ただ、これと言って特に何をしたわけでもないのだ。
バレンタインにチョコを渡すだとか、卒業式に告白する以前にまず自分から話しかけることすらなかった。
ただ想いを募らせるだけのそれは、誰にも知られることのない、小さな小さな恋だった。

「彼女とかいるのかな?」
「あんだけイケメンならいるんじゃない?」

ちくり、その言葉に胸の奥が僅かに痛む。
そのことに自分自身が動揺した。

いつまで私は昔の恋を引きずっているつもりだ。それも、殆ど話したことのないような相手に。

この痛みは気のせいだと、まるで過去の恋心を忘れるように手にした酒を呷った。



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「名字さん!」

同窓会もお開きとなり、酒の火照りを冷ますように駅までの道を歩いていれば後ろから呼ばれる声がする。
咄嗟に振り返り、その声の持ち主の姿を認識した途端瞠目した。

「し、新開君!?」

「追いついてよかった」とパタパタとシャツを扇いだ彼の様子を見ると走ってきたのだろう。息を切らしていないのは流石と言うべきか。

混乱する私を見つめ「こんな時間に一人は危ないだろ」と少し怒ったような困ったような顔をされてしまえば少しだけ自惚れてしまいそうになる。勘違いするな、と自分に言い聞かせながら謝り逸る心臓を抑え「でも、どうしてここに?」と問う。
新開君もこちらの方面なのだろうか。それにしたって私を追いかけて来る必要なんてないはずだ。もしかしてわざわざ注意をするために?頭の中でいくつもの答えが浮かんで消える。

そんな私に彼は「言い忘れたことがあってさ」と綺麗に笑ってみせる。
言い忘れたこと?まだ何かあるのだろうか?

「誕生日、おめでとう」
「へ、」

思わず間抜けな声が漏れた。きっと私の今の顔も同じなはずだ。

「知ってて、くれたの……?」
「当たり前だろ」

当たり前、とはどういうことだろう。
新開君に誕生日を教えたことなんて私の記憶にはない。
何故と首を傾げている中、ふと大事なことを思い出した。

「新開君も、誕生日おめでとう」

驚いたようにその垂れた丸い瞳が少し見開かれる。

「名字さんもオレの誕生日、知っててくれたんだな」
「当たり前だよ」

自然の流れ口にしてからこの返事、と気づく。
この返事、新開君と全く同じ答えじゃないか。

でも待って、当たり前って?
私が新開君の誕生日を知っているのは当たり前だ。だって私は高校時代、彼のことが好きだったのだから。
クラスの派手な女子が彼と話しているのをこっそりと盗み聞きして、耳に入ってきたその情報に自分と同じ日だと胸を高鳴らせた記憶が懐かしい。

そこまで考えてからまさか、と脳の思考回路が停止した。
彼は当たり前だと言った。そして私も同じ台詞を口にした。その理由って、

冷めかけていた熱がまたじわじわと私の中で燻り始める。けれどそれは酔った熱なんかよりも厄介なもので。

「好きだったからな、おめさんのこと」

私の内心を見透かしたように彼は言った。

「なあ、よければこの後、二人で誕生日祝いでもしないか?」

気づけば頷いていた私を見た瞬間、新開君の口元が小さく釣り上がる。
そして「ああ、でも」と白々しく呟いた後チラリと彼は自身の腕時計を見た。

「終電、逃しちまうことになるけど」

いいのかい?と彼は問う。私を逃すつもりなんてないくせに、と彼の瞳の奥でギラつく鈍い光を見つめながら心のどこかで私が笑った。

こんな狡い誘い言葉を吐けるようになったのは、彼が大人になったからだろうか。

だから私も、彼の企みに気づかないふりをして「もちろん」と笑うのだ。

今年の誕生日は、特別なものになりそう。
繋がれた手の平の熱に、そんな予感がした。



(0715 すみびやきのみわちゃんに贈らせていただきました。みわちゃんはまさかの新開さんと同じ誕生日というミラクルな方なのです!新開さん初書きでごめんなさい、でも凄く楽しかったです。改めてHappy Birthday みわちゃん&新開さん!)

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