「悪いが、よろしく頼む」

その言葉を残してバタンと閉じられた扉は、檻の中に私と一匹の野獣を閉じ込めたのだった。


遡ること数分。
私の携帯は彼氏からの電話を告げる音楽を流した。
しかし通話ボタンを押して聞こえたのは、少し高めの彼の声ではなく、それよりもずっと低い声だった。

彼に何かあったのか。

全身を揺らすように脈をうつ心臓をどうにか押さえつけて声を絞り出せば、心配するようなことではないんだ、という落ち着いた声。

「荒北が酒を飲まされすぎてな、どうにも手が付けられない」

そう言えば今日は部活の飲み会だって言ってたっけ…。
冷静さを取り戻し始めた脳がゆっくりと事態を理解していった。

「その上どうしても名字さんの家に行くとうるさくてな」

電話の向こうで、テメェ何長々と話してんだヨ!という声がした。
その声の音量は電話に向かって話されている声よりも大きくて、彼が明らかに酔っていることがわかった。
ああ、金城君には今度ちゃんと謝らないと。

そしてつい先ほど。
酔っている中でも私の家はわかったらしい彼に案内されてきたのだと言う彼の友人が、私の部屋の前に立っていた。
自分では歩くことが出来ないのか、肩を支えられている彼の姿はなんとも珍しい。

「すまない。無理やりにでも荒北の家まで送ればよかったんだが」
「ううん、大丈夫」
「ンァ?名前チャンじゃナァイ!」

私の声によって目が覚めたように、彼は顔を上げて私に抱き着いてきた。
いや、抱き着いてきたと言うよりは、倒れこんできたと言う方が正しい。
彼の中では私の前まで歩いてきて抱き着いたつもりかもしれないが、実際は半歩ほどしか歩くことが出来ておらず、友人から離れた瞬間に私に向かって倒れてきたのだ。

しかしそうは言っても傍目には抱きついているようにしか見えないに違いない。

人前で…!と慌てる私のことなど露知らずというように、名前チャンの匂いすンね、とどこか上機嫌の彼。顔から火が出るとはこのことか。


そして今。
あとは私が何とかするよ!と言って帰ってもらったのはいいものの、覚束ない足取りの成人男性を一人で動かすことは出来ない。
起きてー、と揺すってみても抱き着いた腕が緩まることはなく、それどころか抱きしめる力は強くなっていく一方だった。

「どうしよう…」

早くも帰ってもらったことを後悔し始めた。
迷惑を承知の上で、もう少し手伝ってもらえばよかった。

「名前チャン?」
「あ、靖友君、とりあえず、靴脱いで?」
「やだ」

…やだ、って、言ったよね、今。
私の首筋あたりに頭を押し付けてくる姿が、どこか駄々をこねる子供に見えてくる。
それでもやはりずっしりと重い体なわけであり、軽くなってくれるではない。

「名前チャンさァ」

ふらり。
突然、誰かに糸で操られたかのような動きで私から離れると、彼はかろうじて開けられている目で私を見つめた。
酔っているからだとはわかっているものの、熱を持った視線と少し染まった頬は、ほんの少し私をどきりと震わせた。

「俺のこと、ちゃんと好きィ?」

ふらり。
今度は入り口の扉に背中を預けるように一歩下がり、そのままずるずると座り込んだ。
そんなとこに座ったら汚いよ、と咄嗟に言えなかったのは、彼が発した言葉があまりに予想外のものだったからだろう。

「ど、うしたの?」
「さっきもさァ、金城と嬉しそうに話してっしよォ」

金城君とは大学構内でよく顔を合わせるけれど、それでも話すのは間に靖友君の存在があるからだよ。
前に言ったはずの言葉は、彼の頭の中からすでにすっぽりと抜け落ちてしまっているらしい。

それから、さっき嬉しそうに見えたというのなら、それは靖友君に思いがけず会えたからだよ。

「俺はカッコよくねぇし、あいつみてぇに優しくもねぇ」

自転車だけを真っ直ぐと見つめて、ゴールだけを真っ直ぐに目指す靖友君は誰よりもカッコいいよ。
恥ずかしがって絶対に口には出さないけれど、私のことを第一に思ってくれているの知ってるよ。
そう思っても口には出せないのだから、私も負けずと恥ずかしがり屋らしい。

「でもヨ」
「え」

ぐいと引かれた腕。
先ほどの彼のようなふらっという動きではなく、真っ直ぐに彼の胸元へ導かれた。

「名前のこと大好きだから、離してやんねーけどォ!」

にへらと笑った彼は、胸元に寄せられていた私の顔をぐいと上げさせ、唇に唇を押し当てた。

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紫音ちゃん誕生日おめでとう!

布崎ちゃんからこんなに素敵な荒文を頂いてしまいました!本当布崎ちゃんは私の中の理想の二人の関係性を把握しててくれていつも咽び泣いてます;;;特に布崎ちゃんの夢主ちゃんも交えて洋南カップルのお話するのが凄く楽しくて…!表現の一つ一つにここが萌えたって丸つけて説明したいくらい大好き!本当にありがとう!

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