自転車競技部に行って以来、私には少し変化があった。

「福富君」
「ム、」

机に伏せていた顔がこちらを見上げ、金色の髪がふわりと揺れる。
「これ、貸してくれてありがとう」と手渡したのはロードレースのDVD。
"Le Tour de France"とパッケージには書かれている。
ツール・ド・フランスと呼ばれるらしいレースのDVDは福富君がわざわざ私に貸してくれた物だ。

私に、もっとロードレースのこと教えてほしい。

荒北君に二度目の手紙を送った次の日、緊張で汗ばむ手を握りしめ福富君にそう頼んだ。
普段の私だったらきっと躊躇してしまっていただろう。でも行動を起こせたのは、もっと知りたいと思ったから。荒北君のことも、彼があんなにも頑張っているロードレースという競技についても。

私と福富君はただのクラスメイトだ。そんな間柄の人間に頼むなんて図々しいにも程がある。
嫌な顔をされることを覚悟で頼んだのに福富君は驚くことさえもなく、むしろ予想していたように二つ返事で引き受けてくれて。あっさりと返された了承の言葉に間抜けな声を漏らしたのは記憶に新しい。

これは後から聞いたのだけれど、練習を見ていた時の目が真剣そのものだったからというのが福富君の意見だ。

それと同時にロードに興味があるのかと聞かれ、頷いた時に見せた福富君の表情が思いの外柔らかいものだったことも思い出す。

でもロードに興味がある、というのは少しだけ違う。正確に言えばロードに乗っている荒北君に興味があるのだ。だから福富君を騙してるみたいで、少しだけ心苦しい。

「ロードってあんなに速く走れるんだね!見ててびっくりしちゃった」
「そうか」
「ごめんね、本当はもっと上手く言えたらいいんだけど言葉が思い浮かばなくて……」
「いや、楽しんでもらえたならいい」

もっと寡黙で怖い人かと思っていたけど、こうして話してみればその印象は払拭された。確かに口数は少ないけれど私の言葉一つ一つに真面目に回答をくれる彼は話していてとても落ち着く人だった。
荒北君の例といい、私は人を見かけで判断するのはやめた方がいいと身を以て痛感したのだ。

「そういえば、福富君達もレースって出るの?」
「ああ、この前二ノ宮で開催されたレースにも参加してきた」
「あ、そうなんだ。福富君の他にも誰か出たの?」
「新開と荒北も出場した」
「え!?」

予想に反して聞こえたその名前に、思わず驚きの声が上がる。

どうやら福富君は荒北君に目をかけているらしく、メニューや指導も彼が行っているらしい。
そんな荒北君の話を何とかして聞き出すのが私の恒例行事となっていた。

でもだからって、その言葉は予想外だ。
レースって、要するに大会でしょ?それに荒北君が?いくら彼が倒れるまで努力していると言ったって、まだ入部して日も浅いのに。「どう、だったの?」動揺を悟られないように発した声は、震えてはいなかっただろうか。

「途中リタイアだ」
「そ、っか……」

その言葉に目を伏せる。それはまるで認めたくない事実から目を逸らすようで。わかってる、現実がそんなに甘くないことくらい。
けれど私は「だが、」と続く言葉により、再び目線を前に戻すこととなったのだ。

「四周かけてオレと新開に追いついてきた」
「っ!」

思わず目を見開いた。
だって荒北君は入部したばかりの初心者で。スポーツに疎い私でもそれがどれほど大変で、そして凄いことなのかくらいはわかる。
あの長袖の下に一体いくつの傷を作ったのだろうか。それはきっとあの日と比べものにならないことくらい容易に想像出来た。

きゅっと胸が締め付けられる。

「また、真鶴でレースがある。それにオレと荒北も出場する予定だ」

来るか。まるで私の心を読み取ったような福富君の言葉に、気づけば首を縦に振っていた。


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