(……どこだヨ、ここ)

目が覚めれば視界に映るのは天井だった。
必死で記憶の糸を手繰り寄せるものの、仮面に言われた時間分ローラーを回し終えてからの記憶が全くねェ。
体を起こせばズキリと頭が鈍く痛み、そうして思い出す。

……そうだ、確かあのまま倒れたんだ。
そうしてずっと水分とってなかったことに気づく。んなヒマ、全くなかった。
クソッ、自覚したら無性に喉渇いてきやがった。ベプシ飲みてェ。めんどくせーけど自販機寄ってから帰るか。
そう決めてから着替えを済ませ、近くにあった鞄を手に取る。そうしてそのまま昇降口へと向かった。



:



昇降口へ着き下駄箱を開いたその瞬間、ふと手が止まった。目についたのはペットボトルとその隣に置かれた白い紙。

それは数日前の出来事とパズルのピースがハマるみてーにピタリと重なった。

あいつだと、すぐにそう思った。それは勘でも何でもねェ。ンな物好き、一人しか思い当たらなかったからだ。

前回の絆創膏同様、その青いラベルのそれは中学時代よく差し入れで飲んでたスポーツドリンク。
ただ前回と違ったのは丁寧に四つ折りにされてはいるものの、手紙が剥き出しっつーことだった。
開いてみればそれはノートを切り取ったモンで、ベットボトルの水滴が所々に沁みて少しふやけている。

『拝啓 荒北靖友様』

書かれていたのは例の小さくて少し丸っこい、オレよりずっと綺麗な字。やっぱりなァ、あの物好きだ。その下に続く挨拶の文は相変わらず堅ッ苦しい。

『自転車競技部皆様から貴方様のお話をお聞きしました。』

聞いた、っつーことはチャリ部のヤツらからか。
あのカチューシャヤロウか、それとも他のヤツらからか。いずれにしたってどれもイイモンじゃねーだろう。
勝手に失望すンなら好きにしやがれ。
他人にどう思われようが関係ねェ。嫌われンのなんて慣れてる。それは今でも同じだ。

『そこで私は貴方様が毎日一生懸命、それこそ倒れるまで練習なさっていることを知りました。』

「……ハ?」

思わず間抜けな声を漏らした。
前回といい今回といい、ホントにこいつは予想の斜め上を行く。
こいつかオレ、どっちかが夢でも見てンじゃねーのか?
ただ、やけにうるせー自分の心臓の鼓動がこれが現実なのだとオレに教えていた。

『しかし、それは健康な御身体があってこそです。貴方様のひたむきに練習される姿は尊敬する反面、心配でなりません。どうか御自愛ください。』

『敬具』で締められたその手紙は誰がどう見たってオレを気遣う内容で。
っぜ。いらねーんだヨ、んなモン。
その言葉を口に出すことは、何故だか出来なかった。

「多分寿一は好きだよ。おめさんみたいなタイプ」

思い出すのは先日屋上でニヤケヤロウに言われた言葉。
ああ、クソ。こいつと言い、マジで意味わかんねェ。

あの日の傷はもう治った。絆創膏もいつの間にか剥がれていた。
それで終わりだと、そう思ってた。

肌色だけの自分の腕を見た時感じた、胸に穴が空いたみてーな虚無感からは目を逸らしたのはつい最近の出来事だ。

痛むはずの傷はもうねェ。だからこの鈍痛も気のせいに決まってる。何度自分に言い聞かせるようにそう思ったか。

その穴が今一瞬、塞がったように感じたのは認めたかねーけど紛れもない事実だ。

思考を振り払うようにグシャグシャと頭を掻き毟れば以前よりずっと短い自分の髪に少しの違和感を覚える。

キャップを捻れば少しの硬い感触と共にパキリという軽い音。
念のためニオイを嗅いでみるがやっぱり普段飲んでるモンと何ら変わりねェ。間違いなくコレは未開封の新品だ。

口を近づければベプシとは違った甘いニオイが肺を満たす。
ああ、そうだ。このニオイだ。

「……オレは、アクエリよりベプシ派なんだヨ」

飲み下したそれは、やけに甘ったるくて懐かしい味がした。


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