帰ろうと教室を出た瞬間「佐藤、」と呼び止められる。
振り返れば最近薄毛が目立ってきたと噂の中年数学教師兼担任の姿。
あ、これは面倒くさいやつだ。長年の経験がそう私に告げていた。
悲しいことに嫌な予感は的中し、担任は「ちょっと頼んでいいか」と続ける。
待って、私一言もわかりましたなんて言ってないんですけど。
心の中で反抗してみるものの、そんなもの届くはずもなく私はただ死んだような目で担任の説明を聞くだけだった。
頼み事というのは今日提出期限だったプリントを集めてほしい、とのこと。そういえば朝のHRで集めてなかったなぁとクリアファイルの中で眠っているはずの存在を思い出した。

「この前に引き続き悪いな」

その言い方から察するに私が引き受けるのはもう決定事項となっているみたいだ。
"この前"というのはきっと美化強化日のことだろう。そう思うなら頼まないでほしい。第一そういう仕事は学級委員へ頼むのが妥当じゃないのか。
言い返したいのは山々だけれど、そんな度胸なんて私にはあるはずもなく、ただ「わかりました」と引き攣った笑みを返すだけだった。




:




「まあアンタもお人好しっていうか不幸っていうか」

あんなハゲ、キッパリ嫌だって言ってやればいいのに。
そう言いながら菜々はペラリとプリントを取り出した。
先生から渡された名簿のコピーから彼女の名字を探し、傍にチェックマークを入れれば「あと何人分?」と覗き込まれる。

「んー、もう殆ど回収出来たはず」

パッと見、名簿の欄には全部チェックマークがついている。これで終わりかな。シャーペンを当て、上から順に確認していけば三分の二を過ぎたところでピタリと手が止まった。

「あ、」
「ん?どうしたの?」
「あと一人残ってた」
「誰?」
「えっと……福富君」

名前欄を見れば"福富寿一"と書かれている。
福富君、か。多分今まで一度も話してないクラスメイトの一人だ。

寡黙で殆ど表情を変えない人。これが私の彼に対するイメージ。
初めて金色の髪を見た時は不良なのかと思っていたけれど普段の生活態度は真面目そのもので、そのギャップが私に与えた衝撃は今でも忘れない。

「じゃあ私そろそろ練習戻るわ」
「あ、うん。時間とらせちゃってごめんね」
「筋トレだし問題ないって。文乃こそお疲れ様ー」

ヒラヒラと振られた手に私も振り返す。あと一人、早く終わらせちゃおう。
ふと腕時計を見れば時刻は四時半を少し過ぎたところ。
福富君は運動部に所属していたはずだ。全校朝礼でも表彰されていた姿を覚えている。
何部だっけ、と記憶の糸を辿ればその答えはすぐに見つかった。
そうだ、彼は確か、

(自転車競技部、だったはず)

荒北君の、入った部活。

その言葉に心臓が跳ねた理由なんて、私にはわかるはずもなかった。


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