……あ、まただ。
黒板の数式を写していた手をピタリと止めた。
廊下側一番後ろのこの席になってもう何回目だろうか。苛立ったように重く響くこの足音の持ち主を、私は知っている。

荒北靖友。友達から彼の名前を聞いたことはあるし、その姿を見かけたことだって何度もある。

初めて見た時は、荒々しい口調と鋭い眼光に恐怖を覚えた。私のような地味な人間とは一生関わらないし、関わりたくもないタイプの人。それが彼への第一印象。

彼への認識が変わったのは確か、入学して一週間ほど経った頃。裏庭で野良猫といる荒北君を見つけたことがきっかけだった。
あの時は本当に驚いた。だって、偶々見かけた猫を気まぐれで追いかけてみたらそこにリーゼントのヤンキーの後ろ姿があっただなんて。そんなの誰が想像出来ただろうか。

しかも「なァ、」と荒北君が言葉を零したのだから、この時の私は完全に自分の存在がバレてしまったのだと勘違いした。そのうえ逃げ出せばよかったものを、気が動転していた私は咄嗟に物陰に隠れてしまったのだ。(今冷静に考えてみればこれは猫に対しての言葉だとわかるのだけれど、今考えても自分の情けなさに泣きたくなってくる)


そうして、聞いてしまった。
荒北君が昔野球を頑張っていたこと、大会前に肩を壊してしまったこと。今の自分には何もないと自嘲していた彼は、私の知る荒北靖友とはまるで別人だった。
「ハッ、猫相手に何語ってンだろーなァ」一人吐き捨てた荒北君の顔を見る事は出来なかったけれど、胸を抉られたように痛々しいその声は今でも忘れられない。


今思い返せばヤンキーと野良猫だなんて、まるでベタな少女漫画みたいだと自分でも思う。けれどそれ以来、気づけば私は荒北君を目で追うようになっていたのだ。
そうすれば今まで知らなかった面も見えてきて、私の中で彼の存在はどんどん大きくなっていった。

悪い人、ではないんだと思う。少なくとも私はそう信じている。
確かに口も態度も悪いけれど、一般生徒に暴力を振るったり金品を奪ったなんて噂は聞かないのが何よりの証拠だ。

ただ、私が目で追う回数と比例するように荒北君が荒れていくのがわかった。煙草や薬に手を出しただとか、そういうわけじゃない。今だって一般生徒に危害は加えていない。だけど物に当たったり、周囲に怒鳴る頻度が昔より高くなった。苛ついているのが目に見えてわかる。

何人かの男の子(あれが俗に言う舎弟と言うやつなのだろうか)と一緒にいた時期もあったけれど、いつの間にか荒北君は一人になっていた。

最近はこうして学校を抜け出すことも珍しくない。
この調子が続けば単位だって危うくなるだろう。そうしたら留年か。それとも、やめてしまうのだろうか。

別に荒北君が好きだとか、そういうわけじゃない。
気になっているとは言っても、それは恋愛感情とは遠く離れている全くの別物だ。
荒北君がどうなろうと私には関係ない。はず、なのに。

(……それは、いやだな)

ポロリと零れたその思いは、曇りのない私の本心だった。

ただ、私では何も出来ないから。

即座に浮かんだそれが言い訳にすぎないだなんてこと、自分でもわかってる。そうして自分に言い聞かせて防衛戦を張っているだけ。知った気になって、勝手に感情移入して、心配して。そのくせ行動を起こす勇気がなんてない他力本願な自分に嫌気が差す。

無意識のうちに力を込めてしまったらしいシャーペンの芯が、ポキリと軽い音を立てた。


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