「そういえば靖友」

無事返事も書き終え、寮までの帰り道。ふと左を歩いていた新開が声を上げた。ンだよ、と視線を向ければ「よく考えてみたんだけどさ、」と少し不思議そうな、困ったようなどちらにも見える顔をしてこいつは言葉を続ける。

「名前も知らねェ相手にどうやって返事を送るんだ?」

そこ言葉に新開の左に立つ東堂が忘れていた、とでも言うように目を見開くのが見える。すぐ右からも福ちゃんが「ム」と漏らしたのが聞こえた。

ンなの簡単だろ、と怪訝な顔をしつつ口を開く。

「ずっと入れときゃァ次手紙入れる時気づくだろ」

前回もそうだったしな、そう心の中で付け加える。
何言ってんだァ?と内心首を傾げるが、何故かこいつらの方が何とも言えないような顔をしていた。ハァ?と思いっきり眉を顰める。

「ア゙?んだヨ」
「いや、何でもないぜ(靖友、おめさんその言い草だと、)」
「ああ、気にするな(また手紙を受け取れると迷いなく言っていることに気づいてないのか)」

曖昧な笑みを浮かべるこいつらにやっぱりわかんねェ、と舌打ちを一つ零した。

「まァ、いつになるかはわかんねーけどォ」

あいつから手紙を受け取る頻度は決して高いとは言えねェ。
手紙が送られてから次の手紙が送られてくるまでの期間はバラバラだ。
早けりゃ一週間、遅けれりゃ一ヶ月ほど。(なんとなく覚えてるだけだ!なんとなく!別に待ってるワケじゃねーヨ!)
手紙を見るのも朝だったり放課後だったり、時間帯は同じくバラバラ。
つまりずっと入れとかねーとあいつは受けとれねェっつーことだ。
絶対ェ落とさねーようにしねーとな、と固く決意する。
こんなモン落とした日には死ぬしかねェ。

「だがそれだと手紙が汚れてしまうだろう」
「あ゙?だったらどうしろっつーんだヨ」
「そうだ」

思い出したように東堂が鞄の中をガサゴソと調べる。すると十秒としねェ内にノートの半分程度の透明なビニール袋が取り出された。

ンでそんなモン持ってんだ、と内心首を傾げながら尋ねる。

「先週クラス写真を撮っただろう。今日それが配られてな」

どうやら写真はそれに入れられていたとのコトらしい。
渡されたそれを大人しく受け取り言われた通りその中に手紙を入れる。

丁寧に保護された汚れ一つねェそれを見れば、何だか心がそわそわと落ち着かなかった。
ンだこれ、むず痒ィ。



:



(……あれ?)

とある日の放課後。
人目を避け、手紙を片手に荒北君の下駄箱を覗いた私は思わず首を傾げた。
その理由はその中に置かれた白くて四角い、私が彼に出会ってから特別な存在へと変わったそれ。

一先ず自分からの手紙を置き、それから先着のその手紙をじっと見つめた。

私が送った手紙のはずはない。だって前回もいつも通り朝に確認して、その時はなくなっていたはずだ。便箋だって私の物とは少し違う。
そして、何故か透明なビニール袋に入れられていた。

以前もこんなことがあったけれど、荒北君から貰ったのはノートの切れ端だった。
一体誰が、と考え、ふと頭を過ぎった答えにドクリと心臓が嫌な音を立てる。

(ラブ、レター……?)

汚れも皺も一つもないその手紙は大切な人へ宛てて送ったことが一目でわかる。荒北君の下駄箱の中に男の子からそんな手紙が送られるわけがない。
それはつまり、女の子から。そして異性に手紙を送る理由なんて、安直だけど一つしか考えられなかった。

誰か他の女の子が、荒北君を、好き。

すぅっと、体の芯が冷えていく。暑くもないのに汗が滲んで服が肌に貼りつく感覚が気持ち悪い。
視界に映る封筒の白の眩しさがやけに私の心を揺らして。バクバクと鳴り響く拍動が耳元で煩くて仕方がないのに、いつもは聞こえてくるはずの部活の喧騒が、やけに遠く聞こえた。

この手紙の送り主は一体、どんな想いで筆を執ったのだろう。

そしてこの手紙を受け取った彼は、何と返すのだろうか。もしかしたら彼も想いを返してしまうのかもしれない。そうしたら、二人は結ばれる。当たり前だ。

それなのに、そのことがどうしてこんなにも悲しくて仕方がないのか、なんて。
頭の中がぐちゃぐちゃで、胸が苦しい。溢れ出そうな何かを無理矢理飲み込めば、それは私の中に酷く重たいまま残った。

その中身が気になって仕方ない。けれど即座に自戒する。

見てはいけない。人の想いを盗み見るなんて、そんなの最低の行為だ。
けれどそれ以前に、本能が私にいけないと告げていた。見てしまったらきっと、私は耐えられない。

────なんで?

もう一人の自分が、心のどこかで問いかける。
なんで私は、こんな思いをしているの?どうして?

その問いかけに答えはない。自分自身のことなのに、わからないことだらけだ。

頭の中でぐるぐると回る自問自答に、気づけば手紙と私の指先の距離は僅か数センチほどになっていて。とうとう指先がそれに触れた。紙の質感が手に伝わる。

何をするつもりなの?見て、一体どうするの?

私は─────


「…………え?」

目を見開き漏らした声は、あまりにも間抜けなものだった。

「これ、って……」

『手紙の差出人様』
そう書かれた文字を、確かめるように一文字一文字指でなぞる。
その独特な宛名はどう考えたって私へのもので。

私への、手紙?

その事実を呑み込むのに、数秒かかった。
そうしてふと気づく。

もしかして、ビニール袋に入れられていたのは、私が手紙を受け取るまでの間汚れるのを防ぐため?
そう思えば納得がいった。

けど、それはあくまで私がまた手紙を送ることが前提で成り立つ行為だ。

(……待ってて、くれてるのかな)

自惚れだと一蹴されてしまえばそれだけのことだ。
けれど、夢を見るくらいはどうか許してもらえないだろうか。

逸る胸を抑え、封筒の中から一枚の便箋をそっと取り出す。

そこには以前貰った返事よりもずっと綺麗な文字が並んでいて、一目見ただけで丁寧に書かれたのだということがわかった。

書かれていたのは、主に部活について。
新しい練習メニュー。荒北君の努力の結果。新入部員の一年生のこと。

彼の文字によって語られる世界は新鮮で、そしてその世界を私にも覗かせてもらえることが何より嬉しかった。
まるで、彼に近づくことを許されたような気がして。
私の勘違いなのかもしれない。
けれど初めて手紙を送ったあの日から、数歩でもいいから彼に近づけていたら。
それはどんなに幸せなことなのだろう。

そうしてあと僅かで手紙が終わる、というところで文字の書き方が変わったことにふと気づく。

まるで思いつくままに書かれたような文章。前回よりは羅線を無視してはいないものの、書き殴ったようなその文字は、以前受け取った手紙と同じ物。
彼らしいその書き方と文字が、私は好きだった。あの日貰ったノートの切れ端は自分の部屋の机の中に密かに仕舞われている。

今度は何が、と一瞬体が固まる。けれどそれは、驚くくらい拍子抜けしてしまうものだった。

『いつもベプシばっかだって東堂のバカがうっせーんだよ、ほっときゃいいだろあのボケナス。あと最近出た期間限定のレモン味、けっこーうまい』

「……ベプシ?」

ベプシって、あの炭酸のベプシのことだろうか。
何の脈絡もないその話題。なんで突然?そう思うものの、それは却って文字等と同様に彼らしくて。

本当、めちゃくちゃだ。
いつだって彼は突然で、だから私の心を捕らえて離さない。

面倒見の良い東堂君が荒北君にあれこれ世話を焼くのが見なくとも想像出来て、思わず笑みが零れた。
ベプシ、好きなのかな。それなら今度手紙と一緒に差し入れてみよう。

今日は私の知らない荒北君を知れた気がして、なんだか心がふわふわと暖かくなる。先ほどまでの冷たさは、もうない。


後日、手紙に『ベプシ好きなの?』と綴った私へ『好きだ』と傍から見れば勘違いされそうな三文字の短い返事が来るのは、また別のお話。


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