あいつらにギャーギャーと言われ、ヤケクソになったオレが手紙を書くと宣言した次の日。チャリ部常連のファミレスでベプシと唐揚げでも食いながら一人でやるかと思っていたはず、だったのに。

「つーかンでお前らまでいんだヨ!!」
「お前一人では不安だからな!女子に関することならオレに任せろ!」
「っぜ!さっさと帰れ!」

どうしてこうなった。

オレの目の前には福ちゃん、左斜め前には新開。そして左隣には何故だか東堂。
左耳から流れ込んでくる笑い声に思わず頭を抱えた。

「で、なんて返事するんだ?」

もしゃもしゃと咀嚼していたパフェのバナナを飲み込んだ新開がフォーク片手に楽しげな目で問い掛ける。

あ゙ー……そういやまだ読んでなかったな。

昨日自室で読むつもりだったが、例の騒ぎのせいですっかり忘れていた。流石に読まねーと返事も書けねェな、と昨日ノートに挟んでおいたそれを取り出せば纏わりつく視線(主に新開と東堂からのモンだ)がより一層うざってェモンになるのが感覚的にわかった。

「っぜ!!見ンな!!」
「ワッハハ!気にするな荒北!」
「そうだぜ、靖友」

「読まねェと返事書けねェだろ?」と笑顔で促す新開に上手いこと流されたと睨みつけながら渋々と羅列している文字に目を通していく。
別段変わったことも書いてねェ。いつも通り練習を労って、そして体調を気遣うような内容の文章。
こいつもよく飽きねェよなァ、オレなんかに送り続けて。

「だからニヤニヤしてんじゃねーよヨきめェ!!」
「まあまあ」

青筋を浮かべるオレに東堂がふと「ム、そういえば荒北。便箋は持っているのか?」と口を開く。また上手いこと流された気がしねーでもねェがどうせ反論してもこいつら二人に上手いこと言いくるめられる未来を想像し諦めることにした。

「ハァ?持ってねーヨ。ンなのテキトーにノートでも破いて、」
「ならん!ならんよそれは!」

絶対にきちんとした物に書けと東堂に言われるものの、そんなモン持ってるはずもねェ。
そう伝えれば福ちゃんが「ム、」と鞄の中から何かを取り出した。

「作文用紙ならあるが」
「いや、流石にそれはマズイんじゃねェか?」
「つかまずそれ福ちゃんの課題用だろ」
「お前ら……まったく、用意しておいて正解だったな」

音も無く(ソコ別に動きのロス無くす必要ねーだろ)東堂が一枚の真っ白な封筒、そしてその中に仕舞われた一枚の便箋を差し出す。
それ等を受け取るものの、真っ白な紙を見つめて思わず舌打ちが一つ溢れる。
手紙なんてまともに書いたことねーんだヨ。

一度だけ送った例のノートの切れ端はノーカンだ。バカみてーにクソ丁寧なあいつからの手紙と同じモンだと言うのは憚られた。
羅線すら無視してただ衝動みてーなそれを書き殴っただけのそれは雑もいいところだ。

あん時のオレよく書けたな、と一向に埋まらない白を目にして頭を抱える。
そんなウンウンと唸るオレを見兼ねたのか福ちゃんが口を開いた。

「荒北、まず宛名を書くべきだと思うが」
「アー……名前知らねェんだヨ」
「……は?」

オレの返事に間抜けな声を漏らしたの福ちゃんではなく、東堂だった。その前に座る新開も少し驚いたような顔をしている。
なんだァ?と不思議に思いつつ、ベプシを一口含んだその時、

「ラブレターに名前を書かないなんて珍しいな」
「ああ、内気な女子だな……」
「ラブ、ッ!?」

吹き出しそうなのをギリギリのところで堪えたものの、今度は気管に入りゲホゲホと噎せ返る。心配する福ちゃんに大丈夫だと伝えつつバカ二人の目の前にバンッと手紙を叩きつけるように置いた。そして叫ぶように怒鳴りつける。

「お前らちゃんと読めッ!!」

ん?と不思議そうな顔をしたこいつらが手紙を覗き込み、そのまま読み進めていく。
そして最後まで読み終わったのか、その眉を顰めた。

「確かにこれは……」
「ラブレター、って感じではねェよなぁ……」
「ったりめーだバァカ!!」

そうだ、この手紙にそんな感情は一つとして含まれてねェ。
送る理由はただ一つ、こいつがお人好しだからなんだろう。それは手紙からでもわかる。でなきゃオレみてーなヤツをここまで気にする必要もねェはずだ。
改めて認識したその事実に気づけば何故だか語気が強くなっていた。
「クソ!やってられっか!」と立ち上がろうとしたオレを東堂が引き止める。

「だがお前を思って書かれた手紙には違いないだろう!それを無視するのか!?」
「っせ!つーか、今までだって返してねェし今更変に思われンだろ」

あのノートの切れ端も返事っつーよりオレの一方的な押し付けだ。けれど東堂は「今まで……?おい、荒北!」とどこか顔を青くし、バッとオレの顔を見つめた。

「お前……まさかこれが初めてではないのか!?」
「あ゙?別にンなことお前に関係ねーだろ」

自分でもガキのような突っ撥ね方だと思った。
動揺して、焦って、一人で勝手に苛ついて。
その理由が自分のことなのに何一つ思いつきやしねェのも、更にそのぶつけたくなるような衝動を掻き立てていく。

「誰も送れなんて頼んでねーヨ!!あっちが勝手に送ってきてるだけだっつーのォ!!」

しまった、と思った時には既に遅かった。
流石に言いすぎたと我に返るも時間は巻き戻るはずなく、ただ流れる沈黙の数秒が驚くほど長く、そして重い。

それ以前に自分の放ったその言葉に焦る自分がいることに酷く驚いた。まるで、聞かれたら困るっつってるみてーじゃねェか。
オレが言ったのは紛れもねェ事実だ。頼んだワケじゃねェ。別に欲しいワケでも、

「にしては靖友、おめさん読む時ニヤけてたよな」
「……ハ?」

それは事実だと自分に言い聞かせるように心の中で呟いていた最中、突然落とされた爆弾に正真正銘頭ん中が真っ白になった。

こいつは、新開は今、なんつった?

「自覚なかったのか?読んでる時、口元緩んでたぜ?」
「ハアアアァァ!!?」

絶叫した。ココがファミレスっつーことも、東堂に言われるまで忘れてただ絶叫した。

ニヤけてる?口元緩んでる?誰がだ?オレが?

「な?寿一」「ああ」と確認のような新開の問い掛けに頷く福ちゃんを見てしまえばその事実を認めざるを得なくなる。
良くも悪くも嘘が吐けねェ福ちゃんの肯定の言葉は、ズッシリとオレに重くのしかかった。

力なく席に着き黙り込んだオレを福ちゃんは書けないせいだと思ったのか「ム……」と小さく考える素振りを見せた後思いついたようにふと呟いた。

「部活についてはどうだろうか」
「お、それいいんじゃねェか?」
「そうだな。この差出人は部活動を応援してくれているようだし」
「ンでお前らが答えてんだヨ」

最早ラブレター云々を掘り返して反論する気も起きず、福ちゃんの提案に従い黙々と筆を進めていく。
最近新しく増えた練習メニュー。今月に入ってタイムが上がったこと。ついでに新しく入部してきた一年が噛み付くようにうっせーこと。

思いつくままにツラツラと書き連ねりゃ、いつの間にか便箋は白よりも文字の黒が占める割合の方が大きくなっていた。

意外と書けるモンだな、と自分で自分に驚く。

中途半端に残ったスペースをどうするかと頬杖をついてりゃ、オレの様子に気づいたのか「お前からも何か話題を振ってみればいいのではないか?」と東堂が口にした。

手紙というのは互いの考えや思いを交換する物だ。お前からも何か送るべきだろう。好きなものでも書けばいい。

そう語られる言葉に従って思考を巡らせてみる。

(好きなモン、なァ……)

ダメだ、全っ然思いつかねェ。唯一語れるくれー好きなモンは、昔は野球だった。それがこうしてロードへと移り変わり、それさえもさっき書いちまった。

頭を捻らせながら何気無く目の前に置かれたグラスに口を付け、ゴクリと喉を潤す。
パチパチと口の中で弾ける感覚と口の中に残る甘さを感じた途端、ふと目を見開く。

そうだ、これだって、

最早半ばヤケクソだった。返事を書き始めたのだってヤケクソみてーなモンなんだ、別に構わねーだろ。心の中でそんな悪態をつきながら先程とは違いガリガリと勢いのまま文字を重ねていく。それはあの時とよく似た、体が勝手に動くような何か。

羅線から少しはみ出すくらいの文字達を見ながら、大人しく並んでるお利口チャンなそれより、こっち方がよっぽどオレらしいと心のどこかでもう一人の自分が笑った。

最後の文字を書き終え、シャーペンが手から離れた瞬間糸が切れた操り人形みてーに全身の力がダラリと抜ける。
手にしたベプシのグラスは氷が全て溶けており、口に含めば炭酸が少し抜けているのがわかった。

ただ、不快感はねェ。何かに似てンな、とふと思い出す。
……ああ、わかった。これは、

(レースん時だ)

ゴールのラインを超え、走り切った時に酷く似ているそれは爽快感、達成感、倦怠感。どれとも言い切れず全部が入り混じったような感覚。けど酷く心地良い。

「どうだ荒北、誰かを思って文章を書くというのも悪くないだろう」
「……るっせ」
「ワッハハ!そうか!」

昨日と同様、何もかも見透かしたみてーに満足気に笑うこいつを見たら無性に腹が立って、同じくカチューシャの上から頭を思いっきり押してやった。


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