季節の移り変わりを感じさせる暖かい風を全身で感じながら額から伝う汗を指で拭った。
ペダルを回す足を止めた瞬間、ひらりと目の前に花びらが一枚舞う。
釣られるようにして顔を上げれば、そこには満開の桜が咲き誇っていた。

『桜が綺麗に咲き始めましたね。登校する時、桜並木を歩くのが少し楽しみです。私は桜が好きだけど、荒北君はどうかな。』

ふと思い出すのは昨日読んだその文章。
完全に抜けてねェその敬語に、やめろっつったのにと初めて読んだ時舌打ちを零したのが少し懐かしい。
ただ前みてーに堅苦しくはなく、柔らかい印象の文になったのはこいつなりの譲歩なんだろう。

「荒北、お前もここでボトル休憩か?」
「ゲッ」

突然背後から聞こえた声に振り返れば、思わず声が漏れた。めんどくせーヤツが来た、と心情を隠すことなく思いっきり顔を顰めれば、目の前のこいつはわかりやすく眉を吊り上げる。

「ゲッとは何だ!?ゲッとは!!」

東堂は黒髪を花びらと共にはらはらと揺らしながらロードを押し、オレの隣に立つとピタリとその足を止めた。

「桜か」

もう満開だなと隣で見上げ東堂に適当な相槌を打つ。
不意にふわりと鼻先を掠めるニオイは間違いなく春のモンだ。

「桜に美形とは目の保養だろう!存分に鑑賞を楽しむといい!」
「っぜ!」

ワッハッハと高笑いする東堂は「それにしても、」と感心したような声色でふと目線を投げかけてきた。

「お前にも情緒を味わう心があったのだな」
「ンだよ、見てちゃ悪ィか」
「お前は花より団子だと思っていたのだが」
「っせ!」

あいつが、と喉元まで出かかった言葉は飲み込んだ。
何も桜だけじゃねェ。霜柱が出来てただとか、梅の花が咲き始めただとか、日常生活の些細なことを嬉しそうに書いてくっから何となくだ。何となく。

……でもまァ、

「悪かねェな」
「ム、何か言ったか?」
「何でもねーヨ」





:





やっちまった。
そう気づいたのは部活も終わった放課後。例の手紙を見つけ、ズボンの後ろのポケットへと閉まおうとした時だった。部活前にはソコに突っ込んであった財布。その存在がねェことに気がつき、思わず舌打ちを零した。
部室のロッカーの中に置いてきちまったか。

時間を確認すれば下校時刻ギリギリ。部室が開いてるかどうかも怪しい時間。確かオレが出た時には福ちゃんしかいなかったはずだ。いなかったら確実に閉まってる。めんどくせーコトこの上ねェ。
けど選択肢以外残されてねーのが現状というのもまた事実だ。

「……クソッ」

────渋々と引き返したこの時のオレは、後に自分の判断を死ぬほど後悔するとは欠片も思っていなかったのだ。



:



「……ハ?ンでお前らココに、」

ガラリと開いたドアの向こうには、予想外にもよく見知った顔達が並んでいた。

「寿一がタイムのデータ纏めるって言うからさ、オレ達も手伝ってたんだ」

福ちゃんの他に新開、東堂が囲んでいるテーブルの上には散らばった書類。ご苦労なこった、とそれらを横目で見つつ自分のロッカーへと向かう。

「そういう靖友はどうしたんだ?」
「財布忘れたんだヨ、財布」
「全くお前というヤツは……開いてなかったらどうするつもりだったのだ」

「第一お前は普段から、」と続く東堂の小言を右から左へと受け流しつつ、しゃがんで開いたロッカーの奥を見りゃ予想通り隅には自分の財布。ったく、ムダな時間くっちまった。
それを手にしたのと同時。ふと東堂の呟く声が聞こえた。

「少し換気でもするか。篭った空気は体に悪いだろう」

荒北、と東堂に呼ばれ視線を向けりゃ「すまんが窓を開けてもらえるか」との声。
ンでオレが、と思うものの窓の一番近くにいるコトに気づき納得した。
渋々立ち上がり数歩先にある窓を開けたのとほぼ同時。

「あれ、靖友。何か落としたぜ」
「ア゙?」

後ろから聞こえた新開の声に振り返り、その手にあるモンを見た瞬間凍りついた。
嘘だろ、おい、咄嗟に自分のズボンの後ろに手をやるがソコには何の手応えもねェ。
焦る頭とは裏腹に体の芯がすっと冷えていくのを感じながら十数秒前の自分をぶん殴りたい衝動に駆られる。

「……手紙?」

首を傾げた新開からその単語を聞いた途端、気づけば手が伸びていた。
けれどオレが新開から手紙を奪い取るより数秒早く、東堂から「なぬっ!?」と素っ頓狂な声が上がる。
ああクソ、一番めんどくせーヤツに見つかっちまったと頭の片隅で後悔するも既に手遅れだ。

「お、お前にも女子のファンが……!?」
「ヒュウ!やるなァ、靖友」
「違ェよバァカ!!」
「オレは認めん!認めんぞ!」
「だから違ェつってンだろ!!話聞けボケナスがッ!!」

好き勝手騒ぐバカ二人に怒鳴りつけるも全く効果はねェ。睨みつけるもどこ吹く風と口にパワーバーを一口齧り、新開はこちらを見つめ口を開いた。
おい、口元緩んでンぞ。絶対ェ楽しんでンだろてめェ。

「で、何て返すんだ?」
「あ゙?返さねーヨ」

バッサリと斬り捨てたその言葉に、ピキリとその場にいた全員が固まった。
ンだ、変なこと言ったかァ?

眉を顰め、何気なく辺りを見回せば東堂がプルプルと震えていた。

「手紙というのは書き手の思いが詰まっているのだ!それに返事もしないとは言語道断だぞ荒北ッ!!」

ビシッ!と効果音がつきそうな勢いでこちらを指差してくる東堂。その言葉に一瞬息が詰まる。
確かにこいつの言ってることは正論で、反論の余地はねェ。けど、返事を書くだなんてンなこと考えてもみなかった。
つーか、考えるまでもねェ。絶対ェムリに決まってる。
何と返すべきか思いつかねーオレの口から出たのは「っせ!」という短い言葉だけだった。

「靖友、オレもそれは返すべきだと思うぜ?」
「お前までめんどくせーコト言うんじゃねェよバァカ!!」
「荒北、東堂と新開の言う通りだ。返さないのは失礼だろう」
「ア゙ァ゙!?福ちゃんもかヨ!?つーか第一、オレの柄じゃ、」
「荒北」

オレの言葉が続く前に窘められるようにもう一度名を呼ばれる。真っ直ぐと見つめてくる福ちゃんと目が合えば、それはもう観念するしかなかった。

「ダアアアッ!!わーったヨ!!書きゃァいいんだろ、書きゃァ!!」

やってヤンよ!!
メンチを切ったオレに満足げな顔を向ける東堂が無性に腹立たしかったため、とりあえずそのダセーカチューシャを上から全力で押してやった。

ああクソッ、ただ財布取りに来ただけだってのに。めんどくせェことになった。



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