うっかりしていた。そう過去の自分を呪いながら私は十数分前に通ったばかりの道を引き返していた。

家に帰っていざ手紙を書こうと机の引き出しを開けたまではよかったんだ。なのにまさか、

(レターセット切らしてたなんて……っ!)

せめてあと少し早く気づいてたら駅で買ってきたのに。
後悔したって後の祭りだ。
明日学校の帰りに買ってこようかと一瞬迷ったけれど、この興奮を抱えたままじっとしてるだなんて到底不可能で。気がつけば財布とケータイだけ持って慌てて家を飛び出していた。

冷静になって考えれば自転車で来るべきだったと気づいたけれど引き返すにしたってそこそこの距離だ。もういっそ歩きで行こう。今日は自分の馬鹿さ加減に呆れるしかない。

そんな後悔を胸に抱え歩いていれば、ふと視界の端に映ったのは茶を基調としたアンティークデザインの外装の雑貨屋。こんなお店、あったんだ。今まで全然気がつかなかった。

好奇心に釣られドアを開ければカラン、と響くベルの音。優しそうな女性の店員さんの「いらっしゃいませー」と言う声を聞きながら店内をキョロキョロと見回す。

(……あ、)

ふと目についたのは白い封筒にカモミールが描かれた便箋。
確かカモミールの花言葉は"苦難の中の力"だと、何かの小説で読んだ気がする。それは何だか荒北君に合っているような気がして。
そう思えば、決断は早かった。
これにしよう。手に取りレジに向かおうとした、その時。

ピタリ、歩く足が止まると同時に目の前に映るそれに視線が釘付けになる。思い出したのは昼間の荒北君の姿。

鋭く空気を切っていた空色に、私は再び目を奪われることとなったのだ。




:




『拝啓 荒北靖友様』

いつもと同じく下駄箱に置かれていたその手紙は、これも同じくその文から始められていた。
バカみてーにキツい練習も終わり、やっと帰れると下駄箱を開ければ一番に白い封筒が目に飛び込んだのが十数秒前の出来事。

『優勝、おめでとうございます。』

綴られたシンプルな一言。けれどその言葉に目を見開いた。
見に、来てたのか。その事実がオレの脳をぐわり、大きく揺らす。

『初めて貴方様をお見かけして以来、綺麗なあの空色が私の目に焼き付いて離れません。その空色が目の前を駆け抜け、誰よりも早くゴールする様子を見た時、私は感動を抑えきれませんでした。』

こいつの言う空色が、あの自転車だということに気づくのにそう時間は要らなかった。
あの日、鉄仮面が乗っていた自転車。全部アレから始まった。それから毎日バカみてーに練習して、あの自転車に乗ってレースで優勝して。

お前には今、どう映ってンだ。

するりと零れ落ちた問い掛けにもちろん返事はねェ。
その代わりとでも言うように続く言葉に視線を落とした。

『お祝いの気持ちと益々のご活躍への願いを込め、心ばかりの品物ではありますが贈らせていただきます。お納めいただければ幸いです。』

その言葉で靴箱の奥の方、そこに自分にはおよそ似つかわしくない薄いピンクに白で小花があしらわれた、いかにも女子が好きそうな袋が置いてあることに気づく。
開けてみりゃァそれは、俗に言うスポーツタオルだった。模様も何も描かれてねェシンプルなそれは、あの自転車と同じ色をしている。

そういや新しいタオルなんて、ンなのいつぶりだろーなァ。
これが昔みてーにボロボロになる頃、オレはどうなってンだろう。そしてその時、こいつは、

そこまで考えてから頭を振る。

んなコト考えてたって仕方ねェ。考える暇があンなら練習しろ。

続く最後の結びの文まで読み終えて、手紙を封筒の中へ戻そうとしたその時。その手がふと止まる。
それに気づいたのは、ただの偶然だった。

消しゴムで消された文字の跡。
本文の最後、本来続くはずだったその言葉。
自分でも理由はわかんねェけど無性に気になって、目を細めて紙を近づけて見る。そこに並べられた言葉の羅列の意味を理解した瞬間、思わず目を見開いた。

"また応援に行っても、手紙を出してもいいですか。"

まるで不安を表したように、その文字は少し歪んで並んでいた。

もともとてめェが勝手に出してきたんだろ。そのくせ、なんで今さらンなこと聞いてくんだ。

ホンットにこいつ、

「……バッカじゃねェのォ」

消すくれーなら、 書いてンじゃねェよ。
不安がるなら出すな。

ビリリッと音を立て、紙が一枚切り離される。
殴るように文字を書き連ねながら頭の隅に残った理性が何やってんだと自身に問い掛けた。

こいつがまた来る可能性なんてモン、どんだけあるかわかんねーのに。バカは一体どっちだ。

それでも最後の一文字を書くまで手は止まらねェんだからきっと、オレもこいつも両方バカなんだろうな。

書き終えたそれを乱雑に二つに折って自分の靴箱に放り込み、その場を後にした。




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