6限目の授業が終わったあと、全校一斉に掃除の時間となる。グループごと毎週掃除場所が変わり、今週名前は教室がある棟の階段の掃除当番だった。名前は雑巾を水で濡らし絞ったあと、一段一段丁寧に拭いていく。移動やゴミ捨てもあり当然生徒たちはその階段を使用するため、人通りが途切れないときには人が通り過ぎるのを待ち、再び拭きはじめてはまた人が通り一時中断。その繰り返しだ。中にはほうきで誇りを掃いている人も入ればほうきを持ちながらほかの人と話し込む者もいる。

「名字さんごめん、バケツの水変えてきてくれる?」
「あ、うん」

 誰が水を入れてきたのか、溢れそうなくらい水がバケツに入っており、名前には持ち上げるのに少し力が必要だった。水道がある流しへ行くには、階段を登る必要がある。こぼさないようにしないと。そう思いながら重いバケツを両手で持ちながら階段を登っていく。
 そこで話してる人に頼めばいいのに、なんて心の中でぼそっと愚痴を零しているとバランスを崩し、後ろのほうへよろけてしまった。なんとか片足を一つ下の段に着いたのはいいものの、バケツを着地させることが難しくなり、せめて水を撒いてしまわないようにしないとと思っているとそのバケツは誰かの手に取られた。

「あぶねーな。俺に水被せる気かよ」
「摂津くん」
「つーか重くね?こんなんあそこでしゃべってる男子にやらせろよ」
「あはは…」

 そんなこと言いながら万里はバケツを持ったまま上にあがっていく。名前はまさか持っていってくれるとは思っていなかったため、慌ててそれを追いかけた。

「いいよ摂津くん。それ返して」
「さっき水撒きそうになってたヤツが何言ってんだよ」
「うぅ…それは…」

 名前たちの教室は今名前が掃除している階段の上の階にある。万里は教室の掃除当番でありゴミ捨てのため下に降りていた。ちょうどその帰りに先ほどの場面に出くわしたのだった。
 万里は名前が一苦労して両手で持っていたバケツを軽々と片手で持ち、淡々と階段を登っていく。名前は何も言えずにそのあとをついていった。

「これ水変えるのか」
「うん」

 重いバケツを持ち上げて汚れた水を流し、そして新しい綺麗な水をバケツの中に入れていく。水が溜まるまでには少し時間がかかる。名前はここまで来たらあとは自分でやると万里にお礼を言おうとすると、名前が言葉を発する前に万里が口を開いた。

「この前はありがとな」
「へ?」
「戯曲、選んでくれて」
「あぁ、うん。練習うまくいった?」
「あーまだまだ特訓が必要だな。ぜんっぜん進歩しねぇ。特に兵頭。ってかほぼ兵頭だな」
「(…兵頭?)頑張ってるんだね、リーダーさん」
「るせぇよ」

 万里はふいっとそっぽむく。そんな万里の姿はなかなか珍しいと思いながら、水がある程度バケツに溜まったのを確認すると水道の栓を閉める。今度こそお礼を言い、バケツを持って戻ろうとすると、またもや万里にバケツを取られてしまう。奪い返そうとするがそんな名前に万里は気付かないふりをして階段へと向かっていった。
 演技の練習に悩んだりする万里を見て、いつも余裕でなんでもできてしまう万里をこんな風に悩ませる兵頭という人はどんな人なのか。名前はますます気になった。





 まだ読み終わっていない小説を読むためにカフェに寄る放課後。放課後にカフェに寄ってのんびり読書をしたり宿題をしたりすることは珍しいことではない。まわりは知らない人ばかりではあるが、名前にとっては家にいるよりも居心地が良い。
 しかしあまり遅くまでいないよう菜緒に注意されてしまったため、途中で切り上げカフェを出る。
 まだ明るいしもう少し読んでいてもよかったかななんて思いながら歩いて公園の前を通りすぎようとしたとき、クレープを食べながら公園から出てくる女子たちとすれ違い、そういえば今日は水曜日かと名前は公園を覗いた。

「あ…またいる」

 あのときの男子高校生はまたあのベンチに座っていた。また彼女と一緒なのかな。ちゃんと付き合ってくれるって優しい彼氏なんだな。名前は遠目で男子高校生を見ながらそんなことを思っていた。が、もう日が暮れる時間だ。クレープの販売車は終了時間となったのか片づけようとしていた。男子高校生は未だ一人でベンチに座っている。
 もしかして、彼女と一緒じゃなくて一人で来たんだろうか。この公園が好きなのかな。クレープが食べたいとか?何の根拠もなしに片付けようとしている販売車のところへクレープを買いに走っていく。

「あのっクレープ!…ひとつ、まだ間に合いますか…」

 慌てていたせいもあってか勢い余り声か大きくなる。やばい、と名前は声を抑えるが少し恥ずかしくなりだんだんと小さくなる。名前に気付いた50代の女性店員は嫌な顔ひとつせずに「いらっしゃい」と穏やかな笑顔で名前に対応する。このクレープ販売車は、50代女性と、バイトを含めた2人でまわっており、もう一人のバイトは大学生の女性だ。

「何のクレープにしますか?」
「えっと…」

 ただクレープを買うということばかり考えていて何のクレープにするかなんてことまで考えていなかった。何でもいいやと思い王道の生クリームチョコバナナを頼み、出来上がるのを待っていた。その間も名前はちらっとベンチのほうを見ては男子高校生が帰ってしまっていないか確認する。しばらくして出来上がったクレープを代金と引き換えに受け取り、ベンチの前を歩きながら公園の出口に向かって歩く。ベンチを通り過ぎたところでバっと振り向いてみると、その男子高校生が名前のほうを向いており視線が合う。

「あ…」
「………」

 男子高校生は名前と視線が合うとすぐに逸らす。名前は見た。確かにその視線は名前のクレープであったのを。
 この前助けてくれたこともあったし、お礼になるかはわからないがただ口をつけていないクレープを譲ろうと思った名前は、おずおずとベンチに座る男子高校生に近づいていった。






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