休日のショッピングモール。夏休み中かつ土日ということもあり、多くの人で賑わっている。そんな中、名前は菜緒とともにショッピングに来ていた。親子連れやカップル、友達同士で歩いている人の中を歩き、目的の場所へたどり着く。

「わーっいっぱいあるんだね」
「ありすぎて選ぶの大変だけどね…」

 ショッピングの目的は、浴衣選びだ。名前は十座と花火大会に行くための浴衣を買いに菜緒を誘ってショッピングモールに来ていたのだ。
 あまりにも多くの浴衣が並んでおり、目を輝かせる名前。菜緒の言うとおり、種類が多く悩ましいところだが。

「んー…悩む」
「名前だったらやっぱピンクとかがいいんじゃない?」
「そうかな?あ、この紺色もいいかも…」
「うん、可愛い。でもどっちかというと大人っぽい雰囲気だね」

 豊富な種類の浴衣を見て自分が着る姿を想像するのが新鮮だと名前は思う。楽しい。一緒に浴衣を選ぶ菜緒も楽しそうだ。名前に似合いそうな浴衣を手にとっては名前の身体に当てる。以前、服を買った時もそうだったなと思い返す。

「あれ?名字ちゃん」
「え?」

 突然名前を呼ばれる。男性の声で聞き慣れた呼ばれ方で呼ばれ、一瞬万里のことが頭に過ったが、振り返れば想像していた人物とは違う人で。

「お、王子様…」

 振り返って視界に入った人物は、茅ヶ崎至。春組の公演で初めて対面し、容姿端麗で紳士的な至の存在を名前は王子様的な存在と認識していた。案の定、至を前にして名前の目は輝く。背が高くて爽やかな笑顔に、ときめいて。

「あ、天然炸裂地味女」
「えっ、てんねんさくれつ、?」
「幸お決まりの辛辣なあだ名ワロタ」
「今日もそんな地味な服着てるの」
「…地味…」

 至と一緒にいたのは同じ劇団員の幸。どうやら二人でショッピングモールへ買い物に来ていたようだ。正しくは、幸の買い物に至が付き合わされているといったところか。幸の買い物が順調に進み、並ぶショップを覗き見ながら歩いていたところ、名前たちを見つけ声をかけたのだった。

「名前、これなんかどう?…あれ」
「あ、菜緒ちゃん」

 名前のいる場所から少し離れていた菜緒は、名前に似合いそうな浴衣を手に名前のもとへ戻ってくる。自然と至と幸の姿も視界に入り、軽く頭を下げた。すると、菜緒が持っている浴衣に視線を向けた幸が、そこに食いつく。

「それ、天然炸裂地味女の?」
「え、名前そんなあだ名つけられてたの?」
「えっあ、うん?」
「ぶふっ」

 状況が飲み込めていない名前の様子に、至は吹き出し笑う。名前の天然具合は出会ったころから、いや万里から話を聞いていたころから至のツボだった。いじり甲斐がある。口に手を当てながら肩を震わせる至を、隣にいた幸が肘で突く。

「ふーん。可愛いね、それ」
「あ、そうそう。名前、これどう?」
「うん、可愛い」
「…あんたずっとそればっかり言ってるけど選べるの?」
「だってどれも可愛いし…悩んじゃうよ…」

 自分が手に取るものも、菜緒が手に取るものもすべて可愛いと言いながら決めかねている。優柔不断でなかなか購入に至らない。
 今まで服にこだわりを抱いていなかったからか、自分に似合う雰囲気や色のイメージが沸かないのだろう。

「もしだったら幸に選んでもらったら?」
「え?」
「うちの衣装係なの、この子」
「え、そうなの?名前、選んでもらったら?」
「でも、いいの?」

 以前、夏組の公演に来た名前の服装を見て「地味」と言い放った幸。毒舌だなと思ってはいたが、あの公演の衣装を見てしまえば肯ける。あんなに素晴らしい衣装を考えるのだから、名前に似合う浴衣も探し当ててくれるのではないかと期待する。

「仕方ないから選んであげる」

 仕方ないと言いながらも嬉しそうな顔をする幸は、至に荷物を押し付けて名前の浴衣を選び始めた。いつの間にか菜緒も幸と一緒に浴衣選びをしており、名前と至が置いてけぼりの状態になる。

「今日買う浴衣でお祭りにでも行くの?」
「あっ、は、ハイ…」
「一緒にいるお友達と?」
「いえ…えっと」
「万里と?」
「え!?まっまさかそんな…!」
「じょーだん。ほんと面白いね、名字ちゃん」

 万里関連でいじられることはお決まりのようだ。名前の反応を万里がいないことをいいことにここぞとばかりに楽しむ至。しどろもどろになり、あたふたする名前の頭を撫でると肩をびくつかせた。憧れの王子様に頭を撫でられるだなんて烏滸がましいという思いと、緊張でその場に固まる。

「ちょっとインチキエリート。何してんの」
「あんまり名前をいじらないでやってくれます?」
「え、何、二人の圧こわ」

 いつの間にか浴衣を選び終えていたのか、至が名前の頭を撫でているところを菜緒と幸が捉える。鋭い視線と言葉に至は一歩下がる。

「あんたの雰囲気だと可愛い感じがいいと思う。あと淡い色。アイボリーの生地に薄いピンクの花柄とかいいかも」
「可愛い」
「あとは白地に薄いピンクと紫の撫子柄とか」
「わぁ…」

 幸が手に持ってきた浴衣はどちらもピンク要素が入っているもの。その中に紫色が入ったものがあり、名前はその浴衣を見ると今までと違う反応を見せた。

「ん?名前、これがいいの?」
「…うん」
「紫好きだったっけ」
「なんか、これがいい」

 紫色。その色を見たその時、名前の脳内に浮かんだ一人の存在。

「兵頭くんの色…」
「え」
「は?」
「ん?」

 無意識に出ていたその人物の名前に、三人は各々反応を示す。
 名前の口から発した兵頭十座の髪色は紫色だ。だからなのか、紫色が入ってるその浴衣を気に入ったのではないだろうか。

「もしかしてあんた、テンプレヤンキーと祭りに行くの?」
「え、十座?」

 名前と十座が知り合いであることは夏組公演で見送りの際に二人の様子を遠目で見ていた幸は知っていた。どんな話をしていたのかまではわからなかったが、ただの顔見知りではないことはわかっていた。しかしあの名前と十座が一緒に祭りに行くということがどうも結びつかない。
 一方で至は名前と十座が知り合いであることを知らない。万里と咲也、真澄は同じ学校であるが、別の学校である十座との接点がいまいち見当がつかない至は、名前の口から十座の名前が出てきたことに現実味を感じなかった。

「これにする」
「さっきまで優柔不断だったのに…。帯は?」
「だったら、この撫子の紫が薄めだから、濃い紫にしたらいいかも。これとか」
「うん、これがいい」

 納得がいったのか、嬉しそうな顔でこれがいい、と幸が持っていた浴衣を手に取り、自分自身に当てた姿を鏡に映した。
 この浴衣を着て十座と歩く姿を想像しているのか、名前の頬は緩んでいる。滅多に見ることのない名前の表情に菜緒は驚きつつも笑みがこぼれる。幸も至も、名前のこの表情を見るのはもちろん初めてであり、新たな一面に驚きを隠せずにいた。



「あ」
「ん?どうしたの?」

 浴衣を購入し、店を出て四人で歩いていると、ふと名前が声を漏らす。

「着付け、どうしよう…」
「あ…うち来る?あたし母親に着つけてもらう予定だったし」
「いいの?」
「ねぇ、もしよかったら俺に着付けさせてくれない?」
「え?」

 浴衣を手にしたところで着たこともなけでば着付けなんて問題外。母親も家にいるわけではないため、着付けができいないと悩みが生じた。菜緒の誘いに甘えようとしたその時、幸が着付けをさせて欲しいと願い出る。
 衣装係の幸としては浴衣の着付けにも興味を示していた。そして純粋に、地味な姿しか見たことがない名前を可愛くそして綺麗な浴衣姿に変身させたいという気持ちが溢れていた。

「ここは幸に任せたら?ついでにヘアアレンジもしてもらったらいいんじゃない?」
「でも」
「遠慮はいらないから」
「そうね、可愛くしてもらいな?兵頭とのお祭りデートのために」
「で、でーと…」
「うん。よきよき。はぁー可愛い。まじレアキャラだわ名字ちゃん」

 初々しい名前の反応に緩んだ頬を隠しきれず、心の声がそのまま漏れたかのような発言を露わにする。いつものことだと流し目な幸に、まるで不審者を見るような目をする菜緒。「デート」というキーワードに名前は少し動揺していた。

 

 花火大会当日は幸に着付けをしてもらうということになりLIMEを交換すると、駐車場に向かう至と幸と別れ、名前と菜緒はモール内のカフェで一休みをすることとなった。





「いやーまさか名字ちゃんと十座がね…」
「俺もびっくりした」
「完全に恋する女の子の顔じゃん」
「っていうかインチキエリートでれでれしすぎだから」
「いやするでしょ。あれが萌えってやつだよ幸」
「あれは見てる限り自覚なさそうだけど」
「見事なスルー。まぁ鈍感そうだもんな。十座も」
「テンプレヤンキーが恋…」
「想像つかないな。ま、とびっきり可愛い名字ちゃんの画像全裸待機してるんで」
「任せて。テンプレヤンキーも驚くような可愛い姿にしてみせる」

 車を運転する至の隣の助手席に座る幸は楽しそうな顔をしていた。




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