夏休み中のとある水曜日の夕方、名前と十座は公園で会っていた。名前は菜緒と一緒に公園に足を運んでいたが、菜緒は二人の時間を邪魔しないよう公園を去り、名前と十座は二人きりなる。

「友達、よかったのか?」
「あ、うん…えっと、クレープ、買いに行こっか」
「おう」

 若干気まずく感じながらも、クレープを買いに販売車へと向かっていく。列はいつもの放課後のときよりは多く、購入までにはしばらく時間を要す。何の話を切り出そうかと考えるが思うように思考が働かない。ポケットに手を突っ込みながら名前の隣に立つ十座は何もしていないのに威圧感がある。周りの女子が十座を見ながらぼそぼそと話しているのがなんとなくわかり、十座自身も気まずそうである。そんな十座に気付いた名前は、何事もないように十座に話しかけた。

「兵頭くん、今日はどれにするの?」
「あ?そうだな、お前がこの前食べてたやつ…」
「あ、キャラメルアーモンド?」
「あぁ、それにする。お前は?」
「じゃあわたしも兵頭くんが頼んでたいちごと生クリームとチョコのやつにしようかな!あ、でもカスタードのやつも美味しそう…んー…どうしよう」
「ふっ」
「…何で笑ったの?」
「いや。で、どれにするんだ?」
「…まだ迷ってる」
「今日食べれなかったやつは今度まだ来て食べればいいだろ」
「!うんっ」

 今度また来て食べればいい。次もまた会えるし、次もまた一緒にクレープを食べられる。名前はそれが嬉しくて、満面な笑みを漏らす。十座はそんな名前の笑顔を見て、優しく微笑むのだった。

「あら、今日は一緒なのね」
「こんにちは!」
「うす」

 順番が来て店員が名前と十座の姿を見ると、にっこりと笑って声をかけた。名前の嬉しそうで元気そうな顔を見て、店員も自然と嬉しくなる。心なしか十座も嬉しそうな表情をしているのが伺えると、ほっこりとした気持ちになっていた。
 二人がクレープを買い終えると、またいらっしゃいと店員に見送られ、先程のベンチへと戻った。

「ん、いちごのクレープおいしっ」
「このキャラメルアーモンドってやつもうめぇぞ」

 一人で食べた時にはこんなに美味しかったかなと思うほど、今食べているクレープが美味しく感じる。同じ店の、同じ人が作っているクレープなのに、一人で食べていたときよりも、十座と食べている今のほうが美味しいと不思議な気持ちになる。隣で美味しそうにクレープを頬張る十座を見るのが、名前は好きだと思った。

「あ、次の公演は秋組なんだよね?」
「あぁ。今それに向けて稽古してるところだ」
「兵頭くんも出るのかー。楽しみだな」
「…来るのか」
「うん。摂津くんも来いって言ってたし、ここの劇団の演劇面白くて毎回観たいと思っちゃう」
「そうか。そういや摂津と同じ学校だったな」
「うん、同じクラスなんだ。摂津くん、秋組のリーダー頑張ってるみたいだね」
「あの野郎、文句ばっかでうるせぇだけだろ」
「あー…でも文句言いながらも図書室で戯曲借りたりして練習に付き合ってやるんだって張り切ってたよ」
「………」
「兵頭くん?」

 十座のクレープを食べる動作が止まり、黙り込む。俯き地面の一点を見つめ、眉間に皺が寄る。もやもやとした気持ちが湧きあがり、十座の胸がざわついた。
 名前は黙り込んでしまった十座の顔を覗き込み、十座を呼ぶ。すると、十座は眉間に皺を寄せたまま覗き込まれた名前の顔を見つめた。もともと鋭い目つきだから、睨みつけられているような感じがし、名前はびくっと肩を揺らした。

「あ…」
「…摂津と仲いいのか」
「え?」
「いや…なんもねぇ。わりぃ、気にすんな」

 名前の怯えた表情に気付いたのか、はっとして十座は名前から顔を逸らした。眉間の皺がなくなり、もとの表情に戻ると食べかけのクレープを口に運んでいく。
 十座に顔を逸らされ、何か悪いこと言ってしまったのだろうかと不安になる名前。とりあえず謝ったほうがいいのだろうか。また気まずい雰囲気になってしまったことが嫌で、「ごめんね」と声に出そうとしたとき、十座が話し出した。

「なんか…今日はいつもと服が違うんだな」
「へっ」

 突然、着ている服のことを言い出したため、動揺を隠せない名前。

「あの、変、かな…」
「なんつーかその…似合ってる」
「…ほんと?」
「あぁ」
「あ、ありがと」

 「似合ってる」その一言が嬉しくて、頬が緩む。菜緒に無理矢理買い物に付き合わされたと思ったら、まるで人形のように次々に試着させられた数時間前の出来事に感謝することになるとは思ってもいなかった。
 気付けばお互いにクレープを食べえていた。

「夏休み中はずっと稽古なの?」
「あーそうだな。実家にも帰ったりはする」
「大変だね…課題とかもあるでしょ?」
「あぁ。あれが毎年困る。終わるのいつもギリギリだな」
「勉強、苦手?」
「得意ではねぇな…」
「ふぅん。今度、一緒にやる?」
「は?」
「わからないところあったら教えるよ」
「いいのか…?」
「うん。いつも行ってるお気に入りのカフェだと勉強も捗るし!」
「…助かる」

 成績がトップクラスというわけでもないが、授業は真面目に受け、課題もきちんと熟している。テストでの学年順位も全体的には上位のほうをキープしている名前。時折菜緒にも勉強を教えることがあり、人に教えることは得意なほうだ。会える口実とまではいかないが、一緒に課題をしようと提案したのは、無意識に十座にまた会いたいと思ったからであろう。

「あ、そうだ!ちょっと来て!」
「あっおい、!」

 突然思い出したように声をあげ、十座の手首を取りベンチから立たせて引っ張りながら公園の出入り口に向かって歩き出す。そんな名前に引っ張られながらも名前の後をついていく十座。名前に掴まれた手首に目線をやると、急にその場に熱が集まったような感じがした。当然振り払うなんてことできなかった。

「ね、これ一緒に行かない?」
「…花火大会?」
「菜緒ちゃんと一緒に行こうと思ったんだけど、菜緒ちゃんは彼氏と行くから一緒に行けなくて。花火も毎年家から見てたんだ」
「…」
「こういうの、行ったことがないから行ってみたいんだ…」

 寂しそうな顔で掲示板のチラシを見つめる名前の横顔を見つめながら、ふと昔のことを思い出す。弟を連れて花火大会へ行った時のことを。
 屋台が並び、浴衣姿をしたたくさんの人で賑わう中を歩く。人混みで歩きづらいが不思議と楽しい空間に思えた。河川敷で打ち上げられる花火の大きい音、夜空に咲く花から放たれる眩しい光に感動すら覚えた記憶がある。
 そんな花火大会の雰囲気を味わったことがない、感動的な花火を間近で見た経験がない名前のことが十座にとっては不思議だった。

 名前の寂しそうな顔にもどかしさを感じる十座。

「友達といかなくていいのか?」
「え?」
「他にも一緒に行くやつとかいねぇのか」
「菜緒ちゃん以外、一緒に遊んだりする人あんまりいないから…」
「そうなのか…」
「それにわたし、兵頭くんと一緒にいたり話したりするの、楽しいの」
「………」

 一緒にいて楽しいと言われることなんてなかった。近寄ってくる人も少ないし、劇団に入ってやっと人との距離が縮まったところだ。まだそこまで多く関わりがない中でそんな風に思われていたなんて想像もしていなかった。驚きのあまり、十座は黙りこんでしまう。
 そんな十座の姿に名前の不安が募った。迷惑だっただろうかと急に反応が怖くなり、掴んでいた十座の手首から手を離す。

「ごめん、嫌ならいいの。今の話、忘れて…?」
「空けとく」
「え、」
「この日…稽古の日じゃねぇから、大丈夫だ」

 ズボンのポケットからスマホを取り出してスケジュールを確認する十座。秋組の稽古日でないことを確認すると、この日に花火大会の予定を入れた。

「いいの…?」
「行ったことねぇなら行くべきだ」
「…うん!ありがとう、兵頭くんっ」

 十座と花火大会に行けることになり、名前の気持ちが高揚する。花火大会のチラシを見て目を輝かせ、名前もスマホのカレンダーに花火大会の予定を入れた。
 帰りには頑なに断る名前に構わず、十座が名前を家まで送っていく。
 背後に沈んでいく夕日に照らされ、前の地に伸びて並んだ影を見て名前はふと思う。自分と十座の影の長さの差、そして久しぶりに隣を歩く十座をちらっと見ては、やっぱり背が高いなと名前はしみじみ思った。

「兵頭くんって身長何センチ?180センチはあるよね…」
「185だ」
「わぁ…高いねぇ」
「お前は…150センチくらいか?」
「なっそんな低くない!」
「そうか?」
「…155かな」
「変わらねぇだろ」
「5センチも違うんだよ!?」
「あ、あぁ、そうか…」

 背の低さのコンプレックスを持つ名前は身長には敏感だ。十座の軽々しい言葉に大げさに反応した。その勢いに十座は身を引く。
 そんな十座を余所に、菜緒が湊と隣同士で寄り添って歩いていたのを思い出す。いいなぁと思っていたことを自分自身が体験しているこの状況が、むず痒く感じていた。

 名前の家に着き、じゃあと去ろうとする十座を名前は引き留めた。そして、LIMEを交換しようと切り出す。
 今日公園で会おうと予定したのはよかったが、時間を決めずにいた状態で連絡先を知らないのはとても不便だった。また一緒に勉強をしたり、花火大会に行くことが決まった以上、連絡先を交換しておいたほうが良いし、何より繋がりができる。十座は快くLIMEの交換に応じた。

「じゃあまた連絡するね」
「おう」
「ばいばい」
「またな」
「うん、またね」

 次に会う約束もでき、「またね」という言葉で次も会えるんだと実感がわく。
 十座の後ろ姿を見ながらスマホを開き、登録された「兵頭十座」の文字を見て、緩んだ頬とにやけ顔。スマホを胸に抱き、弾みながら家の中へと入っていくのだった。




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