「ふふっ」
「…ねぇ、さっきからにやけすぎなんだけど」

 水曜日の昼下がり、名前は菜緒とともにファストフードにいた。暑い中、外にも出たくないと言う菜緒を無理やり外に連れ出した名前。夏休みのせいか、多くの人々が店内を行き交う。人ごみは苦手である名前だが不快な気分ではなかった。というのも、今日は水曜日。十座と公園でクレープを食べる日だ。

「っていうか何でファストフード…」


 普段はカフェを利用し、ファストフードに足を運ぶことがない名前がなぜファストフードに入ったのか。

「だって、あんまり多く食べられないから」
「それにしてもポテトとドリンクだけって…」
「だって…このあとクレープ食べるし…」
「あぁ、そういうこと」

 名前から「今日予定がなかったらお昼一緒に食べよう」とLIMEを受けた菜緒は、ファストフードの場所も指定してきた名前にもの珍しさを感じ、何かあったのではと嫌な予感を抱いたまま名前と待ち合わせたのだった。待ち合わせたときの名前といえば、嫌な予感とは裏腹にけろっとした表情で、菜緒がどうしたのかと問うと「なんか今日は落ち着かなくて」ともじもじし始めた。
 いったい何があったのだ。疑問を抱きつつ、ファストフードに入り今のこの会話でなんとなく名前の心情を菜緒は悟った。

 十座と会う当日になった今日、起きてからなんとなく落ち着かなかった名前はいてもたってもいられず菜緒を誘った。クレープのためにお腹を満たしたくないためお昼は軽くしておこうという思いでファストフードを選んだ名前は、十座に会うことをとても楽しみにしていた。

「何時に会うの?」
「え?」
「待ち合わせの時間」
「…あ」
「え…嘘でしょ」
「夕方、かな…?いつもそうだったし…」

 何も考えずに今日公園で会うという抽象的な予定に菜緒は呆れた表情を見せた。聞けば連絡先も知らないと言う。会う予定を立てたその時点でお互いに連絡先を聞かなかった名前と十座。何も考えずにただクレープ販売車が来る水曜日に公園に行こうと言っていたのだ。今までは学校帰りの放課後に公園に寄っていたのだが、今は夏休み中だ。いつも夕方だったからと、名前はいつも寄る時間に行こうと考えていた。

「もし兵頭がもういたらどうすんのよ」
「え?」
「はぁ。とりあえずさっさと食べて公園行くよ」
「えっ」
「あ、公園に行く前にちょっと寄るところあるから」
「寄るところって?」
「いいからはやく食べて」
「あ、うん」

 まだ少し残っているポテトを食べ、飲み物を飲み干してからファストフードを出ていく。そこから公園とは逆の方向に歩いていく菜緒についていく名前。たどり着いた先は、駅ビル。中に入ると、ファッションフロアへと向かった。

「菜緒ちゃん、何か服買うの?」
「ん、まぁ」

 高校生にとってリーズナブルな価格の服が揃うテナントを見渡しながら、目についた店の中に入っていく菜緒に名前は慌ててついていく。

「名前ってスカート持ってる?制服以外で」
「ううん、持ってない」
「そっか。んーこれ似合そうね」
「ん?」

 菜緒はいくつかスカートを手にし名前に当てて全身チェックする。そして名前に持たせ、店員さんへ試着室の空きを確認すると名前をそこへ連れて行き試着するよう言う。

「え、わたしが?!」
「ほかに誰がいるのよ」
「菜緒ちゃんじゃないの?」
「あんたね、いつもTシャツとパンツばっかりだけど、そろそろオシャレに興味持ったほうがいいと思う」
「う…」
「ほらはやく着てきて」

 いくつか試着して決まったのは、シンプルな淡い水色のワンピース。夏ということもあり清涼感を感じさせる色を選択した。最後にワンピースを着たのはいつだっただろうか。慣れなくてもぞもぞしてしまう。やっぱり買うのはやめようとも思ったが、たまにはいいかと腹を括った。

購入したワンピースをそのまま店で着替え、駅ビルを出て公園に向かう。公園の入り口に着いて目に入った掲示板に貼られている花火大会のチラシ。

「菜緒ちゃん、今年の花火大会も桜井くんと行くの?」
「うん、その予定だよ」
「そっか」
「…誘ってみたら?」
「ん?誰を?」
「誰をって…流れ的にわかるでしょ。兵頭だよ兵頭」
「え…!?」

 菜緒の提案に名前が動揺すると、菜緒はにやりと笑いながら公園の中へと入っていく。慌てて名前も菜緒を追いかけるように公園へと入る。
 夏休みともあって親子連れが多く、クレープ目当てなのか女子学生もそれなりにいる。公園内に入り周りを見渡すが十座の姿はまだ見えなかった。
 
「あれ、あの人…」
「ん、知り合い?」

 名前の目線の先にはいつかのようにベンチに寝ころんでいる密の姿があった。そのすぐ傍にはあの時と同じ野良猫もいる。多くの人で賑わう中でぐっすりと気持ちよさそうに眠っている密の姿に少しばかり感心していると、密に近寄る人影が目に付いた。

「もう、密くん。またこんなところで」
「…ん〜」
「稽古なんだからはやく帰るよ」

 これもまたいつかのように紬が密を迎えに来ていた。こういうことは日常茶飯事なのだろう、手慣れたように密を起こしベンチから立ち上がらせると野良猫もベンチから飛び降りる。公園の出入り口へ向かってくる紬が、名前に気付き「あ」と声を漏らした。

「えっと…名字さん?」
「え」
「ごめんね、この前万里くんが呼んでたから。月岡紬っていいます」
「あ、名字名前です」
「万里くんと同じ劇団の冬組に所属しているんだ」

 紬が冬組に所属していると聞いて線が繋がった。十座とコンビニにいた紬が、万里と一緒にカフェに来ていることに疑問を抱いていたが、同じ劇団に所属しているのであればまったく不自然ではない。

「十座くん、今日は稽古が終わったら公園に行くって張り切ってたから、時期に来ると思うんだけど…」
「え、なんでっ」
「んー。なんとなく?」

 一言も十座の話を出していないのに、紬から十座の話が出てきて名前は驚いた。そしてなんとなく読まれているような気もして、恥ずかしさも入り混じる。十座の名前が出てきた瞬間に名前ドキッとした。

「張り切ってたって…あの兵頭がですか?」
「なんか、いつもと感じが違った気がする…」
「あれ、密くんも見てたんだ」
「久しぶりにここのクレープを食べられるから、楽しみだったんですかね」
「…ん?」
「あははっ、それもあるかもね?」
「それも?」
「あ、もう稽古があるから行かなくちゃ。今度、冬組の公演も観に来てね!」

 紬は名前の疑問をはぐらかすように密を連れて公園を出て行った。どういう意味だろうとは思いながら公園から去っていく紬たちの後ろ姿を見送った。ぼーっと見送る名前に菜緒が声をかけ、先程まで密が寝ころんでいたベンチに移動し座った。そしてしばらく二人で話していると、菜緒が何かに気付いたように声をあげた。

「名前、来たみたいだよ、ほら」
「あ…」

 菜緒の声に名前は顔を上げると十座の姿を捉えた。すると次第に心臓の鼓動が高鳴っていく。両手をぎゅっと握り息を呑んだ。隣で菜緒が十座を呼び招きすると、十座も名前たちに気付き、少し慌てたように駆け足で近づいてくるのを名前は少し緊張しながら待っていた。

「わりぃ、待ったか」
「あ…っううん、全然!」
「じゃあ、わたしは帰るね」
「え!?」
「この後予定あるの」
「え、きっ聞いてないよ菜緒ちゃん!」
「言ってなかったっけ?」
「聞いてない!ねぇ待って、一緒にクレープ食べよ?」
「何で兵頭と一緒にクレープ食べなきゃならないの。ていうかもともと二人で会う予定だったんでしょ?じゃ、兵頭、名前のことよろしくね〜」
「お、おう…?」
「ちょっと菜緒ちゃん!」

 予定があると言って菜緒は二人のもとから去っていく。予定があるというのはもちろん嘘。せっかく久しぶりに二人で会えるのだから、邪魔をしてはいけない。菜緒は十座に名前を託し、晴れた気分で公園を出て行った。
 今日の話をいつ聞きだそうかとわくわくしながら。





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