蒸し暑い不快感の中学校が休みであるのにもかかわらず朝はやくに目が覚めた名前。じわりと汗を流すべく、シャワーを浴びる。浴室を出てドライヤーをかけながら、今日は何をしようかと考える。
 部屋に戻りスマホを手にすると、LIMEの受信を知らせるランプが点灯しており誰からだろうと思いながら開く。

「お母さんだ…」

 母親からの珍しいLIMEに目を見開きメッセージを読むと、今日の夕方自宅に帰るとの旨だった。
 なかなか親と関わることができずにいる名前にとって良い知らせなのだろうが、逆に何を話せば良いのかと思う。学校生活のこと、学業の成績のこと、そして進路のこと。
 夕方に帰ってくるのであれば、夕飯を作っておこう。昼はカフェか図書館で夏休みの課題をし、帰りに夕飯の材料を買って帰るという予定が決まり、名前は出かける準備を始めた。



 お気に入りの小さなカフェ。夏休みではあるが午前中の開店時間のすぐ後であれば人は少なく席を確保できる。朝食もまだ済ませていない名前はそのままランチをして課題を進めていくことにした。
 気づけばランチタイムも終わりカフェタイムとなっていた。課題も進み、満足した名前は残っていたアイスティーを飲み干し店を出ようとした。

「あれ、名字ちゃんじゃん」
「あ、摂津くん」

 店を出ようとするとレジに並んでいる万里に声をかけらる。まさかここで会うとは思わずきょとん顔になる。

「何してんの?一人?」
「うん。課題してたの」
「課題…ほんと真面目だよな…つーかなんだよその格好…」
「え…変かな…」
「いや変っつーか…」

 Tシャツにジーンズという簡単な服装を身に纏う名前を万里は若干呆れたような目で見る。実のところ、以前舞台を観に行ったときの格好も同じような格好ではあった。そのときには何も言わなかったが、さすがに気になったようだ。せめてこういったカフェに来るときぐらいはもう少し格好を考えたらどうかと。

「万里くん、お友達?」
「あー、クラスメイトっす」
「「あ…」」
「んあ?」

 万里と一緒にいた人物が万里に声をかけ、万里の話していた名前を見る。同時に万里に声をかけた人物を見た名前。お互いの存在を認識すると揃って声を漏らす。
 万里と一緒にいたのは紬だった。以前、夜のコンビニで顔を合わせていた二人。お互いがお互いを覚えていた。

「君…」
「お次のお客様どうぞー」
「あ、じゃあわたし行くね、またね摂津くん」
「お、おう」

 レジの順番が来た二人の邪魔をしないように店を出ていく名前。邪魔をしないようにというのは半分口実で、逃げてしまったというのもある。
 何で逃げてしまったのか。あの日十座と一緒にいた人だったから?だったらどんな関係か聞くべきだったのではないか。もしかしたら十座と会えるきっかけになるかもしれなかったのに。それに、何で万里と一緒にいたのか。カフェを出た名前は急ぎ足で歩きながら頭の中で考えていた。そこまで器用ではない名前にはあの場で紬に声をかけることができなかった。
 一方でレジの順番になって注文をしていた紬も、十座を心配する身として店を出ていく名前を引き留めてでも声をかけるべきだったと後悔していた。万里に知り合いかと問われたが、紬はあえて「コンビニで会ったことがある」としか答えなかった。



 帰り道、公園の前を通りふと入り口にある掲示板を見て目に入ってきた知らせに足を止める。

「花火大会…」

 夏恒例の花火大会。人ごみが苦手である名前は会場に行くより、遠くからでも花火が見えるところで静かに見るほうが良いと思うタイプであり、毎年ちょうど良く見える家のベランダから花火を堪能していた。でも毎年一度は行ってみたいと密かに思っている。浴衣を着て、屋台を巡って、近くで迫力のある打ち上げ花火を見てみたい。後に、テレビの特集で映し出される花火大会の会場の様子を見ては人は多いけど楽しそうだなと思っていた。
 菜緒を誘ってみようとも考えたが、去年彼氏である湊と行って楽しかったと話していたことを思い出し、今年も一緒に行くんだろうなと思い、結局一緒に行く人はいないため今年も家のベランダから花火を見ることになるのだろうと苦笑いをもらす。

 スーパーに寄ってから家に帰ると玄関にいつもは見ない靴があることに気付く。誰のものであるかは聞かなくともわかる。今日帰ると連絡があった名前の母親のものだ。名前は母親の靴であることがわかると急いで靴を脱ぎ、リビングへと向かう。

「お母さんっ」
「あら、おかえり。どこかへ行ってたの?」
「うんちょっと…あ、今日はわたしがご飯作るから!仕事は落ち着いたの?しばらくは家にいる?」
「それが急にまた仕事が入っちゃってこれから行かなくちゃならないの」
「…え?」
「大事な仕事なの。お父さんも忙しくて帰れないみたいだから悪いんだけどまた留守頼める?」
「そ、そんな…」

 久しぶりの再会もつかの間、急遽入った仕事でまた留守にすると名前に伝えらえる。名前は母親を止めることができず、出かける準備をする母親をただ見ていた。そんな名前を気にも留めず、テーブルに必要分のお金が入った封筒を置き、出て行こうとする。名前の横を通り過ぎる母親の腕を掴もうとするが、タイミング悪く掴むことができなかった名前の手は宙に浮いたまま。玄関の戸が閉まる音が聞こえ、母親が家から出て行ったことがわかると宙に浮いていた手の力が抜けた。静かになる家の中。

「…ご飯、作ろ」

 朝から舞い上がっていた気持ちが一気に沈み、部屋の中に漏れたため息がやけに大きく聞こえた。







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