名前が通う花咲高校は明日から夏休みに入る。終業式が終わるとホームルームで夏休み中の注意事項や課外授業について説明を受け、午前中で学校も終わった。
 ホームルームが終わり帰る支度をしていると咲也が教室に入って来て名前へ声をかけた。

「名字さん!」
「佐久間くん、どうしたの?」
「これ、夏組のフライヤーなんだけど…」
「ありがとう。わぁっ猫かわいい!」
「へへっ。あ、チケットいつ渡そう…」
「んー。あ、図書室が開室してる日はわたしも図書委員の仕事で来てると思うから、その時にどうかな?」
「うん、そうする!俺も戯曲借りたいし」

 夏組第二回公演「にぼしを巡る冒険」のフライヤーを受け取り、折れてしまわないようにクリアファイルの中に収めると、鞄の中に入れた。咲也は、名前と一緒に来ていた菜緒にもフライヤーを渡す。菜緒は名前がもらったフライヤーを見ればいいと思っていたが、笑顔で渡されたら断ることができずありがとうと言って受け取る。するとその場を見ていた同じクラスの万里が名前たちの会話の中に入ってきた。

「お、夏組の公演来てくれんのか。ありがとな、名字ちゃん」

 そう言いながら名前の肩を組んで顔を近づけてはにっこりと笑顔を見せる万里。名前は当然慣れていないその行動と万里の整った顔に戸惑いを隠せず顔を赤くし固まる。菜緒は万里の腕を名前から離すと名前と万里の距離をとるよう二人の間に割り込む。

「ちょっと。慣れ慣れしく名前に触らないでっていつも言ってるでしょ」
「あぁん?つかお前も来んの?」
「行きますけど何か。別にあんたを観に行くわけじゃないし」
「でもそのあとにある秋組の公演も観に来てくれんだろ?」
「あぅ…うん」

 菜緒の後ろで固まっている名前を覗きながら万里がそう言うと、名前は恥ずかしさのあまり控えめに返事をする。その後も菜緒と万里の言い合いがいつもの如くヒートアップし、名前も咲也も苦笑いだ。そんな中咲也はこっそりと名前に声をかける。

「名字さん、最近元気ないみたいだけど、大丈夫?」
「え…?」
「万里くんも言ってたよ」
「摂津くんが…?」
「うん。からかい甲斐がないってつまんなそうにしてる」
「えぇ…」

 万里は名前の反応見てからかうのが楽しみの一つとなっているようで、最近は名前の反応が思わしくないことを咲也に話していた。

 十座にもう関わるなと言われ、名前は今までにないほど落ち込んでいた。菜緒に話した時には何故一人で欧華高校まで行ったのかと怒られ、最終的には「ごめんね」と謝られた名前だったが、誰のせいでもないと笑って見せた。とはいえ、あからさまに落ち込んでいて時折上の空。いつもの名前じゃない、と他の友人からも心配の声があった。

「何かあったなら相談に乗るよ?」
「ううん、大丈夫。ありがとう、佐久間くん」

 咲也の笑顔に癒され、名前も自然と笑顔になる。その傍ら、菜緒と万里の言い合いは続いていた。
 しばらくすると菜緒を呼ぶ声が教室の外から聞こえてくる。

「菜緒?帰んぞー」
「あ、湊」

 ドアから教室を覗き、菜緒に声をかけたのは菜緒の彼氏、桜井湊。菜緒は湊の姿を確認すると万里との言い合いを強制的に終え湊のもとへ向かっていく。そして菜緒は万里に勝ち誇ったような顔をし、万里は負けたような気がしたのか「ちっ」と舌打ちをしそっぽを向く。

「湊、はやく帰ろ」
「いいのか?」
「うん。名前も途中まで一緒に帰る?」
「え!いいよ、二人で帰って?」
「ん。夏休み、遊ぼうね!また連絡する!」
「うんっ」

 菜緒は湊の腕に自分の腕を絡ませ、教室を出ていく。相変わらず仲がいいなぁと思う反面、いいなぁと名前は羨ましそうに二人を見つめていた。

「じゃぁ名字ちゃんは俺たちと一緒に帰ろうぜ!」
「うわっ!?」
「ちょ、万里くんっ」

 万里はまだ教室を出て間もない菜緒に聞こえるようにわざと大きな声を出し、再び名前の肩に腕を回す。咲也はその反動でよろけそうになった名前を反対側から支えた。菜緒は湊を引きずりながら教室へ戻り、「名前!やっぱり一緒に帰るよ!」と万里から名前を離すのだった。



 菜緒たちと途中まで一緒に帰っている途中、名前は話に混ざりながらも菜緒と湊の様子を伺っていた。手を繋いで仲良さそうに歩く二人はとてもお似合いだ。菜緒はやっぱり幸せそうな顔をしていて、湊も負けないくらい愛おしそうに菜緒を見る。自分も、十座と並んで歩いたらと、ふと思う。
 自然の流れで隣を歩いたことはある。でも隣を歩くことに何の意識もなかった。当然だ。お互いの関係はお互いが友達以下であると思っているから。菜緒と湊が隣同士で歩く距離感を見ていると、自分もこんな風に十座と歩いたらどんな気持ちになるのだろうと考える。繋いでいる二人の手を見て、十座の手は大きくて温かいんだろうなと思う。十座にあんな風に見つめられたらと思うと想像だけで胸の鼓動が高鳴って顔が熱くなる。そこまで考えて、はっと我に返り頭の中で考えていたことを振り払うように首を振った。

「名前?」
「ぅえっ!?」
「え、どうしたのそんなに慌てて…」
「ううんっ何も!」
「名字、なんか顔赤くね?」
「あ、本当…さては兵頭のことでも考えてた?」
「なっ何言ってるの菜緒ちゃんっそんな訳ないじゃんっ」
「いや焦りすぎでしょ」

 名前は「今日暑いね」なんて言いながら顔を手で仰ぐ。確かに真夏だから暑いのは変わりないが、明らかにそういう暑さじゃないだろうと二人は思う。思考と胸の高鳴りが落ち着いた頃、名前は俯きながら呟く。

「兵頭くんとはもう会えないんだから、考えたってどうしようもないじゃん、ね」
「名前…」
「ん?兵頭って、O高の?え、何お前ら知り合いなの?」
「しっ。後で話すからちょっと黙ってて」
「お、おう…」

 肩に鞄の持ち手をぎゅっと握り、静まった空気と暗くなってしまった会話に申し訳なさを感じた名前は寄るところがあると言い菜緒たちを別れる。足早に去っていく名前を菜緒は止めることができず、遠ざかっていく後ろ姿を心配そうに見送った。

 名前は先ほど空気を乱してしまったことを後悔し自己嫌悪に陥っていた。ため息をつきながら暑い日差しの中歩く。
 明日から夏休みだ。学校のない時間が好きではない名前にとっては憂鬱な長期休みだ。学校の図書室の開室日も限られている。菜緒とは何度か会うだろうけど、他の友達と会って遊ぶ予定もない。当然家族旅行に行くわけでもない。出された課題よりも、毎日をどう過ごすか考えるほうが名前にとっては難題である。

 夏休みなんてなければいいのに。名前はまだ始まってもいない夏休みがはやく終わって欲しいと願うのだった。






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