放課後の図書室。窓からオレンジ色の夕日が差し込む中、図書委員である名字名前は静かな部屋の中で本の貸し出しや整理をする。
 花咲学園に通う名前は、今年高校3年生になり本格的に受験生となった。とは言えまだ春の終わりであり部活の引退時期も過ぎていない。各部最後の大会に向けて練習に励んでいた。名前は特に部活をしているわけでもなく、図書委員の仕事をしつつ、集中力が切れると手を休めてグランドで部活をする様子を見る。遠くから聞こえてくる吹奏楽部が鳴り響かせている楽器の音をBGMにして。そして、一緒に帰る約束をしている友人、高崎菜緒の部活が終わるのを待つ。

「お待たせ名前!」
「菜緒ちゃん!お疲れさま」
「ありがと。帰ろっか」
「うん」

 1年の頃から名前と一緒のクラスの菜緒はバスケ部に所属している。容姿は綺麗で美人。髪は短い。性格はサバサバしていてかっこいい。すごく頼りがいがあって優しい。こんな人が彼氏だったらいいなと名前は何度乙女思考になったことか。

 まだ少し明るい夕暮れ時。家が比較的近い名前と菜緒はよく一緒に帰るのだ。時期によっては菜緒の部活の練習が長引いて一緒に帰ることができず、その時は名前一人で帰路に着くこともある。


「そうだ。しばらく強化練習になるから、部活が終わるの少し遅くなるんだ。だから一緒に帰れない日が多くなるかも」

 大会が近くなると一緒に帰れなくなることが多い。

「うん、わかった」
「ごめんね」
「ううん!今年も応援に行くから頑張ってね」
「ありがと〜!」

 名前は毎年、バスケの大会の日は応援に行ってる。小学生のころからバスケをやっていた菜緒は、1年生のころから選手として活躍していた。そんな菜緒の活躍を見るのが名前は大好きなのだ。

「あ。へぇ、クレープの屋台かぁ」
「この公園に来るんだ。毎週、水曜日?」

 菜緒は帰り道に通る公園の掲示板に貼られている一枚のチラシに足を止めた。毎週水曜日にクレープの屋台が来るという知らせだ。この公園は比較的子供が多く、学生も寄り道して帰ったりして人気のある公園。整備もされていて綺麗だし、季節の花も咲いており、名前にとってお気に入りの公演だった。

「来週からだって」
「ここ子供も学生も多いから流行りそうだねぇ」

 二人は今度学校帰りに寄ろうと思いながら、公園を通り過ぎた。



 翌週の水曜日。名前は菜緒が部活の強化練習のため一人で帰る予定だ。放課後は下校時間までいつも通り図書室で図書委員の仕事をする。

「名字さん」
「あ、佐久間くん」
「これ、返却お願いしてもいい?」
「うん、ちょっと待ってね」

 図書室に現れ名前に声をかけたのは佐久間咲也。同級生で、今はクラスが違うけど2年生の頃に名前と一緒のクラスになったことがある。演劇が大好きで、いつか舞台に立つことが夢だと名前に話したことがあった。そんな咲也は図書室でよく戯曲を借りている。
 名前は以前、一人でちょっと遠回りをして帰っていたら、咲也が河原で演技の練習をしているところを見てしまったことがある。熱心だな、なんて思った。声をかけることができず、しばらく練習風景をみて気付かれないように帰った名前のことを咲也は知らないだろう。
 咲也は毎度図書室に本を返しに来ては、これはこんな話で、と名前に話し、次の本を借りていく。話の内容は正直よくわからない名前だが、楽しそうに話す咲也を見て少しほっこりしていた。

 咲也が、劇団に入ったことを名前が聞いたのはつい最近のこと。もうすでに旗揚げ公演というのも終わったあとであり、名前が知るころにはもう夢を叶えていた。最初は咲也しかいなかった劇団も、監督である立花いづみが来たおかげで団員も増え、第二回公演も決まったと嬉しそうに名前に話していた。
 寮にも入っていろんな人と過ごして楽しい毎日を送っている様子を聞き、名前は少し羨ましいと思っていた。

「名字さん、よかったら次の第二回公演に来てよ」
「え、いいの?」
「もちろん!ぜひ観てほしいな」
「じゃあ、観に行ってみようかな」
「ほんと!?やった!」

 満面な笑みを見せる咲也。どんな演技を見せてくれるのか、そう考えると名前は公演を観に行くのが楽しみだった。


 下校時間になって今日も一人で帰宅する。
 そういえば、今日からあの公園にクレープ屋さんが来るんだっけ…。少し覗いてみようと名前が公園の中に入ってみると、クレープの移動販売車があって女子中高生の行列があった。中には子連れの親も。なんとなく予想はしていたが、すごい列だなと名前は少し苦笑いを零した。
 買ってみたい気もしたけど今日は諦めようと公園を出ようとすると、賑わっている場所から少し離れたベンチにぽつんと一人、紫色の髪をした学ラン姿の男子高校生が座っているのが視界に入る。じっとその行列を見ている。見ている、というより目つきが鋭く、まるで睨みつけているようだった。あの行列の中に彼女でもいるのかな、と名前は視線を追ってみるが当然わかるはずがなかった。
 気付いたら名前もその彼のことをじっと見ていたようで、彼の視線がわたしに移った。本能的にやばい、と思った名前は視線を逸らし、公園をあとにした。

 あれは、欧華高校の制服だ。わざわざこっちまで来るなんて、やっぱり彼女とのデートでクレープ屋さんに付き合っていたではないかと未だ先ほどの男子高校生のことを考えていた名前。近寄りがたい外見と雰囲気であの場にいたから男子高校生の存在が印象強く残っていた。



「ただいまー」

 玄関を入ると家の中は薄暗く、誰もいない。名前の両親は共働きである。二人とも仕事が忙しく、夜遅くに帰ってくるこもある。海外出張だったり、泊まり込みが多かったりと朝から晩まで顔を合わせることがないことも珍しくはなかった。
 昔からそうだった。名前が最後に両親とまともに話したのはいつだっただろうか。
仕事が忙しかったり、両親同士があまり仲良くなく、小さい頃に一緒に遊んでもらったり、旅行に行った記憶も名前にはない。家の中、一人でいることが当たり前となっていた。
 それなりにエリートである両親だから、経済的な問題は特になかった。必要なお金は、リビングのテーブルにぽつんと置いてあり、何不自由なく生活できている。

 だから、名前にとって友達と一緒にいられる学校に行くことは楽しいことなのだ。土日なんかなくていいのにと週末の度に思っている。退屈な授業を受けるのも苦痛ではない。
 菜緒は唯一、名前の家庭環境を知っており、名前にとっていつも一緒にいてくれている大切な存在であるのだ。

「今日は何食べようかな…」

 ぽつんと名前の声だけが、家のリビングに響いていた。








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