夜は肌寒くなるとはいえ、日中は汗を掻くほど暑くなる。半袖のシャツも汗を掻けば下に着ているキャミソールを通り越して染み込んでいるような気がする。シャツを仰げば生ぬるい風が入ってくるとともに汗を掻いているおかげで少しひんやりとする。名前のセミロングの髪が首筋に張り付く。髪の短い菜緒の髪型を見て涼しそうだなと思いながら、名前は首筋に張り付いた髪を払いのける。

「暑い〜!名前、どうにかしてこの暑さ」
「わ、わたしに言われても…」
「冗談よ、本気にしないでよ」
「…わかってるよ」
「てか今日水曜だっけ?うわ、午後体育あんじゃん。最悪」
「あ、今日…水曜日か…」

 暑さに気を取られ、曜日のことなどすっかり忘れていた。午前中最後の授業前の休み時間、菜緒がふと今日の時間割を確認しているときに今日が水曜日であることを把握する。
 そう、水曜日。先日名前は夜コンビニへ買い物に行った際に十座と偶然出会い、送ってもらったお礼に「次の水曜にクレープ屋に一緒に並んでほしい」とお願いされていた。その水曜日が今日である。





 実はあの日送ってもらったその日から水曜日を待ち遠しく感じていた名前。十座にまた会えると思うとはやく水曜日が来ないかとわくわくしていた。土日を挟んで学校が休みの日でも、普段なら誰にも会うことがないつまらない休日でもその楽しみがあることで気分が違っていた。クレープの販売車が来るわけでもない土日の公園にも、十座が公園にいるのではないかと少し期待をしながら足を運んでみたものの期待は外れ、十座がいることはなかった。それでも、次の水曜日にここで会える。そう思ったら自覚なしに頬が緩んでいた名前。
 両日とも天気が良く、暑い中でも涼しい風が公園の木々を揺らしていた。居心地がよく、公園のベンチで読書をしていた名前。小さな野良猫が名前の足元にすり寄ってきたことに気付いた名前が野良猫を撫でようとベンチに座りながら屈むと、撫でる前に野良猫はその場を去ってしまった。「あ」と声をかけたころには少し離れたベンチのほうへとのこのこ歩いていた。そのベンチには何か袋を抱えながら横になって眠っている青年が一人。
 野良猫がベンチへ跳ねて登りその青年へと近づくと、青年は野良猫に気付いて一緒に戯れていた。野良猫と戯れている間に抱えていた袋がベンチの下に落ちる。青年は慌ててその袋を拾い、今度はしっかり座りながら野良猫と戯れていた。
 その青年も野良猫も、なんだか心地よさそうだなと名前は目を細める。野良猫が青年に甘えるように近寄る姿を見て、いいなぁと無意識に思う名前だった。

「あ、密くんこんなとこにいた」
「紬…」
「帰るよ、今日は冬組のミーティングがあるって朝言ったでしょ?」
「あ…忘れてた…」

 ベンチで野良猫と戯れている密と呼ばれた青年を迎えに来たであろう青年、紬。名前は紬の姿を見ると一瞬ではあったがあの時コンビニで十座と一緒にいた人だと見覚えのある顔に少し驚く。声をかけてみようとも思ったが、十座と友達であるわけでもない自分が声をかけるのも気が引けた。あのおっとりした青年と十座がどういった関係であるのかも多少気にもなっていた。
 紬は動こうとしない密を、抱えていた袋を奪って歩き出し、それを追いかけるように密が紬の後を追っていった。紬が名前に気付くことはなかった。
 行き場がなくなった野良猫が、ターゲットを変えるように名前に近づいてくる。足元まで来るとすり寄って、名前はその野良猫を抱き上げて抱えた。

「君はいつも一人なの?」

 返事の代わりに鳴き声をあげる野良猫。かわいいなぁと思いながら野良猫を撫でる。もう少し読書をしてから帰ろう。野良猫を自分の隣におろして栞を挟み忘れた本を開き先ほどまで読んでいたページをぱらぱらと捲りながら探す。

 キリのいいところで本に栞を挟み帰ろうとベンチから腰を上げ、次は水曜にここに来るのだと軽く意気込みながら帰路に着いた。





「名前、嬉しそうな顔してるけど今日なんかあるの?」
「へ?え、別に、なんもないよ?」
「ふーん?」
「ほ、ほんとだよ!」
「何焦ってんの」
「べっ別に焦ってなんか…!」
「しかも心なしか顔赤いし…ねぇ、まじで何?」
「なんもないってば!ほら、授業始まるよ!席に着かなきゃ!」
「ちょ、名前!」

 名前の前の生徒が席を外し空いていたところに座っていた菜緒を自分の席へ追い返す名前の顔は、菜緒が言っていた通りほんのりと赤みがかっていた。同時に、感じたことのない心臓の高鳴りに名前は戸惑っていた。なぜ自分がこんなに焦っているのか、わからなかった。
 授業中も、普段は黒板の文字を一文字も逃さずに写し先生の話もしっかり聞いて途中で問題を解く時間を与えられても真面目に解いている名前だが、今はもうずっと上の空で先生の説明もぼんやりと聞こえてくるだけでノートに書き写す手も進めては止まる繰り返し。おかげで問題スムーズに解くことができずにいた。
 時折名前の身体を冷ますかのように窓から風が入ってくるけれど、今の名前には効果は得られなかった。



 放課後までの間、何度菜緒に問いただされただろうか。名前は逃げるように話を交わし、なんとか話題を振り切った。菜緒は納得がいかない顔をしながら部活へと向かっていった。名前は申し訳なく思ったが、自分が一番状況を整理できていないのだから話すことなどできない、そう思い交わし続けていたのだ。それと、なんとなく十座の話をしたくなかった。自分だけの秘密にしておきたいと思ってしまったから。
 図書委員の仕事中、本の貸し出しや返却に来る生徒が来ると引き締まる顔も時間が帰りの時間が迫るごとに頬が緩むのを名前は自分でも感じていた。
 いつもなら帰りたくない、ずっと学校の時間が続いていればいいのにと思う名前だけど、今日ははやく帰りたいと思った。こんなにわくわく、そわそわすることが今までにあっただろうか。
 下校時間になると素早く作業を終わらせ、急ぎ足で学校を出て公園へ向かった。



 アスファルトを蹴る足はいつもより軽く、髪が踊るように揺れる。公園までの道のりってこんなに長かっただろうか。気付けば急ぎ足で歩いていたはずが、小走りになっていた。時折すれ違う人たちにぶつかりそうになりながらもなんとか避けて走り抜ける。
 公園が見えてくると一旦足を止め、深呼吸をし乱れた呼吸を整える。少しずつ、少しずつ公園へと近づく。公園の入り口を入って辺りを見渡すと、いつものベンチには十座がすでに座っていた。
 十座の姿を見つけた名前は頬を緩めながら十座が座るベンチのほうへと近づいていく。

「兵頭くんっ」
「…!本当に来てくれたのか」
「お礼、だから…」

 名前が十座に声をかけると、名前が来てくれたことに安堵する十座。半袖のシャツの下には紺色のTシャツ。暑さのせいで十座の首筋には汗が垂れていた。クレープ販売車を見るとさほど並んでいない。名前はさっそく買いに行こうと十座を誘う。
 一緒に列に並ぶと十座は遠目にメニューを見ながら何にしようかと考えていた。名前はそんな十座に目を向けると十座の背の高さに驚く。今までそこまで気にしたことがなかったことだが、よく見ると結構見上げるくらい身長が高い。身長の低さをコンプレックスに感じている名前は、以前万里に背の低さを言われたことがあり、そういえば彼も身長が高かったなと思い出す。万里の時と同じようにじーっと十座のことを見つめていると、十座がその視線に気づき名前を見下ろす。自然と目が合い名前は慌てて視線を逸らした。

「なんだ?」
「えっ」
「いや、視線を感じたから」
「え…あ、メニュー!決まったのかなって…」
「あぁ。いろいろあって悩むな」
「メニュー豊富だからね。わたしも悩むなぁ」
「………」
「ん?」

 十座はメニューから離れ、今度は十座が名前をじっと見下ろしていた。名前はそんな十座の視線を感じるとどうしたのかと首を傾げる。

「…お前、身長いくつだ?」
「な…っ」

 真剣な顔をして何を言うかと思ったら、まさか万里と同じことを聞いてくるとは思わなかった。コンプレックスを突っ込まれて少しばかり機嫌を損ねる名前。十座は悪気があったわけではない。万里と違いからかっているわけでもない。ただ気になっただけだった。

「悪い、聞いちゃいけなかったな」
「え…?」
「こんなちっせぇやつと並んだことねぇから変な感じがした」
「そ…そっか」

 まさか謝ってくるとは思ってなかった名前は正直に話す十座に少し戸惑いを感じていた。そういえば彼女はいないのかとふと思う。名前が十座を初めて見かけた日、クレープを買う彼女に付き添ってきたのかなと思っていた。そのときから十座に彼女がいると思い込んでいた名前。実際は十座自身がクレープを買いたいがために公園に来ていたのだが、そんな思い込みが脳内に焼き付いていた。

「兵頭くんって、彼女いないの?」
「あー、いねぇ」
「へぇ、そっか」
「つか…いたことねぇな」
「え!」
「あ?」
「あ、ううん」

 今はいないというだけでなく、今までにいたことがないという十座。なんだかんだで恋愛経験はありそうだなと勝手に思っていた名前には信じられないという思いだった。
 列は進んでいき、自分たちの番となる。50代の店員の女性が名前に気付くと「あら、いらっしゃい」と話しかけた。あの時、慌てて買いに来た名前のことを印象深く覚えていたのだ。そして名前の隣を見ると、「彼氏?」と笑って問いかけた。

「え!ちっちがいます…!」
「そう?こないだも一緒にいたわよね?」
「こないだ…あっあれは…お礼というか…今日もお礼なんですけど…えっと…」
「店長、からかわないでください」
「だって、かわいいじゃない。あなたも気になってたんじゃないの?」
「まぁ気になってましたけど…ってそうじゃなくて!ほら、困ってるじゃないですか!」

 店員同士の会話を聞きながら恥ずかしくなる名前と、気にもせず未だメニューを悩んでいる十座。あの日、名前が慌てて買ったクレープを十座に渡し、一緒にベンチに座っているところを片付けながら見ていた店員。二人は恋人同士なのか、恋人同士にしては少し距離感があるような気がすると気になっていたところだった。
 そんな中十座は何のクレープにするのか決まったようで、淡々と店員に注文をする。「お前は?」と聞かれ、名前も注文をする。出来上がったクレープを受け取ると、店員が「また来てね」とにこにこ笑いながら名前たちを見送り、次の客へ声をかけた。
 先ほどまで十座が座っていたベンチは他の人が座っていたため、違うベンチを探すが見つからず。どうしようかと公園内を歩いていると、噴水の近くに空いているベンチがありそこへ座る。
 ベンチに座ると十座は待ちに待ったかのようにすぐにクレープを食べ始めた。

「ふふっそんなに慌てて食べなくても」
「…楽しみだったんだ」
「そんなに?」
「いいだろ、別に」
「ねぇ、それ何味?いちご?」
「あぁ。いちごと生クリームとチョコだな。そっちは?」
「わたしのはねぇ、キャラメルアーモンドだよ」
「うまそうだな。今度買ってみるか」
「わたしも、今度いちご買ってみよっ」

 隣同士で座り、二人一緒にクレープを味わう。すると十座がクレープを頬張る名前を見てあることに気付く。

「そこ、どうかしたのか…?」
「え?どこ?」
「口んとこ」
「口…?あ、ここ?」

 名前は自分の口元を触る。以前体育の授業でボールが当たった場所だ。まだわずかに赤みが残っていた。先日十座と会ったときは外が暗い夜だったため気付かなかったのだが、近くで、しかも座ったことで顔の距離もなんとなく近くなり十座は名前の怪我に気付いた。

「実は体育の授業のときにボールが当たって…」
「…避けなかったのか?」
「…避けれなかったの」
「…ドジなのか?」
「…それ聞く?」
「ふっ」
「笑うとこじゃないよ!」
「だな。悪い。もう痛くないのか」
「ん、もう治りかけてるし大丈夫」
「もう顔傷つけないように気をつけろよ」
「うん…ありがと」

 少しからかいながらも名前を心配する十座。からかわれたことに少しむすっとした名前だったが、心配されたことにドキッとする。甘いクレープがさらに甘さを増した気がした。
 お礼とはいえ、名前も楽しみにしていたこの日は実際に楽しく過ごすことができ、十座とのこの時間が特別なものに感じていた。

 次はいつ会えるのだろうか。クレープを食べ終えるころ、名前はそんなことを思っていた。







← / →

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -