夜10時過ぎ。見ていたドラマがエンディングを終え、次回予告を見てはやく来週にならないかなと思ってから数分後。わずかに腹痛が起こり、違和感が生じた。まさかと思いトイレに駆け込むと、思った通り月に一度の月経が訪れていた。下着に血液が付着し、最悪だと項垂れる。
 もともと不順であるため周期の予想もつきにくく、こうして下着を汚してしまうことはたまにあること。あとで洗わないとと思いながら新しい生理用の下着を部屋から持ちだしトイレに戻り、ナプキン用の入れ物にナプキンが残り一枚であることが発覚する。再びがっくしと肩を落とすと、こんな時間だけど買いに行くしかないと財布とスマホと家の鍵を持ち家を出た。
 夏が近づきつつあるがやはり夜の外はまだ少し肌寒いような気がする。半袖に薄い上着を羽織って出てきた名前はもう少し厚めの上着を羽織ってくればよかったと少しばかり後悔する。
 この辺だとこの時間に開いているドラックストアがないため少し高いけれどコンビニで買うしかないと思いながら時折襲ってくる腹痛に耐えながらコンビニへと足を運んだ。

「んー。これでいっか…」

 コンビニで目的のものを手に取った名前は、ついでに何か買うものはないかと店内をうろうろした結果、温かい飲み物でも買おうと小さいお茶のペットボトルを手にしてレジでお会計を済ませる。
 紙袋に入れられたそれを手持ち袋に入れてもらい、お茶はすぐ飲むからと手渡しで受け取る。
 コンビニの自動ドアを出ようとしたとき、向こう側から人が来て、名前より先に向こう側の人物に反応したドアが開く。お互いに一瞬止まり、名前が先に譲ろうとしたところで「お前…」と声が聞こえ名前が顔を上げるとそこには見知った人物がいた。隣にはもう一人、一緒に来たであろう青年が十座の友達かなと場の空気を読み先にコンビニの中へと入っていく。

「兵頭くん、偶然だね」
「何してんだ、こんな時間に」
「何って買い物…」
「そうじゃねぇ」
「ん?」

 偶然会ったというのに若干不機嫌な表情を見せる十座。名前はそんな十座に頭を傾げる。特に気にすることもなく、買い物の邪魔したら悪いなと十座に「じゃあね」と言って十座の横を通りすぎていく。
 なんで不機嫌だったのだろう、何か嫌なことでもあったのかなと呑気なことを考えながら歩く。
 少し固いペットボトルのキャップを開け、温かいお茶を口の中に入れ喉を通す。少しずつ身体があたたまっていくような感覚がした。
 すると突然、「おい」と男性の低い声が聞こえたのと同時に腕をぐっと引かれる。名前は肩をびくっとさせ振り返る。

「なんだぁ、兵頭くんかー」
「なんだじゃねぇ」
「どうしたの?」
「…送ってく」
「…え!?」

 名前が十座の言っていることを理解するのに少し時間がかかる。どうして偶然会ったのに送られることになるのかまったく意味がわからなかった。

「こんな時間に一人で歩いてたら危ねぇだろ」
「…いや、…うん…」

 そういえば前も、お礼にクレープを奢ったときもそう言われながら送ってもらったっけ。でも、今日は偶然会っただけだし、十座には一緒に来てる人だっている。それにまだ買い物してないのでは…と頭の中で考えているうちに、十座は名前の家の方向へと歩き始めていた。名前はそんな十座を慌てて追いかける。

「ひっ兵頭くん、悪いよそんなっ」
「別に」
「でもほらっ一緒に来てた人にも悪いし!」
「話してきたから大丈夫だ」
「………」

 名前は必死に制止をかけるが十座は聞き入れずひたすら歩いている。
 何を言っても無駄であると思った名前は、大人しく十座のあとをついていくことにした。

「…お前よくこの時間にコンビニ行くのか?」
「えっいや今日はたまたま…急遽必要なものがあって…」

 名前は買ったものを隠すように袋を後ろ手で持つ。なんだか怒られているような気分になった名前は、顔を俯かせる。
 ついてないな、と負の感情を抱くのと同時に腹痛が襲ってくる。気付かれないようにそっとお腹に手を添え、すぐに離そうとするがそうするとまた痛み出す。

「腹いてぇのか」
「え…!あぁ…その…えっと、」

 どう説明すればいいのか。男性とこういった話をしたことがなく、反応に戸惑う。羞恥心を伴いながらもなんて説明しようと頭の中をぐるぐるさせていると、さすがの十座も腹痛と名前が隠している紙袋がリンクし気付いたようで、まずいと思った。簡単に聞くようなことではなかったなと反省する。

「…悪い…」
「へ?あ…ううん…」

 外灯に照らされた僅かに頬を赤くする十座の顔が名前の目に映り、気付かれたのだとわかると恥ずかしくなる。

「…寒くねぇのか」
「あーうん。急いでたから適当に羽織ってきたのが薄くてちょっと失敗しちゃった。だからこれ!」

 温かいお茶を十座に見せ大丈夫だということを伝えた名前だったが、十座はその大丈夫を信じてはいなかった。

「これ着てろ」
「え?」

 十座は自分が着ていた上着を脱ぐと、名前に差し出す。名前は驚いた末、送ってもらっている時点で申し訳なさを感じているのに上着を借りるなんてことできないと受け取ろうとしなかった。
 すると、十座は名前の肩に上着をかけた。

「兵頭くんっほんとに悪いって…!兵頭くんが寒くなっちゃう」
「そこまで寒くねぇ。それに冷やしたらよくねぇんだろ」
「…でも」
「はやく帰るぞ」
「うん…」

 異性にこんなに優しくされるのは初めてかもしれない。なんなら異性とは関係なく、優しくされること自体慣れていない。だからなんだかくすぐったい気持ちだった。
 この人はなんでこんなに優しいのだろうと名前は思う。人は見た目で判断してはいけないとはこういうことなんだろう。実際に関わることがないと、きっと恐い人のイメージばかり染み付いてこの人が優しいなんて思えないな、なんて失礼なことを考えていた。
 きっと、もともと優しい人柄なんだろうな。きょうだいとかいるのかな。両親も優しい人なのかな。どんな家庭で育ったんだろう…。気になり始めたら止まらないから、強制的に脳内の思考をストップさせた。
 そんなに口数が多いわけでもない。無言で歩いている時間のほうが多かったかもしれない。それでも居心地の悪さは感じなかった。
 気付けば自分の家に着いていた。

「なんか、ごめんね。偶然会っただけなのに送ってもらっちゃって」
「いや。それより、もうこんな時間に一人で出歩くなよ」
「…心配性」
「な…っそんなんじゃねぇ」

 きっと名前が絡まれたときのことをまだ気にしているのだろう。それがなんだか嬉しくて、自然と笑みが出る。

「ふふ。ありがとう」
「…おう」

 上着を返そうと肩から外すとまた肌寒さが戻ってくる。去っていく温もりに少し寂しさを覚える。

「あの、なにかお礼を…」
「いや、いらねぇ」
「でも…」
「…次の水曜、」
「水曜?」
「あの公園のクレープ屋、一緒に並んでくれると助かる」
「そんなんで、いいの…?」
「…わりぃか」
「ううん、全然!じゃあ次の水曜日、学校終わったらすぐ来る!」
「おう。またな」
「うん、またね」

 十座は名前と約束を交わすと、コンビニに戻るため来た道を戻っていく。名前は以前と同じように十座の背中が見えなくなるまで見つめたまま口を緩めていた。
 「またな」と言われた。つまりまた会えるということ。友達になったわけでもないし連絡先を知っているわけでもない。ましてや同じ学校に通っているわけでもない。そんな人と「またね」と言い合えるなんて思ってもみなかったし不思議な感覚だった。

 十座を見送って家の鍵を開けると変わらず静かな家の中。コンビニに行く前に電気を消した家の中はまだ暗いままだったけれど、名前の心の中には明かりが灯っていた。

 いつの間にか腹痛は治まっていた。







「紬さん」
「あ、十座くん。無事に送ってこれた?」
「っす」
「よかった。あ、買っといたやつ冷蔵庫に入ってるよ」
「!あざっす」


 十座は月岡紬と一緒にコンビニに来ていた。コンビニに入ろうと自動ドアの前まで来ると、ドアの向こうには一人の女性。先に譲ろうと見たその女性が名前であることに気付いた十座は無意識に声をかけていた。そして名前がこんな時間に一人で歩いていることに気付くと知らず知らずのうちに機嫌が悪くなっていく。おそらく以前名前が絡まれていたことを思い出してのことだろうが、十座は感情が左右されていることに自分自身気付いていなかった。
 ただ紬は、名前と偶然会ってから十座の雰囲気がいつもと少し違うことに気付いていた。

 名前が帰っていく姿を見たあと、十座は店内に入り目的のものを買おうとスイーツコーナーへ足を運ぶ。先に店内へ入り他のコーナーを物色していた紬も十座の姿を見つけるとスイーツコーナーへ移動した。
 いつもなら目を輝かせながらスイーツを選ぶ十座だが、なんとなくそわそわしていて落ち着かない様子。
 紬はそんな十座に「食べたいもの決まったら買っておくから」と言うと、十座は紬に買い物を託し名前を追いかけた。


 そして名前を送った十座が寮に帰り談話室に入るとそこに紬がいて、十座に冷蔵庫に買っておいたスイーツがあることを伝えると、十座がそれを取りに行く。
 楽しみにしていたスイーツをわくわくしながら食べはじめる十座。そんな十座を見て、先程の不機嫌な十座はなんだったのだろうと紬は思う。
 
「十座くん、ちなみにさっきの子って友達?」
「いや…」

 友達なのかという問いかけに答えが見つからない十座。まだお互いに知り合ったばかりで友達とは言える関係ではなかった。

「…知り合いっす」

 今の段階ではその一言の関係に過ぎなかった。

 紬は、名前が十座の心情に何らかの変化を与えているのは確かだろうと考えていた。それがどのような変化なのかはまだわからないが、十座の見知らぬ一面を見たような気がした紬は十座のその変化を見守っていこうと思っていたのだった。







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