「で、送ってもらったってわけ」
「…はい」

 体育の時間。体育館の一面をネットで半分に分け、片方は男子がバスケ、もう片方は女子がバレーを行っている。名前は出番がまだのため菜緒と一緒にネットの近くに座りながらしゃべっていた。十座とのことは話そうか悩みながらも話していなかったが、今会話の流れで話してしまった。その結果、菜緒は眉間に皺を寄せながら名前の話を聞いていた。

「なんで知らない人にクレープを買ってあげるかなぁ…」
「知らない人じゃないよ、助けてもらった人だよ」
「んー、そうじゃなくて…」
「名前だって聞いたよ、兵ど「危ない!」え?…いたっ!」
「名前!?」

 ネットの向こう側から飛んできたバスケットボールが「危ない」という注意の声と同時に名前の頭に当たった。名前は当たった衝撃で一瞬目の前が真っ白になったがすぐに戻り、じんじんと響く頭をおさえる。菜緒はそんな名前を心配しつつ、「誰?」とネットの向こうの男子に目を向ける。

「あーわりぃ」

 飛んできたボールを取りに駆け寄って来たのは万里だった。転がっているボールを手に取りつつボールが当たったのが名前だと気付くと、万里はネットに手をかけ名前に声をかけた。

「名字さん大丈夫?」
「う、うん…」
「もう、気を付けてよね。あんた何でもできんでしょ?」
「俺が飛ばしたんじゃねーよ」
「顔じゃなくてよかったよ、もう」
「だから俺じゃねーって」

 菜緒は万里を毛嫌いしているのか嫌味っぽい言葉を発する。それを無視し万里はネット越しに「悪かったな」と名前の頭を撫でながらボールを持って去っていく。まわりの女子たちが騒いでいるがそんなことも気にせず去っていく万里と、視線を集めて少し気まずい名前。菜緒に至っては万里を睨みつけながら万里が撫でた名前の頭を擦っていた。



「名前、危ない!」
「え?…ったー…」

 今度はバレーの出番でプレイをしているときにバレーボールが顔面に飛んできた。というのも名前の不器用さが出てボールをうまく受けられず、顔面で受けてしまったのだ。それほどの強さではなかったが口元付近に当たり、唇が少し切れて血が出て少しだけ腫れてしまっていた。

「名前、大丈夫?」
「うん、だいじょぶ」
「ふはっ名字さんって不運の持ち主なの?」
「…摂津。何割り込んできてんの」
「ひでぇな。心配してやってんのに」
「いや笑ってんじゃん」

 ボールが当たった名前は選手交代し、先ほどのネット付近で菜緒と休んでいた。名前にボールが当たっているところをちょうど見ていた万里は心配しつつ、面白いものを見たかのように名前に駆け寄ってきていた。

「まぁ名字さんかわいー顔してんだから気ぃつけなよ」
「え…」

 思いがけないことを言われた名前は、万里の言葉に恥ずかしくなり顔を赤くしながら俯く。そんな名前の姿を見た菜緒はかわいいなと思いながらも万里に対して照れる必要はないと言い聞かせた。
 名前自身、「かわいい」という言葉を男子から聞くことがないため慣れていない。しかもまさか美男子の万里から言われるとは。でもただ純粋に嬉しいと名前は思っていた。


 放課後、図書室のカウンターで棚に戻す本の整理をしていると咲也が一人の生徒を連れてやってくる。

「名字さん、この本の返却お願いします!」
「あ、佐久間くんっ」
「あれ、どうしたの?ここ、赤いけど…」

 咲也がカウンターに本を置いて名前を見ると、体育の時間にボールがぶつかった口元を見て心配そうに問いかける。今日の出来事を話すと咲也はもっと心配した顔をした。

「そうだ名字さん、今度の公演のフライヤー」
「あ!ありがとうっ」

 気になっていた公演のフライヤーを咲也から受け取る。チケットの発売はまだのようだ。

「不思議の国の、青年アリス…?」
「主演が真澄くんなんだよ!」
「真澄くん…?」
「あ、えっと、あれ?真澄くん!?」

 当たり前のように咲也の口から出た人物は名前には当然知ることのない人で、知らない人の名前に誰のことだろうと思う名前に気付いた咲也はその人物を紹介しようと一緒に連れてきた人物を振り返るが見当たらない。
 図書室内を見渡すと、椅子に座ってテーブルに上半身を預けながら寝ている人物を見つける。

「もう!真澄くん!」

 咲也がテーブルに近づいていくのを見つつ、フライヤーを眺めるとそこには出演者の名前も記載されている。そこに書かれている名前を見て咲也が紹介しようとしている人物のフルネームを把握した名前。まだ同じ学校に劇団員がいたのかと多少驚く。
 咲也に起こされ不機嫌そうに身体を起こす真澄。本当に彼も演劇をするのかと疑問に思う。万里のときもそうだったが、咲也みたいにやる気が溢れている人たちばかりのイメージを持っていた名前には不思議に思えた。身体を起こしてもなお座ったまま寝そうな真澄を咲也が一生懸命に起こしていると、図書室のドアが開き万里が入ってくる。

「おーいた。お前ら帰んぞ。臣に帰りに買い物頼まれてんだわ」
「そんなの万里一人で行けば」
「ああん?あんな人数分の荷物俺一人で持てっかよ」
「まぁまぁ。それじゃはやく帰らないと!ね!監督も待ってるだろうし!」
「監督…行く」

 監督という言葉が出てきた瞬間に真澄がぱっと目を開き、目を輝かせながら席を立ち、瞬間的な速さで図書室を出て行った。
 この短時間で何が起こったのか頭がついていかない名前は呆然と真澄が出て行った図書室の出入り口を見ていた。

「つかなんで咲也たちは図書室にいたんだよ。また戯曲でも借りに来たのか?」
「ううん。今日は本の返却と、フライヤーを渡しに」
「フライヤー?あぁ、春組の第二回公演のか」
「名字さん見に来てくれるって」
「ふぅん。ほら咲也、帰っぞ」
「あ、うん」

 そう言いながら万里は名前に近づき、名前の背の高さに合わせて屈むと口元を指で差しながら「ここ、お大事に」といたずらっぽく笑いながら図書室を出て行った。
 万里の笑みと体育の授業でのことを思い出したことによって恥ずかしく思った名前は顔を赤くしながらも、少し馬鹿にされたような感覚にもなり悔しくも感じた。
 万里とは逆に咲也は先ほどのような心配そうな顔をしながら名前に「お大事に」と言われ出て行った。そんな咲也を名前は天使だ…と思った。



 フライヤーを見ながら帰り道をゆっくりと歩く名前。フライヤーに写る真澄と先ほど図書室で見ていた真澄を比較する。どう見ても顔は同じだし同じ人物であることには変わりはないのだが、フライヤーを見るとファンタジーっぽく、気怠そうでやる気のなさそうだったあの真澄がこれを演じるのかと思うと違和感しか覚えなかった。でも、それをやりこなすのが演者なんだろうと考えると、すごいことだなと名前は思う。
 ふと名前は真澄の隣に写る青年を見て思う。顔が整っている。真澄も隣の青年も。咲也も可愛い系だけど整ってはいるし、万里は言わずもがな。この劇団にはイケメンが揃っているのか。
 名前はフライヤーを鞄の中に丁寧に入れ、楽しみだなとわくわくしながら歩く足を弾ませた。




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