恐る恐る男子高校生に近づいていく名前。男子高校生の目の前に立つと思い切って声をかける。

「あの」
「…あんた、この前の」

 名前の声に顔を上げた男子高校生は、今度はクレープではなく目の前に来た名前を見上げ、顔を見る。その顔に見覚えがあったようで少し考えた末に男に絡まれいた名前のことを思い出した。

「その節は、ありがとうございました」
「いや。あれから絡まれてないすか」
「はいっとても助かりました。あの、これお礼に」
「え…」

 名前は座っているその男子高校生を見下ろした状態で顔の前にクレープを差し出す。男子高校生は目を見開く。驚くと当時に、その目はキラキラと輝いているようにも見えた。しかしすぐにやってしまったとでもいうようにクレープから視線を逸らし、また俯く男子高校生。名前はなかなか受け取ろうとしないことをじれったく感じ、男子高校生が座っているベンチの隣のスペースに腰を下ろす。男子高校生は名前のその行動にまた驚きを隠せない表情で名前を見る。名前はそんな男子高校生にお構いなくもう一度クレープを差し出した。

「このクレープ、食べたかったんですよね?」
「あ?」
「いやあの…このクレープがここに来てから、何回かここに座ってる姿を見かけまして…その…」

 男子高校生の目力と迫力に圧倒され声が小さくなり身を引く。しどろもどろになる名前を見て男子高校生はまたやってしまったと困り顔になる。そしてここに座っているところをまさか何度も見られているとは思わず少しばかり恥ずかしくなる。男子高校生の反応を見た名前はやっぱりクレープを食べたかったのだと判断した。

「はい」
「…いいんすか」
「!もちろんっ」
「じゃあ…」

 そう言ってお金を払おうと鞄から財布を取り出す男子高校生に、名前はお礼だからとストップをかけた。有無を言わせない名前に申し訳なさを感じながらクレープを受け取る。やっと受け取ってくれたことに嬉しく思った名前はそのまま男子高校生がクレープを食べるのを見守っていた。
 一方男子高校生は受け取ったクレープを名前に見られていることも気にせず食べ始める。うめぇ、と美味しそうに食べる姿を見て名前は安心して笑った。

「欧華高校の人ですよね」
「っす」
「名前、聞いてもいいですか?あ、わたしは花咲学園3年の名字名前って言います」
「3年の兵頭十座」
「同じ学年ですね」
「…だな」
「兵頭十座くんか」
「…あんた、何とも思わないのか」
「ん?何が?」
「いや…」

 兵頭十座。その名はこの辺では不良高校生として高校生の間で知れ渡っている。だいたいケンカを吹っかけられるか遠巻きにされることが多い十座は、名前を聞かれて怖がられえるのではないかと思っていたが、態度が変わることなくあまりに普通に接しているため不思議に思っていた。
 名前は、そういえば助けてもらった時に「兵頭」と呼ばれていたことを思い出し、それとはまだ別のところでその名字を聞いたような気がし、どこで聞いたのだろうと考えていた。

「あ!」
「!?」

 いきなり大声を出した名前にクレープを食べながらびくっと肩を揺らす十座。何事かと名前を見ると、名前は地面をじーっと見ながら何やら考え込んだ顔をしていた。どうしたんだと思いながらもクレープを食べ続ける十座。
 考えているうちに名前は、そういえば万里が「兵頭」という人の話をしていたなとふと思い出した。でも万里が言っていた「兵頭」って人は同じ劇団に入団していて同じ秋組の大根野郎、所謂演技がヘタクソな人。名前の中での「兵頭」はそうインプットされていた。
 しかしその「兵頭」という人が今隣にいる人であるのかと思うとなかなか結びつかない名前。いかにもヤンキーといった外見で演劇からはかけ離れていそうな十座。万里が演劇をしているということにも驚きではあったが、どうしても十座が演劇をするような人とは名前には思えなかった。クレープを食べたかったという事実にも驚きを隠せないが。
 「兵頭」という名字の人とは今までに出会ったことはないけど、世の中同じ名字の人もいるわけだし、きっと違う人のことだろうと名前は自己解釈をした。

「クレープ好きなの?」
「や…クレープっつーか…」
「甘いものが好き、とか?」
「まぁ、そうだな」
「ふーん」

 名前は十座がクレープを食べ終わるまで、公園内を見渡していた。クレープ販売車の片づけが終わり去っていく様子や親が子供を連れて帰っていく様子。名前も十座も何も口にすることはなく穏やかな時間を過ごしていた。まだ日は長いとはいえ、時間が経つにつれて日が暮れていき薄暗くなっていく。
 ようやく十座がクレープを食べ終わったところでベンチを立ち、二人一緒に公園の出口へと向かう。

「なんか、悪かったな」
「ん?何が?」
「クレープ」
「あぁ、いいのいいの。あれはお礼だから。帰りはどっち?あ、駅のほうだとあっちかな」
「駅までは行かないがあっちだな」
「じゃぁ逆だね」

 そう言って十座の帰る方面とは逆の方面に帰る名前は、またね、と手を振りながら十座に背を向ける。すると十座は待てと名前を呼び止めた。

「…近くまで送ってく」
「ん…え!?」
「家、どっちだ」
「えぇぇ、いいよ!近いし!」
「この前絡まれていたのは誰だ」
「う…んー」
「その…今日のお礼だ」
「それじゃあ今日のお礼意味ないじゃん…」

 せっかくお礼ができたのにとしょぼんとする名前。そんな名前に有無を言わせず道もわからないまま名前の家のほうへと足を進める十座。そんな十座に名前は着いていき、結局家まで送ってもらうこととなった。





「近いんだな」
「だから言ったじゃん、近いから大丈夫って」

 公園から5分も経たないうちに名前の家に着く。あまりの近さに名前は申し訳なさを感じていた。

「なんか、ごめんね」
「なんで謝るんだ?」
「だって、反対側でしょ、帰る方向」
「別に気にしてねぇ。家、誰もいないのか?」
「あぁ…」

 名前の家に着いたとき、家の中の電気は着いていなかった。人がいるような気配も感じず、気になった十座は名前に問う。

「うちにの両親、共働きだから忙しくて。夜遅いんだ」
「そうなのか」
「あ、送ってくれて本当にありがとう」
「あぁ。こっちこそありがとな」

 名前はわざと話を逸らすように今日のお礼を言う。十座も名前にお礼を言うとわずかに微笑み、名前はそれを見逃さなかった。すごく優しい顔をする十座にこんな一面もあるんだと少し心温まるような感覚を覚えた。
 十座は名前の家に背を向け、来た道を戻っていく。その背中が角を曲がって見えなくなるまで名前はずっと見つめていた。







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