年が明けた瞬間、わたしは家族と一緒に過ごしていた。大学に進学して一人暮らしを始めてからも毎年家族と過ごすことは変わらない。こたつに足を入れてテーブルにはみかん。テレビをつけてみんなで見る。いかにも日本人らしい過ごし方。
 大学の友達も実家に帰ったり、あとは恋人と年越しを過ごすと言っている人もいた。

「ねぇ名前、あんた年越しを一緒に過ごす彼氏とかいないわけ?」
「え、何急に」
「だって毎年家で年越してだらだら過ごしてるだけじゃない」
「うるさいなぁ」

 一緒にこたつに入りながらわたしにそう言ってくるのは5つ年上のお姉ちゃん。お姉ちゃんはもう結婚していて今年は旦那さんを家に連れてきている。去年は旦那さんの実家で過ごしていたみたい。
 今わたしには彼氏がいない。高校生のときに一度お付き合いをしたことはあるが、ただ流れで付き合ったようなものだった。というのも相手のほうから告白をしてくれて、付き合った経験がないからという理由で付き合っただけだった。もしかしたら付き合っていくうちに好きになるかも、なんて思っていたけれど、その考えは甘かった。
 昔からわたしには好きな人がいた。意外にもその人の存在は大きくて、ほかの人を好きになるということができなかったのだ。

「名前さ、まだ臣のこと好きなの?」
「え…?」

 今ちょうど考えていたことが読まれていたのかのようにお姉ちゃんから聞かれた。
 臣くんとは幼馴染で中学まで同じ学校に通っていた。高校からは別々の学校になったけど家が近く、臣くんの弟たちともよく遊んでいたため、臣くんの家には頻繁にお邪魔していた。暴走族時代のことも知ってる。それでも臣くんは家族のことを大切にしていた。広くて大きな心を持っていて、誰にでも優しい。そんな臣くんのことがずっと好きだった。
 でも高校、大学と年を重ねるにつれて臣くんとの距離は少しずつ離れた。わたしに彼氏ができたように、臣くんにも彼女ができた。
 わたしは臣くんに「好き」と言う勇気がなかった。

 去年、臣くんは劇団に入った。直接連絡があったわけではないが、臣くんの弟に聞いていた。臣くんには内緒で舞台には足を運んでいた。
 少しずつ離れていた距離が、もっと遠く離れたような気がした。もう諦めればいいのに、お姉ちゃんにまだ好きなのかと聞かれると何も言えなかった。もう諦めたらと言われるじゃないかって思ったから。
 本当は、まだ好き。

「はぁ。まだ好きなんじゃん」
「………」

 ため息を吐きながら言うお姉ちゃん。完全にバレている。

「もういいじゃん!年明けて早々その話やめてよね!」
「あんたさっきからスマホ鳴りまくってんだけど見てんの?」
「お姉ちゃんが話かけてきたんじゃん!」
「いやいや、年越す前からテーブルの上に置きっぱなしで全然見てなかったじゃん」
「どうせみんなリア充してるし、あとでいいかなって思って」
「…ほんとに今どきの大学生なの?あんた」
「失礼な…!」

 お姉ちゃんがうるさいからテーブルの上に放置していたスマホを手に取る。年が明けてもう2時間は過ぎていて、開くとLIMEの通知だらけ。大学の友達はもちろん、高校の友達からのメッセージもたくさん来ていた。これを全部返さなきゃと思うと申し訳ないけどめんどくさい。でも新年の挨拶は大切だし、あとでまとめて返そう。そう思いながら次々と見ていたら、ちょうど今話題で上がっていた臣くんからのLIMEも来ていた。
 臣くんからは毎年、年が明けてすぐに『あけましておめでとう』とメッセージが来る。わたしから送る前に必ず臣くんから来るのだ。
 でも、今年は少し内容が違った。

「臣からも来たの?」
「…うん」
「どうしたの、固まってるけど」
「いや…」
「何々?」
「ちょ、お姉ちゃんっ」
「あら…」

 臣くんからのLIMEは、『あけましておめでとう』といつも通りの内容に加え、『初日の出を見にいかないか』というお誘いだった。
 今までにそんなお誘いはなかった。弟たちもいるからと年越しの前から家から出ることはなく家族と過ごして、明るくなってからは弟たちを連れて初詣に行っている。

「何これ。年明け早々デートのお誘い?」
「はっ!?な、なに言って…!た、たぶん弟たちも連れていくついでに誘ったんじゃないかな…」
「えー?だってどこに初日の出見に行くのよ」
「どこって…どこだろう」
「そういうスポットってこの辺にはないし、行くとしても遠出になるだろうし弟たち連れて行くかなぁ…」

 知らないよそんなこと。どこに行くのか臣くんにLIMEで聞いてみると、『海に行こうと思ってる』と返事が来る。

「う、海!?」
「また遠いとこ選んだねぇ」
「今から海に行くってこと…?え?」
「ていうか電話してみたら?」

 じれったくなったらしいお姉ちゃんは電話をしろと言ってくる。でもこのLIMEに動揺しているわたしにはそんな余裕はない。どう返事を返そうと悩んで、打っては消してを繰り返していたら、今度は着信が鳴った。臣くんからだ。どうしようと電話に出るのを躊躇っていたら、お姉ちゃんが勝手にスマホをタップした。

「お姉ちゃん…!」
『…名前か?』
「あ、おおっ臣くん…」
『あけましておめでとう』
「あ、うん、あけましておめでとう」
『悪いな突然』
「ううんっ全然」

 変に緊張してしまう。臣くんの声なんて何度も聞いてるのに、今電話越しに聞こえてくる臣くんの声にすごくドキドキしてる。お姉ちゃんはにやにやしながらわたしを見ている。

『LIMEのことなんだけど…』
「あぁ、初日の出、だよね」
『一緒に海に見に行こうかと思ってな』
「でも、…どうやって行くの?弟たちもいるんだよね?」
『弟たちは連れて行かないよ。名前と二人で行きたいと思ったから』
「え…」
『1時間くらいしたらバイクで迎えに行くから』
「え…」
『名前?』
「あ、うん」
『じゃあ、あとでな。暖かくしておけよ』
「…はい」

 二人で、初日の出を見に海へ行く。臣くんのバイクで。二人で。

 ちゃんとした返答もできないまま電話が切られて臣くんの声も聞こえなくなる。お姉ちゃんが内容をしつこく聞いてくるから、放心状態のまま話すとめちゃくちゃテンションが上がっていて「はやく支度しなさい!」と言われる始末。お酒を飲みながらテレビを見ていた親とお姉ちゃんの旦那さんは、わたしとお姉ちゃんのやりとりを何事かと見ていた。

 部屋着からお姉ちゃんにあれだこれだ言われながらいつもよりもオシャレな服に着替え、せっかくお風呂に入ったのにもかかわらず軽く化粧をする。臣くんに暖かくしておけという言いつけも守った。
 準備ができたところで外からバイクの音が聞こえ、『着いた』とLIMEが来る。こんな時間だからインターホンを押さないというのも臣くんらしいなと思いながら『今行く』と送って最後に鏡で自分の姿を確認する。
 思えばこんな風に二人きりで出かけることなんてなかった。そういえば臣くんのバイクに乗ったこともない。そう思ったらなんだかとても緊張してきた。
 リビングを覗いて「行ってきます」と言い玄関へと向かう。この玄関の扉を開けたら、臣くんがいる。そう考えると動作がゆっくりになる。

「あれ、まだ行ってなかったの?」
「いま行くって」
「わたしも臣に会うの久々だし、ちょっと挨拶しよ〜っと」

 お姉ちゃんは動きがぎこちないわたしを余所に、靴を履いて玄関を出ていく。

「臣〜!あけおめ〜!」
「あ、お久しぶりです。あけましておめでとうございます」
「もー、臣堅くない?」
「ははっお元気そうで」
「臣もね。ほら、名前!はやく来なさい」
「う、うんっ」

 玄関を出ると、臣くんがバイクに寄りかかりながらお姉ちゃんと話していた。なんか様になってるなぁ。かっこいい。
 臣くんはわたしの姿を確認すると、にこっと笑って「久しぶり」と言った。それだけでも少し泣きそうになり、なんとか抑えて「久しぶり」と返す。

「じゃぁ名前のこと頼むね、臣」
「はい」
「初日の出見たらちゃんと家に帰ってきてね」
「何言ってるんですか、わかってますよ」

 お姉ちゃんがわけのわからないことを言っていてそれに対して臣くんも冗談を受け流すように笑って答える。そして臣くんはわたしにヘルメットを渡し、被るように促す。が、わたしはヘルメットなんて被ったことがないからうまく被れないでいると、背の高い臣くんが少し屈みながら被せてくれた。顔が少し近くなったことに驚いて動きが止まる。
 いつの間にかお姉ちゃんはいなくなっていた。

「後ろ、乗れるか?」
「えっと…」
「ここに足かけて…」

 臣くんが乗り方を教えてくれて支えてもらいながらバイクの後ろに乗る。わたしが乗り終えたあとに臣くんが運転席に乗った。目の前には臣くんの大きな背中。

「じゃあ出発するけど…」
「はい」
「名前、それだと危ないから肩か腰を掴んでて欲しいな」
「う、ん」

 肩だとちょっと位置が高いから、腰に手を当てる。

「あー…やっぱお腹の前に腕まわしてくれないか?」
「へ?」
「名前、ちょっと手ごめんな」
「え、うわっ」

 臣くんに手をとられ、臣くんのお腹の前にまわさせる。そしてわたしの手をお腹の前で組ませた。そうすると当然わたしの体が前に倒れ、臣くんの背中にもたれ掛る体勢になった。

「お、おみくん…っ」
「動くからしっかり掴まっとけよ」

 戸惑うわたしを気にもせず、臣くんはバイクを走らせた。
 まだ夜中の外は夜風が冷たい。バイクでスピードが出ている分、冷たい風が痛いくらいに体に突き刺さる。いつもより暖かい恰好にして正解だ。
 意外と速いスピードに驚いたのと、寒さに震えて臣くんの腰にぎゅっとしがみついた。臣くんの背中、あったかい。臣くんの匂いがする。心地いい。
 臣くん、バイクの後ろに誰か乗せたことあるのかなぁ。このヘルメット、誰かに被せたことあるのかなぁ。彼女いたとき、乗せたのかな…今は彼女いないのかな。臣くんと会ってもそういう話したことなんてなかったし、いつも臣くんの弟を介して聞いてたから聞きにくいな。

 途中で休憩を挟んで温かい飲み物を飲んでまたバイクを走らせて、まだ暗いうちに海辺に着く。

「まだ暗いね」
「そうだな。でもほら、」
「あ、何人かいる」
「みんな目的は一緒みたいだな」

 まわりには初日の出を見にちらほら人が集まっていた。家族で、友達同士で、カップルで。
 臣くんに座ろうと促され、砂浜と道路を繋ぐ階段状の堤防に座る。隣に臣くんが座った。寒いからとバイクでから降りたときに荷物入れから取り出したブランケットをわたしの膝に掛けてくれる。本当に優しい。

「本当にごめんな、突然」
「う、ううん、大丈夫」
「写真撮りたかったんだ、初日の出の」
「あぁ、写真…」

 臣くんはカメラが好きで、今も大学では写真部に入っているみたい。劇団でもよく写真を撮るとも言ってたっけ。
 そうだよね。カメラ好きな臣くんだもん、初日の出は撮りたいと思うよね。

「ってのは半分嘘」
「…え?」
「名前と来たかった」
「あ、えと…」

 臣くんはわたしのほうを向いて真っ直ぐ見つめる。臣くんの目がわたしをとらえて離さない。だから逸らすことができない。暗くてもわかる、臣くんの真剣な表情。
 数分の緊張感から解き放たれるように、臣くんはわたしから目線を逸らし、海のほうを見た。

「俺さ、劇団に入って吹っ切れたんだ、いろいろ」
「それって…」
「暴走族時代に起こった事故のことも、那智のことも」

 臣くんから直接聞いたわけではないけど、そのことは知ってた。悔しいことに、わたしには何もできなかった。傍にいることも、声をかけることも。
 劇団に入ってそれを乗り越えることができた臣くんはすっきりした表情をしている。

「よかった。臣くん、前よりいい顔してる!」
「ん、そうか?」
「うん!みんなのおかげ、演劇のおかげなんだね」
「あぁ。でも何か足りないなって思ってたんだ」
「何か…?」

 すっきりしたのとは裏腹にまだ何か引っ掛かっているような表情と言葉。臣くんは再びわたしを真っ直ぐ見て口を開く。

「お前が、」
「…わたし…?」
「名前が足りないって思った」
「…へ?」

 とんでもない発言をする臣くんに変な声を出すわたし。真剣な顔をして何を言うのかと思ったら、まさか出てくるとは思ってなかった発言で、理解するのに時間がかかった。

「あの、」
「距離が離れていくのはわかってた。それこそ暴走族に入ってたからわざと離れてたのもあったけど、事故や那智のこともあって心に余裕がなかった」
「…」
「吹っ切れても何かもやもやするなって思ってた。でも、名前が毎回公演を観に来てくれてたことを知ったとき、もやもやしてたのがすっとしたような気がしたんだ」
「え…え、ちょっと待って、なんで知って…」
「弟に聞いた」
「あ、あー…そうか、」
「いつも近くにいたお前がいなくてもやもやして、やっと気付いた。俺はずっと名前のこと、好きだった」
「…っ…お、みくん…」

 まさか、臣くんが自分のことを好きだなんて思ってもみなかった。わたしも伝えなきゃ。ちゃんと伝えなきゃ。

「おみくん、あのっ…」
「ん?」
「わ、わたしも…」
「うん?」
「お、おみくんのこと、す…すき、です」
「…え?」

 やっと伝えられた。臣くんは目が点になってわたしを見ている。沈黙が続き、静かな空間の中波の音だけが聞こえる。それとは反してわたしの心臓がバクバクと音を立てていく。臣くんに聞こえていないだろうか。恥ずかしくなって顔を俯けると、臣くんはわたしの頬を両手で挟むように上に向かせた。臣くんの視線が自分のとぶつかる。

「名前、もう一回言ってくれないか」
「え!?」
「なんて言ったかもう一回聞かせて」
「き…聞こえてたくせにっ!」
「うん。でも聞きたい」
「んんん…臣くんのことが好き!もうっ!これでいい!?」
「ははっかわいい」
「!?」

 臣くんは昔から意地悪だ。いつもわたしのことをからかっては笑って楽しんでいる。でもこんな風に、自分で言うのもなんだけど愛おしい目で見るような表情をする臣くんなんて知らなかった。
 臣くんは、わたしの体を自分のほうへ引き寄せぎゅっと抱きしめる。
 あったかい。臣くんの背中もあったかかったけど、全身で包み込まれる中で伝わる臣くんの体温と、自分の全身に熱がまわる感覚が混ざってもっとあったかさを感じる。

「俺も好き」
「…」

 わたしも臣くんの背中に腕をまわして力を込めると、さっきよりももっと密着するようにぎゅうっと抱きしめ返してくる臣くん。好きだなぁと改めて思った。


 二人で寄り添って手を繋ぎながら海を眺める。少しずつ空が明るくなってきて、初日の出を見る人たちが次々と集まってきていた。

「お、日が出てきたな」
「うわぁっほんとだ!」

 水平線の向こう側からオレンジ色の日が顔を出し、海面をこちらに向かって一直線に照らしていく。

「よかった。名前を連れてきて」
「…ん。ありがとう、臣くん」

 臣くんの肩に軽く頭を預けると、臣くんはわたしの頭を撫でてくれる。
 照らし続ける太陽は眩しいけど、とても綺麗。まるでわたしたちを祝福しているようにキラキラと輝いていた。







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